24/03/15 【感想】ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション

川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』を読みました。

「戦後翻訳ミステリ叢書探訪」というサブタイトルを持つ本書は、戦後100シリーズ近く出たという翻訳ミステリの叢書を「九割がた集めてしまった」という筆者が、レーベル単位という珍しい切り分けでそれらを語っていく本です。その語りは作品のみならず、各レーベルがどのように誕生しどのような意図を持って組まれたか、またそれが戦後から現代に至る海外ミステリの歴史にどう関係するかということにまで至ります。
「翻訳ミステリのブックガイドであり、戦後から現代に至る翻訳ミステリ叢書の研究であり、果ては戦後日本における翻訳ミステリの受容史を概観する画期的大著」という看板に偽りなしの一大労作でした。

【六興推理小説選書〈ROCCO CANDLE MYSTERIES〉】編では、現在日本のミステリ界における二大巨頭となっている創元推理とハヤカワミステリに繋がる系譜が語られます。出てくるタイトルも登場する人物も多士済々、百花繚乱。しかしその語りの合間に現在ではあまり読まれていない埋もれた名作が語られることがあり、心の中のいつか読むリストがどんどん伸びていきました。W・P・マッギヴァーンの『明日に賭ける』とか、恥ずかしながら聞いたこともなかったのですが、いつか読んでみたい。

続く【世界秘密文庫】になると雰囲気が一転します。なんとこれ、邦題と翻訳者しか載っていないので原題も作者もわからないというとんでもない叢書だそうで。最初の3作だけは原作者の名前が載っているのですが、その載っている名前を探してもそんな作家は実在していなかったりともうめちゃくちゃ。
しかもこの文庫はいわゆる「エロ売り」で、元々扇状的な作品を輸入するだけでなく、ミステリ部分もそこそこにお色気パートを大幅に増補しているのだとか。かと思えば逆に原作ではただ乱痴気騒ぎをしているだけで殺人など一切起きない、ミステリですらない作品を改変して無理やり死体を放り込みミステリに魔改造することもしている。すごすぎる。

この章では、筆者がそれらの原題も作者もわからず内容も改変されたミステリたちを読み、その原書を捜索しているのです。こんなの面白くないわけがない。筆者と世界秘密文庫、そしてその原書とのリンクはどれもドラマチックでマニア心を大いにくすぐるものになっています。
この調査によって今まで未訳作品だと思われていた作品が実はこっそり世界秘密文庫に収録されていたことが判明したり。面白すぎる。

叢書を揃えることの魅力の一つである装丁にもたびたび言及され、表紙写真がところどころ掲載されているのも嬉しいところ。筆者が熱く称賛する【海洋冒険小説シリーズ】の表紙は確かにカッコいいです。逆に売れ行きが悪くどんどん装丁がショボくれていくシリーズなどもまた趣があります。

さて、本書の魅力は何といっても翻訳ミステリ蒐集の魅力に取り憑かれ、紹介作のことごとくを読破している筆者の博覧強記ぶり、そしてそこから繰り出される熱い語りです。やっぱり「読んでいる」ことの説得力ってものすごい。そして本書の面白さは、海外ミステリを選び叢書として送り出した、過去の「読んでいた」人たちの熱を掘り起こすところにもあります。

本書の終盤はまさに「読んでいた」人、そしてそうした人の「語り」にフォーカスしていきます。いわば「ミステリを語る人を語る」くだりに突入していくわけなのですが、これを読むと無性に嬉しいというか、頼もしい気持ちがしました。
ジャンルとして「語り」の言葉がちゃんと蓄積されていて、若輩者の読者である我々はその言葉を参照できるし、そこから学んだり真似たりすることができる。その水脈が現在までちゃんとつながっていることに、ジャンルとしての靭やかさを強く感じました。