24/04/28 【感想】午後のチャイムが鳴るまでは

阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』を読みました。
ひとつの学校を舞台にした、日常の謎モノのミステリ短編集です。

学園モノというと賑やかな印象がありますが、「学園モノの日常の謎」となるとどちらかというと"静か"なところを描いた良作が多い印象があります。これは日常の謎というジャンルがいわゆる"本格"のサブジャンルであり、謎と解決の論理を重視しているからでしょう。

しかし本作はこのジャンルにあっては逆に珍しいことに、学園の日常におけるひときわ熱い瞬間を切り取っています。
第1話「RUN! ラーメン RUN!」は昼休みにこっそり学校を抜け出してラーメンを食べに行こうと企む生徒の倒叙もの、第2話「いつになったら入稿完了?」は締切直前の文芸部の部員たち(ペンネームで呼び合うのが味わい深い)、第3話「賭博師は恋に舞う」は消しゴムポーカーという独自ゲームを扱ったコン・ゲームもの、第4話「占いの館においで」は文化祭前の占い部による『九マイル』もの。
運動部の全国大会!みたいな一番表に出るわかりやすい輝きではない、しかしそれでいてかけがえのない学生生活の熱さが押し出されています。

比較的軽くてゆるい作品が続くのですが、単行本書き下ろしの最終第5話「過去からの挑戦」は面白かったです。やっぱりスプリング・ハズ・カム方式(同名の短編から勝手に呼んでいます)はキマると強いなあ。個人的ベストはこの第5話です。

本作を読んでいて「おっ」と思ったのが、作中世界が明確に新型コロナの流行を経験していること。類型的な学園モノを書くだけなら、まるでそんな流行はなかったかのように書いてもいいわけです。実際2019年までは誰も経験してなかったし。そして今後生まれてくる人たちはそんな話をされてもピンとこないし。しかしそれでも本作は明確にポスト・コロナの学園を舞台におきました。

調べてみると、掲載誌のTHE FORWARDが「コロナ禍で先が不透明な現在に、世代を問わず将来に不安を抱えている方に向けて、これからのために知っておくべきこと、未来をより楽しむためにできることなど、明日へ希望を持ち、力強く生きていくためのメッセージを発信する」というコンセプトのムックだったんですね。

本作は、青春の時期がコロナ禍と重なってしまった世代へ向けて発信された、「たとえコロナによって形を変えられてしまったとしても、その青春もかけがえのない"本物"である」というエールになっているのではないかと思いました。

↑「本格ミステリ大賞受賞作家の最高到達点!」という惹句には賛同できないかな…。