24/02/13 【感想】卒業生には向かない真実

ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』を読みました。

いやーー面白かった!!
終盤、もう面白すぎてなんか笑っちゃいました。

昨年大いに楽しんだ『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』の続編にして三部作の完結編です。

我ながら本作で僕はとことん「いい読者」だったと思います。ピップが姿の見えないストーカーに怯えるところでめちゃくちゃ怖がってましたし。後半のスリリングな展開もしっかり手に汗を握ってました。
といってもこれはもちろん読み手がどうこうというより、本シリーズにおける筆者の力量によるものです。

そう、この小説、怖い。

全編を通してストレスがかかるのですが、特に序盤がしんどくて、実は一度最初100ページくらい読んでから積んじゃってました。

前作の段階で「ピップに対する角度が斜めになる」感覚は覚えていたのですが、本作序盤のピップは本当にキツい。ミュートしたくなる。自分から尋ねていった警察署で椅子を勧められても内心"それは服従をあらわすから"として座らなかったりとか、「めんどくせー奴!」って感じ。
かつてひたむきに真実を求める愛すべき若さをまとっていたピップは、自分が法の外側に本当の正義を持っていると信じる、愛しづらい若さを帯びています。

読んでいて、「誰かのトラブルを通してしか社会と関われない」ことって探偵の辛さなのかもなあ、としみじみ感じちゃいました。
序盤の終わり頃、ドラッグをやめられずにいたピップは捜査すべき特別な事件に霊感を覚えてこの興奮があればドラッグをやめられると感じるんですけど、これって言ってることそのまんまシャーロック・ホームズですよね。

そして長くしんどい序盤を終え、大学入学を目前に控えたピップは優等生探偵としての「最後の事件」の調査に乗り出すわけですが…以降は下のネタバレ感想で。

大学入学直前のピップに、ストーカーの仕業と思われる出来事が起きていた。無言電話に匿名のメール。敷地内に置かれた、首を切られたハト……。それらの行為が、6年前の連続殺人の被害者に起きたことと似ていると気づいたピップは、調査に乗りだす。──この真実を、誰が予想できただろう? 『自由研究には向かない殺人』から始まる、ミステリ史上最も衝撃的な三部作完結編!

卒業生には向かない真実 - ホリー・ジャクソン/服部京子 訳|東京創元社

ここからネタバレ


(承前)…と思いきやそこからまさかの転回を見せるのが本作でしたね!
ピップによる殺人、そして偽装。全くもって予想できませんでした。この大技をやってくれただけでも本作はすごい。
そして終盤、捜査をマックス・ヘイスティングスへ誘導すべく立ち上がる以下の箇所で面白すぎて笑いだしちゃいました。

 残しておいたすべての証拠が指し示す人物を見つけだせるよう、警察をつついて正しい方向に向かせてみせる。そのための申しぶんのない、みんなの期待にそえる、ピップ・フィッツ゠アモービらしい手段が自分にはある。ポッドキャスト。
“〈グッドガールの殺人ガイド〉シーズン3:誰がジェイソン・ベルを殺したか”

本書554ページ、太字は記事執筆者による

主人公の固有アビリティが真逆の方向に応用されるの、大好き!

それにしても、個人的に本書の最初と最後で一番印象が変わったキャラはピップよりもホーキンス警部補かも。まさかこの人がダルグリッシュ警視だったとは。
第1作『自由研究には向かない殺人』を読んだときに『女には向かない職業』を読んでるとき反応する細胞が喜んでいましたが、本作の終盤はもっと深いところでその細胞が脈動していましたね。

正直なところ偽装工作の間ずーっと「いやバレるだろ…」と思ってました。
今までの作品の「現代の高校生が探偵をリアルにやる」描写はなんかいけそうな説得力があったのですが、今作の「現代の高校生が殺人の偽装をリアルにやる」はずっと「ホントに?」って疑ってたかも。

ただ、そもそもピップは「バレるかどうか」のラインでは勝負していないんですよね。バレるバレないでいったらホーキンス警部補には若干バレていたフシがあるし。そうでなく彼女は勝負どころは「訴追されるかどうか」、もっというと「有罪判決を受けるかどうか」のラインにあることをこれまでの経験から痛いほど知っており、そこの駆け引きに結果的には勝利した形になります。

無実の罪を着せられたサル・シン、逆に無罪で逃げ切ったマックス・ヘイスティングス、「犯人逮捕」がほしい警察にはめられたビリー・カラス等々。彼らはみんな真実よりもずっと前の「有罪とされるかどうか」のラインで捻じ曲がった決着を付けられてしまった。
これらを誰よりも知っているピップは「真実を捻じ曲げることは出来ないが、その前のラインならば捻じ曲げられる」ことも知っていて、捻じ曲げるために力を加えればいい場所も知っていて、それを実行に移した…ということなのでしょう。

ただし真実を捻じ曲げることはできないため、ずっとその後もずっと"事実はさいなむ"。とはいえピップは別に罪の意識を覚えていたわけではなく「殺っちまったから捕まるかもしれない」という恐怖だけがありました。
あとがきなんかを読むと作者はある種(本来の意味での)確信犯的に本作の展開を描いたようですが、個人的にはいただけないと思っています。僕はミステリにおいて探偵が自ら犯人に手を下すことが嫌いです。ぶっちゃけ三部作を読み終えた今、ピップのことを好きか嫌いかでいうとだいぶ嫌い。「巻き込まないため」とかおためごかしをしながら親友や世話になった人たちに事情を説明せずアリバイ作りをさせてるのもだいぶ引く。
ですが、このことは僕の中での本作の評価にさほど影響を与えません。なぜなら「シリーズ探偵がいただけないことをして、人間性を捨て去った」ことそのものが味わいになっているため。

「伝統的な推理小説に出てくるような『探偵』行為を、現代に生きる高校生の女の子がやったら」をひたすら丁寧にやってきたこのシリーズですが、伝統的な推理小説で探偵がしばしば陥りがちな行為に「自身による正義の執行(もとい殺人)」があります。
本作はそこに遂に足を踏み入れ、ある意味上記のテーマを「やりきった」作品だといえましょう。ここまで振り切ってシリーズを完結まで持っていったことには喝采を送りたいです。

後は数年後に自由研究でジェイソン・ベル殺害事件を再調査する女学生が現れるのを待つだけですね。