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2021年に成し遂げた7つのことと   まだまだなたくさんのこと

2021年もあと1週間強。年初の引っ越しによる環境変化で、いろんなことが例年以上に起こった感じがするので、自分向けにまとめ。
※加筆中。

総括めいたもの

色んな事象はありましたが「これが私の生きる道」的なものが見えたような。つまり、なりたい姿と外部からの評価が重ならないながらに、後者で生きていけばいんじゃない?という気持ちが強くなったというか。

例えば、企画力と実装力でいうと私は実は実装力が強い。好きなのは企画だけども、実装力は今の居場所でかなり高い評価が得られる。だとするとそれを恥じることなく、遠慮なく、それで戦って得た対価で自分が欲しいものを手に入れればいいのかな、と。

こう思うようになった1つには、自分の時間だって有限なんだと思ったから。秋口にわーっと調子崩した時期にパタッとお休みをもらって、そして、何がストレスだったかを振り返ると「なりたい姿になれなくて抗ってる十何年間の自分」だった。その間の時間、無駄じゃないけどもっとできたことあったよな。

もう1つには、今年の標語は「単純明快」。直感に従って、違和感を感じることストレスを感じることには、それに応対する意味を見出せなければさっさと次に行くというのをテスト行動指針として置いた1年でした。

ので、結論、そろそろ目指す先への正攻法を続けること<<<それ以上に心地よく生きることを大切にしたいなと思うようになったという経緯。

以下は具体の事象。

①ヘルスケアを習慣化して、フィジカル面で健康的に。

具体的には体重が3kg近く落ちたことでなんとかコロナ前に戻り、体脂肪率は3%落ちました。

今は週1回ヨガ+週1回パーソナルトレーニング+αで安定。ジムがかなりの近さにあるので、習慣化もしやすかった。

朝ご飯は固定化し、ソイプロテインときゅうりを欠かさないように。

②夏ごろからKアイドルにはまり、推し活をするように。

LOUDというオーディション番組が発端。その後ATEEZとStraykidsという男性アイドルグループの押しと化し、さらに第四世代と呼ばれる何組かの中で雑食化が進む。

国内だとアイテムも非公式モノが多いのでやや退屈。早く渡韓がしたい‥。

SEVENTEEN推しらしい会社の後輩とLINEを常にしています。

③初夏ごろから韓国語と中国語をたしなむように。

まいにちラジオとDuolingoを平日朝、毎日続けている。本当にマジでさぼってない。

韓国語はアイドルの影響ではじめ、ハングル文字が読めて簡単な文法まで理解。

台湾に移住した過ぎて、中国語を再開。半年でおわるラジオ講座が2週目に入って、だいぶわかるようになってきた気がする。

④異動後1年して、ついに仕事上のパフォーマンスが安定。

自分では正直納得はいかないけど、プロマネ力はかなり高いと自他ともに認知。今日も上長と話して、代理店の肝であるジャンプ力の代わりに積み上げていくこの手法は誰かの希望になるはずだからがんばって体系化してといわれて、超複雑な気持ちに。…わいかて、ジャンプしたい。

EC立ち上げたり、AIコンテンツ作ったり、大きな事故もなく初チャレンジを乗り切った。

⑤プライベートの取り組みとして東北サポートと企画メシに参加し、自分の志向性がよく理解できた。

公私完全分離派。「対価をもらえるものは公的なこと⇔もらえないことは私的なこと」として頭がどうしても整理してしまうので(良くも悪くも)、混同し始めると大変ストレスを感じる。

私的でも他者のディレクションが開始された瞬間に、「これは自分のものではない、サポートに徹しよう」というスイッチが入る。そうすると対価を得られるケースしか続けられなくなる。

自分でディレクションできるケースは、本当に自分のクローズドな趣味嗜好に寄っていく傾向。喫茶・台湾・ホラー映画など。そして、インナーフォーカスな企画だとどうも歯がゆく、社会性みたいな要素を入れたくなってしまう。

⑥浅草を離れたことで、移住検討を積極的に進められた。

大好きで青春な浅草を離れ、西側に移って来たことで生活環境がかなり合わなくなり、別拠点を本格的に検討。

特に長野山梨方面。佐久市・軽井沢・山中湖が心に残ります。

デュアルライフにあこがれすぎて突っ走り、家族には怪訝な反応をされたところで今年は終了。来年も説得や勧誘を頑張りたい…。

⑦セレンディピティなアクティビティ多数。

サーフィン、海サウナ、久々の運転、鎌倉の素敵ハウス探訪・・・定着するかどうかとは別の軸で世界を知れたのがありがたすぎる。

普段やらないことに連れてってくれる友人たち、、本当にありがとう。。。

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