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100年に1度のパンデミックと100年に1度の火山噴火が重なったら。

パンデミックとなって、数年。

ついに、我が家にも危機は訪れた。
長男陽性で家庭内隔離生活を開始したのが7/19だ。

世の中の感染者数が増え続けてるせいなのか、保健所からの連絡も滞り、仕事も滞り、通院、看病、感染対策の日々。

しまいには、自分も感染して、陽性者による陽性者の世話。
親は疲弊しきっても、子供はどんどん元気になり、遊べ遊べと訴える。

長男陽性から5日たった夜。
自宅隔離の限界を越えた寝かしつけ中の7/24午後9時頃。急にラインやメッセンジャーの通知が、ピュンピュンなりはじめる。

何やねん!寝かしつけてるから、静かにしてや~って、高熱で意識が朦朧とする中で、ラインを見て気づいた『桜島は警戒レベル5避難指示』となったのだった。

島内無線のサイレンが鳴り響く。警報に耳を傾ける。
テレビを付けると大変なことになっていた。
NHKの報道では、割れた窓ガラスに注意して「すぐに避難してください!」と叫ぶ。叫ぶのは、東京のアナウンサー。

島内放送やスマホの緊急アラームは鳴るも、桜島そのものや島民たちは静かなものだった。窓ガラスはもちろん割れてない。ハッキリ言って、メディアの世界だけが騒がしい。東日本大震災のときのような緊張感は伝わる。否定してはいけない、アナウンサーは、彼の仕事を全うしているのだ。

念のため逃げる準備を始める。
すでに防災バッグ、ヘルメットはある。あとは着替えと貴重品を詰めれば、逃げる準備はできてる。

桜島の災害危機意識は、非常時以外も高いんだ。

しばらくして、長年桜島を観測している京都大学井口先生から冷静なコメントがテレビで流れた。
『先週から続く、山体膨張をしめす地殻変動は解消されてないが、大正噴火のような大規模噴火の兆候は見られていない。』という旨だった。ならもう大丈夫だと安心して、22時には家族全員就寝。

隣に住んでいる両親への電話すらしてない。
一応、ラインのみした。災害時に、必要以上に通信を圧迫することは、本当に必要な通信に影響を与えるのだから、連絡は最小限だ。

もし、避難所に行くことになっていたら。コロナの陽性者はどうなるのだろうか。自分と家族の身を護るために、そのへんの準備も怠っては行けないなと、思いました。

それから1週間。

コロナの後遺症もありながら、警戒レベル5の桜島自宅待機は、ずっと続いた。

子供を家に押し込むには、すぐに限界となった。
外遊びができてないので、子供のストレスは凄まじい。
常にイライラしている。お庭プールで誤魔化すが、39度の体温と気温がとろけそうな炎天下で、頭クラクラでプールは死ぬかと思った。

島の中でも、家の中でも隔離されてるという精神的圧迫感は凄まじい。とにかく寝るべし、休むべしで、安静しかない、籠るしかない。


8/1、噴火警戒レベルはさげられ、コロナの待機期間も終え、仕事に復帰した。オフィスが恋しかったので、前日は夢に出たほどだ。

いつ大爆発するかもわからない危険は続く。油断できない。

いや、桜島の方じゃないですよ。大爆発するのは家庭や仕事のほうです。

自然はどうしょうもない。人間はやりようがある。

そんなこんなで、8/5に、今度は父親が緊急入院。
あ、ちなみに7月頭には、母親が手術入院してました。

健康とはなんぞや。油断するな。

あらゆる警戒レベルをさげずに、がんばります。

警戒レベル5直後、コロナ隔離生活
まったく人と会わない田舎で、海で花火よかった



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