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椰子の木

離れ小島の頂上に椰子の木が一本あります。あの椰子の木はどのようにあそこに登ったのでしょうか。
人が椰子の実を持って行ってあそこに植えたのか、椰子の木が浜から順に登ってゆき、ついに頂上にたどり着いたのか。それともまだ自分の想像もできないような答えがあるのか。椰子の実は重たいので、風には乗りませんし鳥や小動物が実(種)を運ぶこともできません。

確かにもう少しこの島を観察してみると、頂上の椰子の木に向かって他の椰子の木の列が浜まで続いているようにも見えます。ということは、やはり浜にたどり着いた椰子の実が、浜で芽を出し一本の椰子の木となり、また実を付けて上から落とし、転がった椰子の実がまた椰子の木となり、そのように双六のように少しずつ進んでいきながら頂上に行ったのではないか。だとすれば、何十年何百年をかけ、何世代にも渡りじりじりと頂に迫り、ついに取った天下から浜辺の最初の椰子の木を見下ろす気分はどのようなものだったのでしょう。

そのような意見をパラオ人のおじさんに打ち明けると、誰かが頂上に椰子の実を持って行って植えた可能性もあるとのこと。確かにその可能性も大いにあります。むしろこの島だけのことを考えた場合、椰子の木の生存戦略としては、浜辺から攻めるよりも頂上に植えられた方が効率的です。頂上で実を生み落とすと、全方位に実が無駄なく転がっていきます。浜辺に実を生み落とすと海に流れていく実もありますので、島内での子孫繁栄のスピードは大幅に遅れてしまいます。また、浜から攻めて山の斜面を登ると生み落とした実が転がり落ちて逆戻りしてしまう場合も多々あるはずです。うまく斜面に引っかかる必要がありますのでなかなか根気のいる山攻めとなります。そう考えると、より楽に縄張りを広げたい椰子の実のすることはひとつ、美味しくて有用な存在となり、人に気に入られることです。そうすれば人に楽々運んでもらい、より効率的に繁栄することができます。人の方でも、美味しくてかつ有用な椰子の木を速く増やすために知恵を絞り最善の方法を見つけるはずです。

頂上に椰子の実を植えた人は、数十年後数百年後、この島が椰子の実と人々で満ちることを思い描いていたでしょうし、きっと椰子もまた思い描いていたことでしょう。

どちらにしても椰子の木はいつかは浜に辿り着きます。そしてまた新しい実が落とされ、波と共にどこかに流れて行きます。

椰子の実の大海を抱く春の朝


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