嗚呼、永遠のサイコおかま
シャイニングスターズさんが解散された。理由はヒロタさんの引退だ。
ヒロタさんは僕より芸歴が4年上の先輩で、大阪で僕がデビューした頃からの付き合いなので、知り合ってからの年数は13年ほどになる。
そして僕が上京してきた5年前からは、一回の引っ越しを挟んでずっと一緒に住んでいるルームメイトでもある。
そんな関係の人がお笑いから身を引くのだから、僕の心中やいかばかりか…と思われている心優しき方がもしいらっしゃったらお伝えしておきたいのだが、そんなにショックは受けていない。
理由は、
なんか辞めそうだったから。
ヒロタさんはとても分かりやすい人なので、ここ最近の眼からどんどん生気を失っていく様子を一番近くで見ていた僕としては、少し前から覚悟はできたいたのだ。
ヒロタさんはとてもハツラツとした芸風で、若い頃は『ジャングルパンダ』というジャングルポケットが売れた今となってはありえないコンビ名で活動していた。
その漫才はキングコングさんを彷彿とさせるハイテンポアンドポップで、いつも僕らが出ていた劇場のオーディションライブを席巻していた。
その後解散して、『ヒロタオリジナル』というlike a コンドームメーカーな芸名での活動を挟み、シャイニングスターズ結成に至る。
シャイニングスターズで大阪、そして東京サンミュージックでの活動を経て、今1人の大きなサイコおかまとなったヒロタさん。
サイコおかまというのは僕が授けたヒロタさんの異名だ。一時期『ひろなのまも(ヒロタと名乗る魔物)』と呼んでいた時期もあったが、最近はサイコおかまで統一している。
そんなヒロタさんとのお話はもう舞台で話す事は無くなってしまったので、ここに書き納めたい。
ヒロタさんはドがつくほどの倹約家(平たく言うとケチ)で、一緒に5年程住んでいるが一回たりとも奢ってもらった事がない。
それどころか、毎日手料理をインスタに上げるほどの料理上手にも関わらず、その手料理も一口ももらった事がない。
そんなヒロタさんが一度だけ、ご飯をご馳走してくれた事がある。僕がヒロタさん主催のライブを手伝った時だ。
さすがにライブを手伝わせた後輩に何もしないのは気が引けたのか、ラーメン屋に連れて行ってくれた。
その店は並¥650 中¥750 大¥850 という価格だった。僕が中を頼もうとするとヒロタさんは
「あ、俺並のつもりで誘ってるから。中頼むんやったら差額の¥100自分で払ってな」
う…うそだろ…で、でも…仕方ないか…,
僕はヒロタさんから¥650奢ってもらい、自分で¥100を足して¥750のラーメンを食べた。
店を出て皮肉のつもりで「ご馳走様でした!」と言うと、ヒロタさんは「ええねんええねん」と言った。よく言えたな。
ヒロタさんと奥多摩へ登山に行った事がある。
ヒロタさんは健脚の持ち主で、ズイズイと山を登っていく。一緒に景色なんか見ながらのんびり登る事を想定した僕は面食らった。そんな僕を尻目にヒロタさんはズイズイ高度を上げる。
ついに僕は置いていかれた。
とはいえ一本道なのでヒロタさんから2,30分遅れで息も絶え絶えの僕も頂上に到達した。
ヒロタさんは
けん玉をして待っていた。
…え?なんで?
山の頂上ですることではないだろ。
ヒロタさんはよくツイキャス配信をしていた。一時期は365日キャスと称して毎日配信をしていた時期もあった。
自分で365日やると掲げておきながら、家に帰ってくるなり「あぁ…またツイキャスせなあかん…」とよく勝手に追い込まれており、僕には意味が分からなかった。
当然毎日やると話す事がなくなり、僕をゲストとして駆り出すようになった。先輩のオファーを断る事のできない僕はしばしばヒロタさんの部屋でのツイキャス配信に付き合った。
ある日の配信中、僕はヒロタさんの部屋に置いてある見慣れないカバンを見つけた。何気なく「あ、新しいカバン買ったんすね」と言うとヒロタさんは少し嫌そうな顔をした。
僕は何が何だか分からなかったが、配信終了後ヒロタさんから「カバンの話とかせんといてな」と言われた。なぜかと理由を聞くと
「新しいカバン買った事は俺の口からオフィシャルで発表したいから」
と言われた。僕は「なるほど、すみませんでした。」と言ったが、心の中では「何言うてんねん」がこだましていた。
最初に住んだ家では、真上に住んでいるおじさんとの関係が険悪だった。
入居した次の日になんと天井から水漏れがあった。僕らが2人で恐る恐る真上の家を訪ねると、中からびしょ濡れのおじさんが出てきた。
水漏れの事を聞くと、
「いや〜...わかんないっすね〜」
とシラを切ってきた。
2人とも心の中では「嘘つけ!お前びしょ濡れやないか!」と思っていたが、あまりのシラのキリ具合になんか言い出せずに引き返した。
それからというもの、家の中はカビが発生しやすくなったり、虫が出たりと散々だった。しかし何より上のおじさんが僕らの2人の事を完全にナメた事が問題だった。
おじさんは僕らの生活音を出すと、上から奇声を上げたり、床をドンっ!と叩くようになった。日に日にエスカレートしていくおじさんの奇行に、僕らはドアの開け閉めすら慎重にならざるを得なくなっていった。
ある日ヒロタさんと会議を行い。上のおじさんをなんとかビビらせようと考えた。
その会議の結果出た結論が、
ヒ「いや〜出井ちゃん!減量は順調?」
出「ちょっと体重落ちなくなってきましたね〜...ヒロタさんは?」
ヒ「俺もあかんねん…シュッシュッ!」
出「お!でもパンチのキレ上がってるじゃないですか〜!」
ヒ「おう!次の試合、絶対勝つで!」
という会話をまあまあ大きめの声で繰り広げて、“下に住んでいるのはボクサーだと思わせる”という作戦だった。
作戦は失敗に終わった。
ヒロタさんはゴキブリが苦手で、家には常に殺虫剤が2本常備してあった。ある日家でゴキブリが出た。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
サイコおかまの悲鳴が家中にこだまする中、ゴキブリとの格闘が始まった。程なくしてゴキブリは棚の隙間に逃げ込んだ。すると殺虫剤を両手に持ったヒロタさんから謎の司令が僕に下る。
「出井ちゃん!もう一本これ(殺虫剤)買うてきてくれ!!」
...え?いる?どう使うの?ロロノア・ゾロ的な?僕は疑問を抱えたままコンビニへと急いだ。家に帰るとヒロタさんは棚の隙間とにらめっこを続けていた。
「買ってきました...」
と僕が言うやいなや、
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ヒロタさんは僕の声に驚き、僕に殺虫剤を2本噴射してきた。ゴキブリより先に死ぬところだった。
あるライブの打ち上げ。その日はメイプル超合金がM-1の決勝進出を決めていた事もあり、みんな一緒にやってきた仲間を送り出すかの様な壮行会のようなテンションでお酒を飲んだ。
居酒屋を出てエレベーターを降りると「メイプル超合金さんですよね!握手して下さい!」と一般の方が気づいて握手を求めてきた。
僕らは一様に「わぁ…M-1ってすげぇ…決勝決まっただけで顔指すんだ…」と感嘆していたのだが、ヒロタさんだけは違った。
泣いていたのだ。
僕は感動した。一緒にライブをやってきた仲間が、ようやく日の目を見るこの状況を、ヒロタさんは心から喜び、他人の事にも関わらず落涙する。サイコおかまにも人の心があったのだ。と思った。
が、実際は違った。ヒロタさんに涙の理由を尋ねると
「俺もチヤホヤされたい…」
嫉妬100%だった。
ヒロタさんに座右の銘を聞いたら
「安物買いの銭失いや!!」
と言っていた。
ヒロタさんは一時期「ブチギレそうや〜!!!」というギャグ(?)を押していた。
これはいじられたり失礼された時に発動するギャグで、ものすごい勢いでブチギレ“そう”と言って、周りから「既にブチギレてるじゃねーか!」と言われて成立するという、なんとも周り頼みなギャグだった。
自身のツイキャスなどで盛んに押しているのに全然浸透しないその様を芸人が面白がってあるライブのエンディングでヒロタさんに「ブチギレそうや」を言わせようといじり始めた。
なかなか発動しない「ブチギレそうや」。周りの芸人もかなりたくさんいじり、ヒロタさんはとうとう繰り出した。
「ブチギレそうや〜!!!!!!!」
静まり返る客席。唖然とする後輩。すると間髪入れずにヒロタさんは客席に向かってこう言い放った。
「え?初見?」
当たり前だろ。
家でヒロタさんと話している時に、不意に「なんか機嫌よく喋ってますけど、あなた誰ですか?」と言った事がある。するとヒロタさんは
「なんで知らんねん!ヒロタや!お前の走馬灯にも出演予定や!」
と言われた。ヒロタさんはいつでも家での方がキレ味鋭かった。
ねじさんとヒロタさんがお腹空いたので、ご飯屋さんを探していた。すると道にパンが落ちていた。佐々木さんが「あ、ヒロタさんパン落ちてますよ。食べます?」と聞くと、ヒロタさんは
「落ちてるパン食うわけないやろ!わしゃトルネコか!」
と言ったそうな。
僕の淹れたコーヒーを飲んで「マックのコーヒーぐらい美味い〜!」と言って僕にブチギレられたヒロタさん。
先輩が多い打ち上げには積極的に参加したヒロタさん。
引っ越しの時、業者に洗濯機を持ってってもらうのを忘れたヒロタさん。
上京したての頃、テンション上がってママチャリで山手線一周してたヒロタさん。
今住んでる家の隣の気のいいご夫婦に、本当におかまだと思われているヒロタさん。
なんやかんや色々書いたけど、書き出したらキリが無いのでこの辺で。また思い出したら書こうかな。
でもね、僕は心から思いますよ。ヒロタさんのネクストキャリアに幸あれと。
なんかこの写真、山に身投げしに行く陽気な人みたいだな。そんな人いないか。
コーヒーが飲みたいです。