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「心が震えるか、否か。」香川真司選手、自叙伝出版に寄せて。

著名なアスリートであれば、
あらゆる出版社から「本を出しませんか?」
というオーダーが来る。
本を出すことに興味のない
アスリートもいれば、
コンセプトに共鳴して、本を出すことを
許諾してくれるアスリートもいる。
サッカー界で言えば、長友佑都選手は自叙伝、体幹、食事など、様々なジャンルから、
自分が培い研究してきたものを
書籍にまとめ、それをきちんと
ヒットさせるのだから見事だ。

仕事のほとんどがそうだけれど、
正解がないことが多い。
出版で言えば、その出版社でいいのか?
その編集者でいいのか?
そのタイトルでいいのか? 
そのデザインでいいのか?
そのカメラマンでいいのか?
その紙でいいのか? 
その大きさでいいのか? 等。
正解がないからこそ、僕自身は、
僕自身がプレーが好きで、尊敬する
アスリートにしかオファーはしない。

「人気があるから。出せば売れるから」では、
いいものができない。
発売するタイミングを除けば、
時間をかければかけるほど、
いいものができるのは確かなことだ。
好きで、尊敬がないと、粘れない。
正解がないから粘りが必要。
タイトルでいえば、今までタイトルが
すぐ決まったのは一冊だけだった。
岡崎慎司/鈍足バンザイ! です)
あとは、ずーっと、ずーっと考えて絞り出す。
「心が震えるか、否か。」もかなり
時間がかかった。
レアルやアーセナルのオファーを断るなど、
自分を心から必要としてくれる
クラブではないと行かない
という頑固さは香川選手の特質だと考えて、
このタイトルになった。ご本人からも
「よく思い浮かびましたね!」と
お褒めの言葉もいただいた。えっへん。

僕が香川真司選手を生で見たのは、
おそらくドイツでのデビュー戦だった。
そのまえに代表戦では
見ていたかもしれないけれど。

スイス出張の帰りに、
飛行機か電車でドルトムントに行った。
試合が5分くらい過ぎてから、
ダフ屋に声をかけると、そんなに高くない
価格でチケットを手に入れることができた。
かなり上の方の席だったけれど、
ドルトムントのホームの上部は
結構角度が急で、高所恐怖症な自分には
少し怖かった記憶がある。
その時は、偉そうで申し訳ないけれど、
「ドイツで通用しそうだ」
という感想を抱いた。

数カ月後、またドルトムントの試合を
見に行った。その頃には、欧州を席巻していたと言っても過言ではないほど、
大活躍をしていた。
香川選手は、水を得た魚のように、
バイタルエリア、
ペナルティーエリアを駆け回り、
一人違うリズムを刻みながら
ドルトムントの攻撃を牽引していた。

「すごい。この一年はすごいことに
なるかもしれない」と、心が震えた。

8万人のサポーターが、香川真司に
釘付けになっていた。
「編集者として、当然の願いだけど、
本をつくりたいな」と考えた。

でも、そこからが長かった。
とっても長かった。

香川選手は出版には興味がなかったと思う。

今もそうだけど、
基本はサッカーに集中したい、
というタイプの選手で、
本の製作に時間を取られたくなかった。
長谷部選手などもよく言いますが、
「人間の熱量は決まっていて、そのすべてを
サッカーに注ぎたい」と。
香川選手もきっとそうなのだ。

とはいえ、まず私は香川選手に
認識してもらいたいと考えた。

ドイツで知り合った某日本企業
(ドルトムントのスポンサーでもあった)
の方に「いつか香川さんの本を
作りたいんです」と話していた。
それを彼は心から応援してくれて、
チャンピオンズリーグなどの席を
用意してくれたり、デュッセルドルフで
おこなった3月生まれ誕生日会などにも
呼んでくださった。
(豪華なメンバーだった。安田理大さんの気遣いに感動した)
この編集者よくいるな、くらいは
思ってもらえた気がする。

でも、「本を作れる」手応えは
全く得られなかった。だから
「いずれ、本ができればいいな」と思いつつ、
雑誌「ゲーテ」の表紙を飾ってもらったり、時計ブランドのタイアップに出てもらったり、と、ちょこちょこ仕事させてもらうことに
よって、香川選手との関係を
築かせてもらった。(と私は思っている)

そこからロシアW杯の前くらいから、
「もしかしたら本が作れるかもしれない」
という雰囲気になり、やがてゴーサインを
いただいて、製作に向かった。

私のスタンスは常にこうだった。

香川選手は日本人アスリートとして、
唯一無二の経験をしている。
それを(あまり編集することなく)克明に
記し、後進に継承すべきだ。

ドルトムントでの栄光と挫折。
ユナイテッドでの紆余曲折。
トルコで感じた違和感。
スペインで苦戦したピッチの特徴。
日本代表10番の重圧。
南アフリカW杯でのメンバー落選。
ブラジルW杯での惨敗。
ロシアW杯でのパフォーマンス。

彼しか経験していないことが、この本には詰まっている。

日本のサッカー関係者、スポーツ関係者、アスリートの皆さま、
そしてサッカーを愛するサポーターの皆様に
読んでもらいたい一冊です。