【中国動向観察】インドとの衝突で殉職した兵士を誹謗中傷した「辛筆球ちゃん」逮捕:「英雄烈士の名誉侵害」と吊し上げー刑法もわざわざ改正する徹底ぶり

 中国中央テレビの「国防軍事チャンネル(チャンネル7)」の昼の軍事ニュース「正午国防軍事」は3月1日、「昨年6月に中国とインドが国境付近で衝突した際に死傷した兵士を誹謗中傷したとして江蘇省南京市の警察が1日に犯罪容疑者の仇某明、ネット名『辛筆球ちゃん』を逮捕したと公表した」と伝えた。

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 公表された通知によると「辛筆球ちゃん」は2月19日10時46分に中国のSNSである新浪ウェイボー(微博)上にインドとの国境で死傷した兵士を誹謗中傷する内容を2度にわたって公開し、社会に広く拡散されたために劣悪な影響を及ぼしたとして20日、南京市の警察に勾留されてていた。そして25日に逮捕が批准されたという。

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 兵士たちは自分たちの血と生命で祖国の領土を守ったにもかかわらず、彼らの名誉、栄誉を傷つけたのだのだとアナウンサーは強調した。

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         最高検察院が公表した刑法改正条項

  驚くべきことに彼の逮捕と並行して刑法も条項の一部が改正され、「英雄烈士の名誉、栄誉を侵害した罪」という一項が加えられ、「英雄烈士の名誉、栄誉を侮辱、誹謗中傷、あるいはその他の方式で侵害し、社会の公共の利益を損い、状況が深刻である場合、三年以下の有期刑、勾留、監視、もしくは政治権利剥奪とする」とされた。法さえも現実に合わせて改正されてしまうという驚くべき状況である。

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 1日の7時のニュース「新聞連播」も「辛筆球ちゃん」の逮捕をニュースの後半で短く伝えた。また映像には警察で勾留され、罪を悔いる様子が映し出された。

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 では球ちゃんはどういうつぶやきをして逮捕されてしまったのだろうか。

 ことの発端は2月19日に中国中央テレビのニュースで昨年6月に中印国境で発生した両軍衝突の中国軍死傷者の名前が公開されたことである。6月15日の衝突で4人の解放軍国境警備隊(辺防連)の兵士が死去し、その上司である連隊長(団長)が重傷を負ったことが伝えられたのだ。

 それまで衝突ではインド側に20人の死者が出ており、中国側でもそれと同数、あるいはそれ以上の死者が出ているのではないかとの憶測が出ていた。中国内外でも犠牲者の数についての憶測が出ており、この4人に止まらないだろうという指摘も少なくなかった。こうした議論に乗っかる形で「辛筆球ちゃん」は記者であったこともあって、いくつかのコメントを出したのだ。「細かくみると、4人は助けに行ったとある。支援に向かった人さえ犠牲になったのだから、犠牲は4人に止まらなかったはずだよ」とか人数が議論になると、犠牲者数について「60以上、70人近くではないか」、「一番位が高い連隊長が生き残った」と自分の考えを書き込んだのだった。

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  中国当局は4人の死者と1人の重傷者の名前しか公表しておらず、他に犠牲者があったか否かには触れていない。つまり、触れられたくなかった部分だったということだろう。また、そもそも論であるが、彼のSNSのハンドルネーム「辛筆球ちゃん」という名前自体が中国内の左派、特に党や政府、軍にとって癪に障っていたのではないかと思われる。お気づきであろうが、この「辛筆球ちゃん」は日本の漫画「クレヨンしんちゃん」の「クレヨン」と「辣(辛い)筆」が同じ発音であり、その「クレヨンしんちゃん」を文字ったハンドルネームで、彼が「クレヨンしんちゃん」に好意を寄せているのではという感を抱かせる。日本の漫画は中国国内で広まっており、多くの若者、子供を魅了しているが、共産党政権はこうした状況を苦々しく思っていたはずだ。かといって合法的にこうした漫画を取り締まることはできないからこれまでなかなかそこに切り込めなかったのだ。そして今回このような親日的(「精日」とか「哈日」と呼ばれる)人物がこうした発言をしたことで小躍りして攻撃しているという構図であろう。

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     「辛筆球ちゃん」こと仇子明(きゅう・しめい)さん

 警察が彼の拘束を公表してから1週間が経つが、この間、中国国内はヒステリックなほど「球ちゃん」を攻撃する言葉がネットに溢れており、そしてその最たるものが中央テレビのニュースである。本名や顔も晒され、中国国内の殉職兵士への否定的なコメントへの激しい反応は当局、為政者たちの苛立ちを示しているのかもしれない。ただでさえ新型コロナや米国との摩擦でいらだつ中国当局にとって、今回の出来事はまさに国内の引き締めを図るまたとないチャンスとなったのだ。迂闊に発言してしまった「辛筆球ちゃん」の今後の無事を祈らずにはいられない。

 



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