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2024-03-06 原子心母

●LEAF 0765 原子心母

原子心母(原題 : Atom Heart Mother)は、1970年に発表されたピンク・フロイドの楽曲である。20分を超える大作で、5つのパートに分かれており、同バンドの評価を飛躍的に上昇させた曲として知られる。

原子心母(原題 : Atom Heart Mother)は、レコードの片面すべてを使用した、23分を超える大作。ブラスバンドやコーラス、ストリングスなどを大胆に使用した楽曲だ。複数のパートからなる組曲のような構成をしているが、その要素は実に多様だ。分かりやすいところだけでも、その特徴を列記してみよう。

・金管楽器とバンドが融合した、クラシカルで荘厳な主題
・ストリングズとキーボードのアンサンブルから物悲しいギターへ
・コーラス隊による宗教音楽的でダークなスキャット
・男女混成によるアフリカン・コーラス
・サイケデリック/コズミックなアヴァンギャルドパート

こうして書いてみても、本当に同じ曲中のパートなのかと疑わしくなるくらいだ。それらが荒野を歩き続けるような果てしない情景の中で、様々な感情を想起させる。曲の最後でそれらすべてが一つの現象となって襲い掛かってくる展開は、見事としか言いようがない。

レコードA面外周の無音部分に針を落とし、音が鳴りだした瞬間から、何やらただならぬ気配を感じる。これからとんでもないことが起こるのではないか。そんな予感を胸に抱いたかと思いきや、一瞬にして「音楽を聴いている」という感覚は失われ、彼らの作り上げる超次元空間へと放り込まれる。
〈私〉から物理的存在性が失われ、感覚のみの思念体に変換させられた先に、長大な精神の旅が待ち受けているのだ。時には時間が百倍にも千倍にも引き延ばされ、時空はゆがむ。自分が世界のどこに存在しているのかわからなくなり、迷子になってしまうこともある。「もうやめてくれ!」そう叫んでも、彼らはそれを許してはくれない。永遠にも感じられる苦しみの中で「もうだめか」と思った時、突然目の前が開ける瞬間が訪れる。この世における極限の苦しみ・絶望をつきつけておきながら、そこから一瞬で極限の快楽まで導く道までもが設計されているのだ。しかもその流れが一度や二度ではなく、曲の中で何度も繰り返される。一度苦しみから救い出しておき、心の平静を取り戻せると油断させてから、すかさずまた奈落の底へとたたき落とす。全てが彼らの思うつぼであり、音楽と呼ばれる何かに弄ばれてしまうのだ。最後の苦しみを与えられたのち、突然これまで見てきた情景が走馬燈のようにフラッシュバックしはじめ、旅の終わりが近いことを告げられる。あれほどの苦しみを与えられておきながらも、その中にノスタルジーを感じずにはいられない。旅のフィナーレ。これまで経験したすべての現象が一つの波となって押し寄せ、絶対的世界の現実として目の前に提示されるのだ。

人類が文化を持ってから、そこには常に音楽があった。その文化の極点に存在する作品がこの『原子心母』だ。人類史における最高傑作であるといえるだろう。いや、もはや人類という枠で捉えることすら陳腐に感じられてしまう。この宇宙が生み出した最高傑作だ。自然、生命、哲学、心理・・・宇宙が誕生してから138億年のあらゆる現象とそれらのつながり、そしてそれらが生命体に与える影響とイメージ、感情のはたらき。そのすべてを知り尽くした先に悟る「超越」を、今から半世紀も前に12インチの円盤に刻み込んでしまったピンク・フロイドは、はたして人類なのかも疑わしくなってくる。


ピンク・フロイド、好きだったですね。このアルバム「原子心母」には痺れました。何度聴いたことか。

日本では、今も「ピンク・フロイド トリビュートライブ」が開催されています。


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