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ミリオンダラー・ベイビー

2004年 アメリカ

クリント・イーストウッドとヒラリー・スワンク。公開当時もおおいに話題になっていたけど見ることなく、ようやくいまAmazonプライムにて鑑賞。

とにかく感謝。なにがって。
シンプルに女子ボクシングのサスセスストーリーだと思っていたが、全く違う話だった。見ないと分からない。全く知らないで見た。それだからこそ、すっと話が入ってきた。繰り返すが見ないと分からない。こういうのは自分で感じるしかない。世の映画好きたちもそう思って口を噤んでくれていたのではないかと思うと感謝しかない。

tough ain't enought

「タフだけでは足りない」最初と最後にでてくるフランキー(イーストウッド)の言葉。タフすぎる生い立ち、タフすぎる人生、そしてタフだけでは足りない最後の厳しい選択。この最後の決断のときに神父(牧師?)が登場する。映画の所々に登場するフランキーと折り合いの悪い神父だ。普段は信心深いのかただ自分をからかっているだけなのか分からないフランキーの態度にいい顔をしない神父だが最後の決断の時に、神父らしからぬアドバイスをする。神を忘れろ、と。 これが生きている人間の決断であり、ああなんて愛情深い…。

モ クシュラ mo chuisle

 フランキーがマギー(スワンク)に名付けたリングネーム(?)が「モ クシュラ」だった。これはゲール語。読書が趣味でゲール語を解するインテリトレーナーって…と思うがこの苦虫を噛み潰したようなフランキーの顔が放つゲール語は説得力をます。意味は「私の愛する者、私の血(My darling, my blood)」。それをマギーが知るのは文字通り最後のシーンだ。でも観ている側は彼ら2人が血肉を賭けて信頼を重ねあい家族より深い絆を強めていった様を見ている。そうだよ、マギー、私の血だよ。

フランキーの最後の決断は現在はどのよう受け取られるのだろう。現在の方が映画公開当時より切実であり理解されるようになっていることだと思う。でも、当時としてもこの映画を見ていたらこの結末意外なかっただろう。理解を求めたのではなく必然の結末だった。

イーストウッドとモーガン・フリーマンとは本当に贅沢な配役だったな。




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