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アニナナサドビありがとう 月雲了のオタクより

※以下は月雲了のことをどうしても推してしまうオタクが書いた文章です。アイドリッシュセブンに出てくるほかのアイドルたちのことを月雲了の気持ちに寄り添って悪く言ったりします。

「脚本おもしろーい!」の目線でアイドリッシュセブンという作品を愛しており、フィクションとして愛好するがゆえに人権とか軽視したことも書きます。
ただし、社会倫理規範に則れば月雲了は普通におしまいの最悪人間であるということはまごうことなき事実であり、もちろん私も本気で作中の犯罪行為などを肯定しておりません。

アイドリッシュセブンもTRIGGERもRe:valeも素敵で最高のアイドルグループ。みんな本当に好き。

月雲了は最悪。ひどいやつ。月雲了を許すな。




月雲了最高ーーーーー!!!!!!!!!!!

アニナナにおける月雲了まわりの演出本当にありがとう最高ーーーーー!!!!!!!!!

アニナナサドビの放送が始まって現在第12話「簒奪の準備」の放送が終わっている段階ですが、アニナナスタッフのみなさんが月雲了を愛して演出してくださっていて、毎話毎話嬉しく視聴しています。

見たか!?!?!?!1話初手からのお肉トークのあたりの演出!!!!!

原作のあのシーンの言葉選びで月雲了を好きになった人間だったので本当に嬉しかったな……真っ赤なスーツも悪趣味でほんとに似合っていたよ……

スーツもそうだけど月雲了の言動ってとにかく大仰で、あれは周りをビビらせることと自分自身に暴力のブーストをかけるためにあえてやっている自己演出であり、そして何より「美しく魅せる」ことが本当は好きな人間(そしてそれができる優秀な人間)であるということを示している特徴だと私は思っているんですけど、そんな言動にアニメーションがつくことでより華美でダイナミックで悪趣味な感じに拍車がかかっていて、演じている高橋さんも月雲了の「気持ちよさ」に乗っかりながら演技をしてくださっているような感じがあって、本当に……いいんですよね……噛み締めています。

私は、月雲了はとても狡猾な人間でありつつ、自身の欲望を抑える術を持たない、すごく素直で純朴な人間だよなあと感じているんだけど、高橋さんの演技がまさにそこの「魅せる」月雲了と「獣のような攻撃性を隠しきれない素直な」月雲了の両方を感じられていつも悲鳴をあげてしまっている。

作画も脚本も含めて、とにかくアニナナの製作に携わる人々には感謝しかない。ありがとう。ありがとうございます。

月雲了の部屋に飾ってある品々も、部屋の雰囲気も本当に良い。

仏像あるのめちゃくちゃ解釈一致だし、信仰というものを馬鹿にしつつ蒐集して研究している感じが、アイドル文化をバカにしつつ研究して手玉に取ろうとしてる感じと重なっているのではとか思って見ています。了ちゃんにとって子供向けおもちゃも神具や仏具もアイドルも、全部おんなじ楽しくて馬鹿馬鹿しい研究対象なのかな。うれしいね。月夜の竜舌蘭から作ったテキーラで乾杯して机の上でタップダンス踊っちゃお。
テキーラ入れてたコップがおままごとセットの悪趣味蛍光ピンクコップだったのも本当によかったな……真似するよい子のおともだちはプラスチックの種類をしっかり確認するんだよ。溶けることあるからね。私も確認しました。


3部って正直月雲了が主役の月雲了のための物語であると私は思っているので、毎話ずーっとうれしくて仕方がない。

月雲了は本当にイカしたかっちょいい魅力的なキャラクターなんですけど、反して彼の人間性の核にあるのは「寂しさ」と「優秀ゆえの無知」だと私は思っていて、その寂しさがどのように癒やされていくのか、というお話が3部の軸にはあると思うんですよね。フレンズデーを舞台にした、フレンズデーのような企画が響かない、届かない人間の話。番組コンセプトとは程遠い、権力と衆愚のお話!そりゃもう月雲了が主役といって差し支えないでしょうよ。


親に期待されず育った月雲了、誰にも見てもらえない、愛してもらえないという感情が「ゼロがファンサをしてくれなかった」というエピソードと強く結びついてしまって『自分は他より優れているはずなのに、誰にも認めてもらえない』という寂しさがアイドルへの恨みへと繋がったのち、モモが「自分は5年で消費期限切れ」とか言うの聞いて「やっぱりアイドルはひどい!モモ!僕となにかやろうね!」みたいなことをさ、酔った勢い(酒の場でしかこういうこと言えない意気地無しなのは愛されたことがないからで、かわいそうでかわいいね…)で言ったのに肝心のモモは忘れてなんかユキといちゃついてるし、アイドルへの恨みが悪化してしまうのも無理ないじゃん。かわいそうじゃん!!!!!!なあ!!!!!!!

誰かがどこかのきっかけで月雲了の寂しさに気づいてあげられればさあ……こんなことにはさあ……絶対許せねえよな……アイドルってやつらはよお……!!!!!

周りとのコミュニケーション不全(月雲了、きっと優秀さとは別に何かしらの理由で扱いづらい子供で、幼少期から他人の気持ちを推し量るのが苦手だったから、親はお兄ちゃんを後継として育てたとかなんだろうなと勝手に思っている どうなんだろう 新ツクモプロマネージャーからそういう話聞きたいな 5部よろしくね)とかで愛情を感じられずに育った月雲了が、誰かを信頼して愛する(恋愛とかだけでなく親愛的にね)方法がわかんないまま大人になってしまって、そのわからなさをどうぶつけたらいいかわかんなくてたどり着いた方法が『アイドルへの復讐』なの、とても切なくて愛おしいと思ってしまう。

月雲了は

『僕はハンサムで賢く情熱的で、ビジネスのカンもあるし趣味も豊富だ!スポーツ万能で教養にも溢れ、さらに話術も巧みで社交的!センスもいいし歌も上手い!ららら〜♪』

『なのに両親が愛したのは兄だった』

の台詞にもあるように(原作の演技もよかったけどアニメでもここの演出最高だったありがとうございます)、自身の優秀さに確固たる自信があり、それが認められないことに対してすごく強い不満と疑問を感じているんだろうなと思っているのですけど「アイドル」は特に優秀さの評価でなく「愛され度」の評価が主軸にある職業だから、本当に理解できなかったし、ムカついたんだろうな〜と思う。

そう考えると月雲了が3部終盤に七瀬陸推しになるの、めちゃくちゃ皮肉が効いているのかもしれないな。

優秀であること、つまり、社会的に求められる生産性や社会性の資質があることは、必ずしも愛されることには直結しないという事実を全く理解できずに、それをブラックボックスとしたまま愚かさだと決めつけてぐちゃぐちゃにしてやろうと動いていた月雲了が、その「理解できなさ」ゆえに、結局自身をかつて否定してきた価値観によって、実力や優秀さより「訴求力」に優れた七瀬陸をいつの間にか推してしまっている。月雲了ほんとにかわいそうだな……つらい……最高……

最終的に月雲了を救ったのが七瀬陸ではなく自信がプロデュースした亥清悠だったのは本当によかったねと思う。
愚かだと断じていたものの正体を知った上で負けられることは、幸福なことだ。月雲了はアイドルや他人の心を推し量るにはあまりに優秀すぎて、素直すぎたんだろうなと思う。つくづくその不器用さを私は愛したくなってしまう。


こういう偏った視点で月雲了のことを甘やかしてアニメ見てるとだんだんしっかりRe:valeのこと憎く見えてくるというのも、アニメが始まることで得られた新しいおもしろい発見でしたね……。

脳内の冷静な私は勿論ずっと「月雲了が悪くてクズ」なのはわかっているのに月雲了応援上映みたいな気持ちで第8話「未完成な僕ら」と第9話「Re:vale」見てると、だんだん『モモこいつ……お前のせいで(モモのせいではない)了ちゃんは苦しんでんのに、何ユキと共依存クソやばユニット(感情の昂りによって出た罵倒であって私の本心でない)組む感じをやってんだよ……月雲了とおそろいの厄介オタクじゃねえかお前も…!!!!(拡大解釈)「あんたもかわいそうな人だな」じゃねえんだよお!!!!!たまたま救われただけの人間(モモが頑張って勝ち取った救いだからたまたまじゃないよ)のくせに!!!了ちゃんにひどいこというな!!!!!!!!』
・・・・・・という気持ちが湧いてくるので、すっごい楽しかったです。


でも実際、月雲了の厄介オタク的な側面って、表出の仕方がまったく違うだけでモモくんと近い部分はあるんだろうなと思うな。
どっちも好きなものに強く執着して常軌を逸した行動をするという点はおんなじなので……狂犬と狐でどっちもイヌ科だしな……いや表出として了ちゃんの場合は先入観からの決めつけによるポジショニングが先になって「推しのこと全部わかってる」モードに入るけど、モモの場合は「推しは神様なので触れない」モードに入るから、社会性ぢからにおいて天と地ほどの差はあるんだけども。

でも推しをある種人間扱いしていないというところは同じかもしれない。やっぱり了ちゃんだけが迫害されるのおかしい気がしてきたな……実害があるかないかだけだろ……実害はあると困るので当然なのですが…。



そんな自身の寂しさや愛情欲求についてはビタイチ自己理解していない月雲了くんですが、それでいて自分の行動がどうすれば他者に不快感をもたらすかについてだけは非常に自覚的で煽りだけは天下一品に上手というところ、とてもアンバランスでキュートだなと思っています。

もちろんあの煽り、わざと大仰にやっているとかでなく本質がわがまま赤ちゃんであるが故に出るクズ言動という部分も大いにあるとは思うんだけど、やっぱり自己演出として実際より悪意マシマシで喋ったり動いたりしているところはあると思うんですよ。

第11話の八乙女パパとの交渉シーンも、あれは交渉を決裂させるために宣戦布告の布石としてわざとめちゃくちゃ無礼な態度をとってもいたのだろうなという感じが「言われんとわからんのか小僧!!!」の怒号のあとの表情に出ていて……あのカットの原画本当に欲しいな…大好き……
泥水コーヒーの発言も非常に爽やかな声色で、自己演出の天才ーーー!!!!って感じがしてよかった。

相手を意図的に不愉快にさせるために行動している人間のこと、私はすごく魅力的に感じてしまうんですよね。「計画的な煽り」って自分の本心を冷静に捉えつつ、それを大袈裟に「演じて」みせることだから、感情的でいて感情的でない行動だから面白いと思ってしまうのかもしれない。月雲了というキャラクターの魅力の本質もその辺だなあと思います。素直になれないが故に素直でいるところが面白いというか…。アニナナ感想ツイートを検索して見ていると「月雲了ムカつくけどなんか嫌いになれない」みたいな呟きが散見されるのはその辺りなのかなあと思う。
そしてそこを繊細に演じてくれている高橋さんのおかげでもあるなあと思います。毎回想像の5倍くらい魅力的な演じ方をしてくれていてほんとにうれしい……。
第2話のお肉焼きながら喋るシーンの楽しそうな感じと冷酷さと暴力的な部分の同居したセリフまわしとかさあ!!あの突然のASMRで界隈大騒ぎになった「二階堂大和の生告白音声 とってきて」という台詞の言い方とかも、例えば単にニヤニヤして言ったり冷酷に言ったりするだけでもよかったところをねっとりと甘えるように、それでいて淡白な冷たさもある感じの言い方を採用していたのほんとうに天才。「月雲了ーーーー!!!!!」ってなった。
圧倒的に自分が主導権を握っているという自覚を見せつけるような余裕のある甘い響きと、だからといって恐怖でコントロールするための迫力も失わないような低さと、それでいてまだこれは序章であると予感させるようなさっぱりした語尾の処理の感じ……みたいな……最高、とおもいました……。

自己演出できる冷静さと同じくらいに、自己の愛情欲求への理解があればモモよりもっと自分と親和性のある友達を作って慰めあうとかもできただろうになと可哀想に思う。

モモは本質的に愛を知っていて、その上で失って凹んでただけだったのに、愛を知らない自分と「同じだ」と勘違いしてしまったのは、モモにとっても了ちゃんにとっても不幸だったなと思います。モモより先にズールくんたちと会っていればなあ!ズールくんたちの方が了ちゃんと同じに「まっすぐ捻くれている」感じがあって、だからこそ4部終盤のいすみんファンサ絶命月雲了のシーンが生まれたんだよな。ありがとう都志見文太先生……。
モモは了ちゃんと断絶しているし理解する気も失っていたので了ちゃんを救えませんでしたが、似た痛みを抱えていたはるちゃんは了ちゃんの痛みに気づいてくれて、ほんと…了ちゃんはブタ箱でちゃんとはるちゃんに感謝しなね……。

はるちゃん含むズールくんたちは、更生の機会も与えられたしアイドル活動も続けているのでかなり許されている雰囲気がありますが、月雲了は悪役のまま退場したのでバッチリ嫌われており、さきほど「月雲了嫌いになれない」というツイートが散見されると書いたけれどもそれ以上に罵声を浴びせるようなツイートもかなりある。そりゃそう。自分の推し迫害するくそキャラなんてみんな嫌いだよな。私もさすがにRe:valeのオタクとかTRIGGERのオタクと会ったときにはなるべく作品としてのアイナナの話をしないようにしている。
ただ、月雲了のことを嫌っている人間たちに対して、私はこっそり「月雲了はお前自身なのだから、そんなに嫌うんじゃないよ」と思ってしまっている。この次めちゃくちゃ月雲了を贔屓した拡大解釈自論を書きます。



月雲了というキャラクターの核である「無知」や「寂しさ」は、誰もが持ちうる暴力の種であると私は思う。
何か恐ろしいものや不愉快なもの、理解できないものが目の前に現れた時、人はそれを知ろうとする前に、逃げたり、石を投げたり、見ないふりをしたりする。それは自分の身を守るために現れてくる当然の反応である。私たちは、自分や自分の周りの世界が何より大事で、死にたくないし傷つきたくない。当たり前だ。
そして寂しいと恐怖は増大し、その行動は悪化して強い攻撃に転じていく。
そう考えるとさあ!!!!月雲了のしたことって(もちろんめちゃくちゃ社会的には最悪だしだからってやっていいことと悪いことはあるだろと思いはするけども)それと一体何が違うっていうんだよ!!!!!!???月雲了を罵倒しているそこのお前!!!!!了ちゃんが自分を守るために身につけた攻撃性のこと、批判はしていいけどそんなふうに馬鹿にすんな!!!!!なあ!!!!!自分の嫌いなものに対して「理解する必要がない」と思ったことがない人間だけが月雲了に石を投げろ!っていうか石を投げた時点でその行為は月雲了と同じだろうが!嫌うな!月雲了を!自分の中にいる無知で寂しい月雲了を!!!ちっぽけで無力な月雲了をよお!!!!愛してやれよ!!!!!!!!お前も月雲了なんだよ!!!!!!!!!LOVE!!!!!!

という気持ちでいます。

ただこれ別に私は月雲了が現実にいたとしたら普通に嫌いだし関わりたくもないし、自分の人生のためにめっちゃ逃げるし石も投げるので、なんというかフィクションの中の彼らは読み手が受け取った時点で我々の内面と同化するものなので、遠くて近いフィクションの世界でくらいは、月雲了および月雲了のような自分自身のことを省みて、愛してやれよと思います。
そういうLOVE &PEACEな気持ちで月雲了を推しているんだよ私は。
本当だよ。

…以上の文章、本当に偏っているのであんまり真にうけないでほしいんですけど、こうして読み返すと、私のように勝手な解釈で狂う人間が出るくらい悪役にも信条やバックボーンを確かに持たせて、物語の核とばっちり絡めて描く都志見文太先生の脚本力よ……と思いますね。

以前にインタビューで都志見先生が「すべてのキャラクターの目線に立って脚本を書きながら何度も読み返す」とか「価値観を押し付けすぎないようにしながら書いている」みたいなこと仰っていて、そういう書き手だったからこそ月雲了が生まれて、あの感じで退場できたんだろうなと思う。


悪意を描くときに、その裏側にある弱さの部分をしっかり入れ込むことで、悪意はより鋭く恐ろしくなるし、尚且つその弱さを切り捨てずに拾ってくれる脚本だから、信頼して読み続けられるなあと思います。

月雲了のこと、ただの敗走で退場させず、救いの光を見せた上で退場させてくれて本当にありがとうございます。そういう物語で救われた人間がここにいるので…。


これからのアニナナでベランダ酒漬け事件がどういう風に描かれるのかとか、4部のアニメでファンサ絶命シーンの演出がどうなるのかとか、ATMのシーンすごい楽しみだなとか色々あるんですけど、個人的に1番太陽のesperançaの放映のあたりが楽しみですね。
明確に悪役として「お前を許さん」と曲付きで宣告される了ちゃん、そんなんもうこれ主人公だな……実質月雲了のキャラソンだよ太陽のesperançaは……などと思いながら当時原作を大興奮で読んだので。
高橋さんどこかでesperança歌ってくださらないかな…劇中の鼻歌とかで。めちゃくちゃ皮肉でかっこいいと思うんだけども。だめか。


月雲了のことだーいすきでさいこうとおもっているにんげんがいるよ ありがとうね アニナナ という話でした。以上です。



【2022/4/27 編集・追記】最初「早口オタクの妄言として読んでほしい」の気持ちから敢えて改行を殆どしていなかったのですが、ありがたいことに割と読んで下さる方がいらっしゃったことと、何より私が読み辛いので改行などを施しました。よろしくね。

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