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なぜ料理漫画の主人公には複雑な家庭環境のキャラが多いのか

はじめに

料理漫画が好きで読んでいると、自分が読んだ作品は主人公が天涯孤独だったり、父と母のいずれかと死別していたり、10代の若者が一人暮らしをしていたりすることが多いなとある日気づいた。

自分が思いつくだけでも結構な数のキャラがそれに該当するので、これは自分がそういう主人公が出てくる漫画を選んでいるというよりは「料理漫画界では複雑な家庭環境からのスタートが鉄板パターンになっているのでは?」と考えるようになった。

この記事では、実際にメジャーな料理漫画をリストアップして、比較検証して「なぜ、この設定がよく使われるようになったのか」について考える。

実際に数えてみた

今回の調査対象

今回は料理漫画26作品の主人公を30名をリストアップして、家族の有無、居住形態、職業などを一覧にまとめた。ある程度知名度のある作品の方がわかりやすいと考え、長期連載されてたり、映画化やドラマ化、アニメ化されているものを中心に選んだ。
(26作品のうち、W主人公と判断して2名入れた作品が3つある。ただし、判断基準は筆者の主観によるものなので、その点は申し訳ありません)
また、基本的に主人公が料理をする/できることが今回の料理漫画の選定の条件にした(バーテンダーが二人居るのでうが、飲食業勤務ということで許してほしい)。したがって、近年人気の「食べ歩き系(孤独のグルメ)」は今回対象外にしてある。

データから見えてくること

結論から言うと、作品選定時のバイアスを差し引いても「やっぱり!」と思うような結果が出てきた。料理漫画の主人公は家族と別離している設定が実際に多い。
例えば、主人公の両親が明らかに健在なのは30人中3人だけだったり、10代の少年少女のうち約半数は一人暮らしだったり、「家族との別離」がストーリー展開上、必要な設定・選ばれやすい設定であることを示唆していると考えた。

なぜ、この設定がよく使われているのか

料理漫画の主人公には「ひとり親家庭だったり、天涯孤独だったりする人が多い」のだが、なぜこの設定がよく出てくるのか?これが各作品でどのように生かされているのか?この点についても主に3パターンに分けて整理した。

  1. 主人公が料理人として働く環境に関係している

  2. 主人公が料理を始めたきっかけに関係している

  3. 不在の家族がストーリー上重要な役割を果たす

この3点から考えるに、やはりこういう設定があれば、キャラやストーリーが作りやすいからではないかと考えられる。

1.主人公が料理人として働く環境に関係している

まず、料理漫画の主人公には仕事として料理人をしているキャラが多く、今回対象にした30人のうち、料理人は19人。家族との別れが、料理を仕事にするきっかけに大きく関係している描写が各作品で見受けられた。

どのような漫画でも、主人公がそのメインテーマとなる対象に向き合ったり、取りかかる理由を説明するシーンが見られるが、料理漫画はスタートが若干悲惨だったり、ストーリーが進むにつれて「~の過去にそんなことが・・・」みたいな描写が多い。

料理人の働く場所もこれらの設定に関係する。料理人19人のうち、実家が飲食店なのが10人。そこで働いていたのは、3人。家業を手伝う主人公の代表はミスター味っ子の味吉陽一で、父が行方不明になり、日之出食堂の料理人としてメインで働いている。
一方、実家では働かないパターンでは、将来店を継ぐために外部修行、親と不仲なので継いでない、実家の店が無くなったなどに分かれる。

「親が亡くなり、自分が働き始めた」設定は、料理漫画では主人公だけで無く、サブキャラにも非常によく使われる設定である。進学率が上がった現在では「10代の若者が学校を辞めて働きに出る」というのが現実感がなかったり、家庭のある人間が簡単に引っ越したり、全国放浪の旅みたいなのについて行くというのもあまり考えられない。なので、その仲間も同じような境遇にすることで行動しやすくしたり、いっそ時代背景ごと変えて現代では不自然な環境を排除する作品もある。

この「家族が亡くなって、自分が料理をする必要に迫られた」という設定は、主人公が料理人でない料理漫画にもよく見られる。やはり、使いやすいのだと思われる。

2.主人公が料理を始めたきっかけに関係している

職業が料理人ではないが、料理をしているケースでは「両親のどちらかがおらず、自分で料理をせざるを得なかった」パターンが主流だ(甘々と稲妻の犬塚公平のように、奥さんが亡くなったというケースもある)。

また、美味しんぼの山岡のように強制的に修行させられた経験が料理を始めたきっかけだが、母の死後に不満が爆発して実家を飛び出して料理人ではない職業に就くという他の漫画にないパターンもある。

3.不在の家族がストーリー上重要な役割を果たす

料理漫画では、基本は無目的に料理するということがなく、大抵は料理を通じた課題の解決(テストの突破、悩みの解決、リクエストへの対応)、もしくは勝負など「今回料理をしなければならない理由」というのが必要となる。

その「特定のメニューを作る理由」の中でも、物語の重要なポイントで「亡くなった人との思い出」を再現するとか、死別したり疎遠になった家族との関係が明らかになる場面など、設定上は亡くなっている人やそこには居ない人がフィーチャーされて、物語のキーポイントになる。と、いうのが本当によくある。

そうでなくても「亡くなった人/別れた人関連」は料理漫画では本当に王道展開で、亡くなった母の味を再現してくれとか、生き別れになった誰々の~みたいな話がどのような作品よりも作りやすいジャンルが料理漫画だと思ってしまう。

また、漫画の料理するキャラは基本的に孤独を抱えていることが多く、たとえ仲間がたくさん居たとしても、今は会えない家族に思いを馳せるシーンはよく出てくる。例として、大使閣下の料理人の大沢公は、家族が居るがわざわざ単身赴任になって、祖国が恋しくなったり、現地人に家族の陰を重ねたりする。家族が居ても、物理的に距離をとらせることでストーリー作成上は「いつも一緒に書かなくてもいい」などの作画コストを減らすメリットも考えられる。

名作を改めて見直してみる;将太の寿司

将太の寿司とは

「将太の寿司」は料理漫画の名作で、マガジンなのに努力・友情・勝利を王道で行く作品で、連載こそ30年近く前だが、今見ても面白さが色あせていない。あらすじは下記。

東京世田谷区にある名店・鳳寿司で働く少年・関口将太が、創意工夫を凝らした寿司によってトーナメント方式の『寿司職人コンクール』を勝ち進み、日本一の寿司職人となることを目標に奮闘する物語である。

wikipediaより

料理そのものも初心者だった将太が、日々の修行の中で実力を磨き、ライバルを倒し、寿司職人として成り上がっていく感動のストーリーである。

主人公の成長、仲間や家族との絆、料理や食材のウンチク、努力と根性、失敗と挫折からの逆転、人生をかけた大勝負、という風に将太の寿司はそれ以前の漫画の要素も取り込みつつ、以後の作品にも大きく参考になったであろう料理漫画界のマスターピースだ。

しかし漫画とはいえ「これ、どう見ても重大犯罪だろ」という妨害工作があったり、いい人はいい人で全財産寄付してくれたりするので心配になったり、冷静に考えると食べ物のことでそんなに泣かなくてもいいだろとか、感動ポイントと同じくらいツッコミどころも多々あるのだが、それを差し引いてもストーリーは面白いし、料理もおいしそうだ。是非おすすめしたい。

将太だけじゃない

将太の寿司の主人公、関口将太は母とは死別、実家の寿司屋を継ぐために東京は鳳寿司に働きに出ている。ここで日々の修行やコンクールのために、新しい知識を仕入れたり、新ネタを開発したり、時にはお客さんの依頼で変わったネタを作ったりしているのだが、そこの登場人物がひとり親家庭だったりすることが頻繁にある

実際に「将太の寿司」の登場人物の家族構成をまとめると、想像以上に家族と別離(死別、別の家と養子縁組)したキャラが多かった。第1部27巻でも10人以上出てくるので、3巻に1巻くらい話が進むたびにそういう人が出てくる計算になる(実際、各エピソードごとにそういう人が出てくる)。

いずれの場合も、家族との別離が寿司業界に入った理由に大きく関係していたり、亡くなった家族の味の再現が物語のキーポイントになることも多く、設定上は、決して無駄に死んだことにされては居ないが、あまりにも高頻度でそういう人が出てくるので「あ~この人もそうなのか・・・」となりがちだ。

将太の職場、鳳寿司は両親のいずれか、もしくは両方の居ないキャラが三名(将太、佐治、飛男)存在しており、鳳寿司の親方が身寄りが無かったり家庭に問題があった青少年を積極的に引き取っている可能性はある。というよりも、この作品の寿司職人はそういう人を積極的に雇っている。

寺沢イズムは他にも

「寺沢大介作品、主人公と親を分断しがち」というのは、他の寺沢料理漫画でもよく見られる。勝手な想像だが、編集会議とか企画会議とか打ち合わせの段階で家族構成を決めるときに家族設定を考えるときに「よし、こいつは天涯孤独っていう設定にしよう!」みたいにデフォでそうなるように考えているんじゃないかというほど、寺沢漫画ではよくある。

下記に箇条書きで羅列してみたが、傾向が大きく変わらないのではないか。

  • ミスター味っ子:主人公陽一には父親が居ない。ライバルの一馬も実は孤児。

  • ミスター味っ子2:主人公陽太は陽一の息子だが、父の陽一が当初は失踪状態。クラスメイトに講師の養子になっている子が居る。

  • 喰わせモン!:主人公二人とも身寄りがない。そこで、いろんなところを旅しながら泊まり歩く。

  • 喰いタン:両親と死別。金がある上に元々自由業なので、好きに行動できる。

まとめ

料理漫画における万能のキャラ設定 

冒頭の疑問「料理漫画界では複雑な家庭環境からのスタートが鉄板パターンになっているのでは?」に対して、調べてわかったことがある。
ひとり親家庭など家族と別離した設定は、話を作る側からするととても便利で、万能に使える設定であるということだ。キャラを作りやすく、ストーリー展開に組み込みやすく、作画コストも低くできる、こういう設定って他にないのではと感じるほど、よく使われている。そして、Mary Sueテストではないが、これらの設定が使われたとしても、話が極端につまらなくなったりはしない。

実際、今回調べた対象は、長期連載されたり、アニメ・ドラマ化で他メディア展開されているので、多くの人が理解しやすい設定で、なおかつ作品も評価を受けている。この設定をプロットに組み入れれば、当初の料理に取り組む理由付けを強化するし、以後のストーリーでも過去の振り返りや新展開をするときにもネタを作りやすい。

とはいえ、本当に必要ですか?

ただし、一方で、こういう設定が無くても粛々と料理をしてストーリーを進めている主人公も中にはいた。

今回まとめた中には、出自や家族の状況が全くわからないキャラも居て、その代表が「深夜食堂」のマスターだ。

彼のことはほとんど謎で、読者の中にも気にしている人は居るかもしれないが、実際、彼の家族のことが語られなくても展開上ほとんど影響していない。その分、他の登場人物がが出会いと別れがたっぷりつまった濃厚な人生模様をぶちまけているのだが。

この漫画が基本が一話完結で、主人公がストーリーテラー的な役割をしているという性質が作用しているのかもしれない。ということはあまりマスター自身が主人公だと意識されていないということだろうか・・・。

上記とは少し違った例で、「焼きたて!じゃパン」の東一馬は両親が健在で、姉や祖父など他の家族とも仲がいい。変わっているところと言えば、パンを作りたくて高校進学せずにパンタジアに就職したところだろう。純粋においしいパンを作りたいという一心ですべてを進めていくので、そこには家族とかそういうのはほとんど入り込まない(思い出がヒントになることはあっても、亡くした人への思いという訳ではない)

しかし、「焼きたて!じゃパン」の場合は、東一馬が天真爛漫で家庭の問題を抱えていないが、サブキャラの方に父母と死別する描写があったり、天涯孤独キャラが居たり、一家離散したり登場キャラが多い。。

やはり、そういう設定を使う方が色々と話を進めやすく、作中の誰かにはその設定を持たせておくようになってしまうのかもしれない。

それでも彼らを応援したい

最後にちょっと懐疑的な意見を述べたが、自分自身はなんだかんだ言って料理漫画が好きだし、これからも読み続けるだろう。漫画としても楽しめるし、料理や食材の知識も増えるし(中にはトンデモなネタも散見されるが)、こういうモンだとわかっていても素晴らしい感動を与えてくれることは間違いが無い。

人間の作る物語では「喪失」とそれを乗り越えるプロットは広く一般的なものであり、料理漫画の主人公は何度も不利な状況に陥ったり、つらい別れを経験したりそれでも、生活として仕事として料理に取り組み彼らなりの方法で自己実現をしたり、幸せを取り戻したりしている。

特に、「家族の問題」という点では、主人公が円満な家庭を取り戻したり、新たに築き上げたり、それがターニングポイントにもなっている作品も見受けられる。

そして、「ベタだなー」とか「いつものやつ」とかなんとか言いながらも、「よかったね」と賛辞を送る。そういう作品に自分は癒やされているのだ。


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