息が止まる音

ドラマもないごく平凡な現実を書ききれない

ペンを取った、手は動かない。
書ききれない、まとまらない。
糸くずは糸くずのままで繋がらない。
紐を編むことが出来ない。

ノートを開いた。
殴り書きで散らかったノートはあちこちに二本線が引かれて、消して書いての痕跡を残したままだった。
必死に呼吸していた、その過去に触れていた。

その青い文字をなぞったって過去の自分の力は借りられない。
劣る未来の自分しか存在しない。
それでも過去の自分の痕跡に触れるのは、過去の自分さえ美しいと感じるほどこの身の劣化が早まっているからかもしれない。

息が聞こえた気がした。
吐き出して、吸う音が、
インクが跳ねる音が、忌々しげにそれを拭う擦れが、そこにあった。
生きていた、確かにこの時、自分は生きていたんだ。
命があった、ページの中に揺れる小さな炎を見た。

書ききれやしない、現実は複雑で、整理整頓なんか出来やしない。
そもそも掃除なんて苦手で、部屋は散らかりっぱなし。
大切な本がどこにあるのかも分からない。
そんな中で流し続けた血は青色だった。
生き続けていた、血を流して呼吸をしていた。

もう、もう書けやしない。
だってもう、生きていない。
呼吸は静かに、火は徐々に小さくなっていく。
命が無い、未来がない、流す血がない、
ペンもインクも尽きて自分の虚無を知った。

ペンを置いた。
ノートを閉じた。
一つ大きな呼吸の後、静寂だけがあった。

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