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にんじんの話

前置き

 思い返すかぎり、「にんじん」はどちらかと言えばきらいな食べ物だったかもしれない。食べられないということはないけれど、今も好んで食べることはないかもしれない。せいぜいが、野菜炒めや焼きそばなどに入っている色と食感のためのにんじんであれば、意識せずに食べている。そのくらいの距離感で生きてきた。そんな「にんじん」という食材について、意識して「美味しい」と実感しながら食べるところにたどりつかねばならないとしたら。これは難しい課題かもしれない。

 さて、「思い返す限り、にんじんはどちらかと言えばきらいな食べ物」と書いたばかりではあるが、幼少まで記憶をさかのぼってみれば、美味しく食べた事例がないわけではなかった。その数少ない例が「山森家のハンバーグ」と「デパートで食べたにんじんのグラッセ」でもある。

 まずは、「山森家のハンバーグ」から。私の家で作られるハンバーグには、世間一般のハンバーグと異なる特徴があった。ハンバーグの材料に占める野菜の比率が極めて高いのである。私が小学生だった当時、山森家の子どもたちは母が好んで作る生野菜のサラダや煮物の類を好まなかった。大人になった今から思えば、毎日料理が提供されるだけでも有難い話なのだが、毎日遊ぶことにばかり没頭していた小学生の私がそのような視点を持ち合わせるはずもなく、隠さずに言えば「ご飯時に出てくる野菜の類はだいたい嫌いだった」というのが実際だ。そんな山森家だから母は子どもたちに野菜を食べさせるため工夫をしなければならなかった。それが、山森家の材料の半分以上を野菜が占めるハンバーグにつながった。ハンバーグは肉であり、子どもたちも好んで食べるものだ。だったら、そのハンバーグの中に大量の野菜を隠蔽すればいい、というのが母の策だった。こうして作られた野菜たっぷりのハンバーグは、一般的なハンバーグに比べると柔らかく、風味もほんのり甘かった。このメニューであれば、私はにんじんを美味しく食べられる。

 以下余談ではあるが、山森家でハンバーグがつくられるときは常に大量の野菜が含められていた。そのため、私は大学生になって友人とBIG BOYの大俵ハンバーグを食べるときまでは、野菜を大量に含んだ甘いハンバーグが一般的なものであると信じていた。大俵ハンバーグを食べた時の「なんだこの肉の塊は!?これがハンバーグなのか!」という驚きは強く印象に残っている。それが普通だと友人に知らされたのだった。

 次に、「デパートで食べたにんじんのグラッセ」についても触れよう。これについては、ハートフルな家庭の事情など特になく、ちょっとした思い出話にも満たないエピソードがあるくらいだ。私の家はほとんど外食をしなかったが、祖母の家に行くときは決まってデパートで待ち合わせをして、6Fの洋食屋で昼食を食べるという習慣があった。当時の私が自分が何を好きかも知らず、なんとなく貴重な食事の機会として「サイコロステーキ」を注文した。今ならオムライスを頼むだろうが、当時は「サイコロステーキ」がそこでしか食べられないご馳走だと思い込んでいたのだ。そのサイコロステーキに添えられていたのが、「にんじんのグラッセ」である。この「にんじん」は不思議と美味しく食べることができた。たぶん、「サイコロステーキ」というご馳走に寄り添っていたから、普段口にするにんじんとは違うものと錯覚したのだろう。当時はグラッセなんて洒落た言葉を知るはずもなく、実際にレシピを検索する数日前まで「にんじんのバター炒め」くらいのものだと思っていたのだが、あれは「にんじんのグラッセ」だった。あれから20年近く経った今でも「サイコロステーキ」の記憶を呼び起こせば、不思議と美味しく食べられるかもしれない。「にんじんのグラッセ」ならいけるはずだ。そのように思いついた。

 そんなこんなで、「山森家のハンバーグ」と「にんじんのグラッセ」を作ろうと決めた。ハンバーグとにんじんのグラッセは、取り合わせとして、かなり正しい。自炊初心者でレシピの持ち合わせが少ない私から出るにしては、驚異的なテーブル上のユニゾンである。その取り組みの様子を写真に収めたので、レシピと共に紹介する。


レシピ - 山森家のハンバーグ

豚牛合いびき肉 - 400g
牛肉 - 150g
玉ねぎ - 2玉
にんじん - 2本
食パン - 2斤
牛乳 - 適量
塩コショウ
卵 - 2つ
油 - 少々
ナツメグ - 少々

1. 玉ねぎ、にんじんを刻む
2. 1を塩コショウで味付けして炒める
3. 2に牛ひき肉を足して焼き、肉の風味を加える
4. 火を止めて食パンを牛乳でふやかす
5. ふやけた食パン、生卵、生ひき肉、ナツメグを投入してこねる
6. 整形して焼く(予熱した200度のオーブンで18分)

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レシピ - にんじんのグラッセ

にんじん - 1本
バター - 大さじ1
砂糖 - 大さじ1
水 - にんじんがひたる程度

1. にんじんを切る
2. 切ったにんじんの面取りをする
3. 材料をすべて鍋に入れる
4. 沸騰するまで強火で加熱する
5. 沸騰したら中火くらいで加熱する(20分くらい)
6. 最後に強火で加熱する

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食後に

 これは美味しい。でも、見栄えが良くなかった。あと、ハンバーグの生地が緩すぎたかもしれない。母のメモには「牛乳にひたした食パンは牛乳をしぼってから入れる」とあったが、読み飛ばしたせいだろう。にんじんのグラッセについては、もう少しバターの風味が強く感じられるように工夫したい。ハンバーグの焼き上がりに合わせて切り上げたが、最後に鉄フライパンなどで表面に焼き目をつけた方が記憶の「にんじんのグラッセ」に近付けられたような気がする。最後のひと手間を惜しんだことが悔やまれる。

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