ほんとにちょっとの小話

鬱蒼と生い茂る木々の合間を黒煙にも似た重々しい鉛色の霧が漂い空気を凍らせている。
気付いた時には、この不気味な世界に一人只ずんでいた青年は、青白くなった顔を更に強ばらせた。
彼は、手頃に尖った石を拾い、目の前にそびえ立つ一本の古木の幹に傷をつけた。つけた傷の上には同じ様に傷が何本も走っている。

「……どうしてだ。どうしてなんだ。」

彼は、どんな命令にも従ってきた。従順に指示通りに行ってきた事が、どうなる事かも知っていた。だが、父親は彼にとって絶対の存在だった。
父親が望むものなら、何にだってなるし、どんなものでも捧げた。

だからあの日も、望んだようにしただけだ。
そこからの記憶が朧気だ。彼はその日を境にマクミラン・エステートの地に囚われている。

何をしても、このシェルター・ウッズに戻ってくる。憎々しげにその古木が伸ばす枝を睨め上げた。

自分は自由を手にしたはずだ。何にも縛られず、自由に物を考え、自由に行動する事が出来る世界。
それを手にしたはずなのに。

「クソったれ」

手にした物が自由かどうか、エヴァンにそれは分からなかった。

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