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3500ペソで死神を振り切れ【映画:ミッドナイト・ファミリー レビュー】

『メキシコシティの人口900万人に対して 公営の救急車は45台未満しかない ほとんどの救急医療を無許可の市営救急隊が請け負っている』

 筆者は救急隊員でもなければ医療従事者でもない。だが、この数字のヤバさはなんとなくわかる。こんな衝撃の一文から、この映画は始まる。

※このレビューは若干のネタバレを含みます 注意してご覧ください
また、この映画はMadeGood films様より各地で上映されております。
詳しくはこちらをご覧ください。※

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『ミッドナイト・ファミリー』
【監督】ルーク・ローレンツェン
2019年/アメリカ、メキシコ/81分/英題:Midnight Family

どんな映画?

 ドキュメンタリー映画といえば、マーティン・スコセッシ監督が制作したローリング・ストーンズの映画くらいしか観たことがない。きっと映画のメインストリームにドキュメンタリーというジャンルが登ってこないのは、単純に「ドラマがないから」だと思う。
 この映画は、ドラマチックなストリングスが山場を飾るわけでもなく、花形役者が迫真の演技で心の機微をたたきつけるわけでもない。真夜中のメキシコシティで救急車を飛ばしまくる、オチョア一家の数日間に脚色なしでひたすら密着しまくるという武骨でむき出しの映画である。

 冒頭に書いた通り、メキシコシティではいわゆる『ヤミ救急隊』がまかり通っており、彼らなくてはまさしく医療崩壊が起こってしまう、という状況だ。そんな状況の中、警官に賄賂を渡し、他のヤミ救急隊とカーチェイスし、ときには命を救った相手に料金を踏み倒されながらも力強く日々を生きていく。13ペソ(およそ30円)のツナ缶で飢えをしのぐことも。
 これが彼らの日常で、ドラマではないのだ。救急隊を呼ぶ、風雲急を告げるときでさえ、救急車の後部で子供が遊んでいる。そんな様子がただ淡々と描かれていき、81分が過ぎていく。

感想

 あまり書きすぎるとほんとにすべて書いてしまうので内容についてはこのくらいにしておくが、とにかく彼らの暮らしは壮絶で、血を見るのも死を見るのも慣れ切っている人間がどういうものかが克明に描かれている。たまにこの人感情あんのかなーと思うくらい機械のようにレジを打つコンビニ店員とか、淡々と対応する警察官とかいるじゃないですか。彼らは彼らなりに、経験に裏打ちされた最善の動きをしてるんだな、というのが良くわかる。

 劇中で、オチョア青年がこんなことを言った。
「医者が医者なのは 治療や手術が好きだからだろ どんな仕事も理由があるんだ 病気がなければ医者は要らないし 誰も死なないなら葬儀屋は食えない それで仕事が生まれる 真理だろ」
 彼は必要があるからこの仕事をやってると言う。自分は何を思って仕事をしてるんだろう。必要があるからやってるんだろうか。何も思ってないのかもしれない。それってオチョア青年と同じなんだろうか。

 彼らが請求する病院までの運搬費は3500ペソである。日本円にしておよそ7650円だ。

 

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