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ぶっ飛んで帰って来なかった馬鹿野郎なドライバー


援デリと言う業界に足を踏み入れたその日

池袋の、西口マック前。

爆音で音楽を垂れ流していたステーションワゴンに乗っていた田舎のヤンキーみたいな男、田中。

「いずみちゃんだよね?田中です。よろしくね」

車から降りてきた田中は、黒のジャージに金のラインが入ったセットアップを着ていた。当時流行ったEXILEのジャージのパチモンを着てサンダルを履いている、ドンキが主な生息地の住民みたいなやつだ。そして車の中でかかっている爆音の迷惑な騒音は、大体がトランス。多分ドンキで買ったであろう、趣味の悪いmixのCDだ。運転が荒く、経費を削減するためにいかに高速に乗らず下道で早く着くことばかり考えている男だったので、信号無視、法定速度フル無視、おまけに改造しまくった車で車高が低いのでひどく乗り心地の悪い号車で有名だった。車高の低さは知能の低さとはよく言ったものだ。本当に大馬鹿な男だった。最後まで。

身分証を確認することもせず、未成年の私を雇用してくれたこのバカたれのお話を今回はしよう。

田中は、私が働いている援デリの責任者みたいな立場のやつだった。ドライバーの中でみんなをまとめる役だったのだ。実際のところは、まとめられてはなかったけれど。

そして働いている女の子に手を出し、孕ませ、そのままできちゃった結婚をするという、風俗店員の鉄板クソロードを彼も歩いていた。同族のドンキにいそうな金髪の太った元援デリ嬢の嫁と子供がいて「あーし、まじ怒ったらやばいかんね」みたいなこと言うこれまたジャージ民の嫁と、BABYDOLLを着た娘と並んでいるその姿は「足立区にいそうなヤンキー夫婦」であった。まあまあ、その見た目で本当に足立区に住んでいたから笑うんだけれど。

そんなドンキ都足立区の民、田中。私とは犬猿の仲であった。

元カレと付き合うきっかけになった大和での大げんかも、こいつとだ。金にがめつく、売り上げのためなら「絶対ヤクザじゃん!」みたいな黒のセンチュリーやベンツの車で客がきたとしても、平然とした顔で「行け」と言う。なんでも見境なく客に女をつけようとするので、地回りに捕まったり、やくざにさらわれたりトラブルも多かった。それでも金のためにはめげない、売り上げ主義の銭ゲバ。

大和で喧嘩になった発端の客からのチップも、自分で得た報酬なのに「こっちによこせ」というがめつさ。ほんとうに、何度大喧嘩したか覚えてないほどに喧嘩した。連続でヤクザにつけられて「もうお前の売り上げ主義にはうんざりだ!てめーがヤクザのお相手してこいよ!」と喧嘩したときは茨城県の龍ヶ崎と言う無人駅に置いて行かれたこともあった。あたりにはなにもなく、もちろん駅も真っ暗。終電はとうに過ぎている。結局、当時の彼氏が迎えに来てくれて帰れたが、帰り道に何度も脳内で田中を射殺した。

出勤してすぐ、どこの現場で仕事をするか相談する時点で西口のマック前で喧嘩したこともあった。二日連ちゃんで静岡の沼津に行こうとしたからだ。沼津は遠いし、前日違う号車が使っていたので本数が上がる見込みはない。遠いとこ行って暇だとこちらも気が滅入るので、ついかッとなってしまう。

「週の初めに行ったし、昨日、違う号車が行ったんだから違うとこ行こうよ、お前の現場外すんだよ!!同じとこばっか行くからだよ、わかる?頭悪いからわからないよね」

「うるせーー!!!決めたから行くっつったら行くんだよ」

「上がらねえ現場で仕事するほど暇じゃねーんだよ!!帰る!!」

「もうオペも仕事してるんだからお前も自分の仕事しろよ!!」

「うるせーーー!死ね!!帰るったら帰る!!」

車のドアを全力でバンッと音を立てて閉め、車を蹴飛ばしてそのままその日は帰った。同じ車に乗っていた女の子が目を丸くしてこちらを見ていたのをよく覚えている。その子はその喧嘩を目の当たりにし、その日限りで辞めていったという。「お前のせいで、女が一人辞めた」と田中はいつまでも私にねちねち言っていたが、私はその日と同じように「うるせー!死ね」と言い返した。

言う事聞く子が全て、反抗する奴は知らね。というのが田中の方針だった。よく出会い系サイトで個人で援交している子を引き抜いては、色恋管理をして働かせ、自分のいう事を聞かせていた。気の弱そうな子ばかりひっかけて、働かせて自分の手の中で動かす。そのうえケツモチのヤクザの相手までさせてたと言うんだから非常に下衆いやつだ。入りたての頃、私も田中に「お金払うっていうから、相手してあげてくれない?」と話を吹っ掛けられたことがあった。「は?メリット金だけじゃん。やだ」と即答した私を「絶対言うこと聞かなそうな女」と思ったと後日ドライバーの集まりで言っていたという。だから私みたいな反抗期の女は、目について仕方なかったんだろう。

でも、仲が悪いわけじゃなかったのだ。仕事後は飲みに行ったり、ご飯食べに行くこともあった。

「仕事じゃなければ、お前は面白いやつなんだけどな」

という田中に

「お前もな」

というのがお決まりだった。海に行ったりバーベキューしたり、大宴会が行われたり、バカなりに割といろんなことを企画してくれていたように思う。

ドライバーから、ケツモチから、女の子から「馬鹿だけど悪いやつじゃない」という評判だった。口ではいいこと言うけど、中身は伴ってない。だけどなんか周りから許されて生きてけちゃうやつって不思議と周りにいるだろう、田中もそれだ。よくヘマをしてケツモチに〆られたり丸刈りにされたり、ドライバーや女の子から文句言われたり、奴の周りはいつも忙しそうで、騒がしかった。だけどそうやってなんだかんだ言いながら、みんな田中に頼るのだ、「使えない」なんて言うくせに。

…ある日出勤すると、田中の車に見慣れない顔がいた。よくあることだ、どうせまた田中が出会い系から引っ張ってきたのだろう。

「この子、今日から入ったサキちゃん。」

田中に紹介され、助手席からペコリとあたまを下げるサキちゃん。

「また出会い系で引っ張ってきたんだな」なんて思いながら私も軽く会釈する。まっキンキンの金髪に、ちょっとぽっちゃりした体系、ほとばしるヤンキー臭。田中の趣味、ぶれないなあと感心する。こいつの連れてくる女は、いつもそうだ。

きっとまた田中のだらしなさに気づいて、見切りをつけて飛んでいくんだろうななんて思ったが、サキちゃんは違った。

気付いたら田中とズブズブの関係になり、田中もサキちゃんの家と自分の家を往復するようになった。「付き合っている」ということは宣言しなくともみんなわかっていた。二人を冷かしてからかっては、よく笑っていた。

あまり自分のことを話すようなタイプじゃなかったサキちゃんも、慣れてくるとぽつりぽつりと色んなことを話すようになった。田中とのことも、自分のことも、自分の境遇のことも。

「親が借金あるから、風俗で働いて全部私が賄ってるの。」

ここで働く理由を彼女はそう話した。中学生の頃から身体を売り、毒親に寄生され続けている彼女の両腕は、洗濯板のような無数のリストカットの跡がいつもあった。袖からそれがちらつくたびに「あぁ、この子あまり長生きしなさそう」と思った。いつも「死にたい」とつぶやく彼女からは死相が見えたような気がしていた。

田中との交際が続き、サキちゃんは家族からだけじゃなく田中からも寄生されるようになっていた。ふたりはいつも、電話で、現場で、車内で、私たちの目も気にせずお金のことで揉めていた。

貸す、貸さない、返す、じゃあいつ、という話で延々と大声で言い合っている。私と田中の喧嘩なんて可愛いもんだったと思うくらい、毎度毎度繰り広げられるバトル。

「また50万かしてっつーから、貸したのに返ってこないんだよね、ありえなくない?もういくら貸したかわかんねーよ」

そう嘆くサキちゃんに「あんな奴に貸すほうが悪いよ」なんて思いながら私は黙ってしまった。「田中はサキちゃんに500万借りている」という話が、業者内で回ってきていたからだ。「いつかサキに刺されるよ」なんて笑っている奴もいたほどに、田中はサキちゃんから金を吸い上げていた。

サキちゃんと会ったのは、それが最後。私はその後、田中と再び大喧嘩し「やめてやる!!死ね!!」なんて吐き捨てて田中のもとを去り、その話を聞いた他のグループの人に拾ってもらいそこで働くようになったからだ。

二人がもう戻れないとこまで走っているのなんて、私は気にも留めていなかった。

「電気と、ガス代払ってねえって言ってるから金振り込んで」

出勤前、久々に田中から電話がきたと思ったら金の話だった。前の家を援デリのケツモチから股貸ししてもらっていたのだが、それの光熱費が振り込まれてないという。でもそれはもう三か月以上前のことで、私はきちんと清算してから退去していた。だから「なにを今更。」という感じだった。

「払ってるから確認して。もうだいぶ前に払ってる。」

「払ってねえからいってんの。」

「うるせーな。払ったって言ってんだろ。死ね」

一方的に電話を切る。出勤前で忙しい時にうるさいな、本当に死ね、なんて思いながらイライラする頭をどうにか落ち着けて集合場所に向かい、ドライバーにこの話をすると

「あいつよっぽどお金ないんだろうな、ケチつけてたかってるんじゃない。他の女にもそんなような話いってるみたいだし」

と呆れたように言う

「何でそんな金ないんですかね、サキちゃんにもだいぶ借りてるのに」

「さあ?バカだからじゃない」

「うはは」

なんていってまた田中を馬鹿にして笑う。いつものようにそうやって馬鹿にして笑っていた、そうそれはいつものことだった。



…その数週間後、田中は飛んだ。

サキちゃんを連れて、店のお金を持ち逃げして。
嫁と子供を置いて、どこかへ消えた。

そのお金は結構な額だったし、田中がいなくなったことで仕事も回らず、ケツモチが血眼になって探しているとドライバーは言った。

「ついにやったか、あのバカ」

私たちはまたそうやって馬鹿にして笑った。子供と嫁を考えると少々不憫に思ったが「もう何年も働いたんだし、逃げ切ってその金で平和に暮らせればいいね」という風に願った。店から飛ぶ人なんてたくさんいたし、田中が飛んだところで「あぁ、君もついにか。元気でね」なんて思うだけだった。

その二日後、昼間に起床するとふと見たスマホはドライバーからの着信履歴で画面が埋まっていた。「なにかあったのかな?」と思って電話をすぐ折り返したが、応答がない。ラインでも「なにかありましたか」と送信し、同僚と電話しながら「なんだろうね、ガサ入ったのかな?」なんて不安を投げあう。連絡が返ってきたときにはもう夕方になっていた。電話ではなく、ラインでの返答だった。


「田中が、死にました」

そこにはそう、記されていた。

ガサのがよっぽどよかったと、思った。


田中が死んだ?

田中が死んだ。

田中がこの世からいなくなった、事実はわかるんだけど、うまく飲み込めずに喉元でつかえている。死にましたとのラインの後、「どうして?」と言う私のラインにドライバーからの返事はなかった。なんで?どうして?田中が死ぬの?問いただしたいが、返答がない以上どうしようもなかった。

私は今まで人の死に直面したことがなかった。

肉親もみんな元気だ。一人だけ、ひいおばあちゃんが99歳でこの世を去った時は老衰でなくなるという非常に幸せな最期だったので涙も出なかったし、みんな笑って「長生きしたね」と送り出した。死んでいなくなったという感じもわかず、悲しくなることもなかった。「ちょっとしばらく会えないんだな」ぐらいのテンションで見送ることが出来た。

ヤンキーあるあるの「仲間がバイクで死んだのさ~♫」という武勇伝っぽい話もないし、友達もみんな元気。だから「死んだ」といわれてもその時の気持ちに当てはまる感情が分からない。わからないまま夜を超し、眠れないまま出勤時間を迎えた。

「おはよう。」

目をぱんぱんに腫らしたドライバーが運転席で無理やりな笑顔をこちらに向けた。先に出勤していた同僚も、目を腫らしている。車内はお葬式のような雰囲気だった。

「試合後の内藤大助みたいな顔っすね」

辛気臭いこと言うのも気が引けたので、そういって笑った。

「ぶっ…はっはっは。昨日はごめんね。今日…仕事終わったらみんなで飯行こう。仕事前に話すとみんな仕事したくなくなっちゃうでしょ…終わったら全部ちゃんと話すから…。」

ちょっと笑った後、少しつまり気味でそう話すドライバー。

いつも車内は賑やかで、現場着くまで延々喋っているのにその日は誰一人として言葉を発さない。「なんで田中が死んだのか」事実が早く知りたくて、それはそれで仕事に身が入らない。時間が無限にあるみたいだった。みんなそうだったんだろう、いつもは巻けない同僚も、その日は早く仕事をして上がってきた。

「さて、じゃあ話そうかね。その前に、献杯!」

綺麗に泡立った生ビールを片手に、いつもの中華屋で乾杯をする。いつものビール、いつものおかず、いつものメンツ。違うのは、乾杯じゃなくて、献杯な事。そしてみんな笑っていないこと。不安げに、みんなの視線はドライバーに集中していた。

「田中はね、自殺したの。サキと一緒に。」

その衝撃に、持っていたジョッキを落としそうなほどわたしは動揺していた。信じられないという顔をした同僚と目線が合う。そうだ、あんなクソ能天気バカが自殺するわけがない。奴を知っている誰もがそう思っただろう。

ドライバーが話した内容は、あれだけ知りたかったのに、知らなければよかったと思う、あのバカの最期だった。

埼玉の田舎のコンビニの駐車場で、1台の車がずっと駐車しているのを不審に思ったコンビニ店員が声をかけに行ったところ、車内で死んでいる田中とサキちゃんを発見し、通報。

死ぬ数時間前まで、アプリのゲームにログインしていたのを職場の女の子が確認していた。「飛んだのにww呑気にゲームしているwwバカww」なんてみんなが笑っていたその頃、二人はホームセンターで練炭と七輪とガムテープを購入。そのレシートが車の中に残されてたらしい。

そして人の少ない田舎のコンビニの駐車場に車を停め、睡眠薬を飲んで、練炭をたいて、あの世へ移住して行った。

苦しかったのか、途中で目を覚ましたのか、田中の座っていたほうの窓は無数のひっかき跡が残されていたと、ドライバーが言った。亡骸も、目をひん剥いて、体ももがいた体制のまま硬直していたというのだから、聞いてるのがつらくて私は顔を下に向けてしまった。

車の中には、遺書も残されていた。

そこには「もう人生に疲れた。みんなごめん、嫁も子供もごめん」

と綴られていたという。

田中の家族は、遺体の引き取りを拒否。「あの子はうちの子じゃないので」といい悲しむそぶりもなかったという。仕方なしに奥さんが引き取り、奥さんの実家の墓に入れられた。

働いている女に伝えると、みんな働く気がなくなりそうだから葬式が終わってから女に伝えろ、とこんな時まで銭ゲバな上からのお達しのせいで、私たちは葬式にも出れず、死んだことすら知ることが出来なかった。

「ごめん、葬式くらい出たかったよな、無理やりでもお前たちを連れて行けばよかった。でも気が動転していて。ごめん。」

目から涙をこぼしながら、すべてを伝えたドライバーはビールを一気に飲み干した。

ここでようやく、私も涙が出た。田中の最後があまりにも悲惨で、泣いた。なんてばかなんだろう、金持ったまま飛んどいて自殺するなんて、最後まで本当に大ばかだ。親にすら受け取り拒否をされる田中の人生は何だったんだろうか。

ベタだがやっぱり素直にこう思った「最後に電話したとき、もっと優しくしてあげればよかった」どうしたって、最後には後悔しかわかないのだ。お金だって「そうか、じゃあ払うよ」と渡してあげればよかったんじゃないかという自分のエゴが渦巻く。あれだけ文句言って、死んだらそう思う。勝手で申し訳ないけど。あんだけ「死ね」と言って喧嘩したのに、いなくなった事実は重く、悲しかった。

「ねえ、ママ!パパ何で起きないの?」

火葬場でそう聞く娘に何も答えれずにいる嫁がいたという話を聞いて、またさらに胸が痛んだ。不倫相手と死なれて、遺体を引き取った嫁はこのうえない絶望を感じていただろう。田中の死後、実家のある田舎に帰ったと聞いたが、二人が幸せに暮らしているといいな、といつも思う。

死にたい、というサキちゃんとともにぶっ飛んだ二人はぶっ飛びすぎて、ついにはあの世まで行ってしまった。「サキに連れていかれたのかもな、本当にバカなやつだよ。」とドライバーがぽつりと言ったが、本当にそんな気がした。ふたりが自殺をする前、「もう死んでやる!お前も一緒に死ね!」とサキちゃんがよく発狂していた。そして本当に本当に、ふたりで死んだ。

なあ、最後の言葉、うるせー死ね!って言って
ほんとに死なれたら胸糞悪いじゃんかよ、田中。

お前がめちゃくちゃうまいものあるから現場水戸行こうっていって、奢ってくれたそぼろ納豆、ほんとにうまかった、今でもあれが私の好物のひとつだよ、食べるたびにお前の顔がちらつくのが、ちょっと癪に障るけど。

あの世は楽ですか、先に楽な方行ってずるいな、なんて思うけど、多分お前は損な役回りだから、あの世でもそうなんだろうね、きっと。

お前が死んで、関東で一番でかいと言われていた私たちの援デリは解散した。お前がいなくなって、辞めたり独立したり、長年いた子も辞めて行って経営が苦しくなったらしいよ。私も独立したドライバーについて行って、結局経営が苦しくなったから店たたまれたよ。おかげでソープで働いてるけど、あの頃よりはましかな。皆お前を「バカだバカだ」といってたけど、お前がバランスとってたんだね、解散したのを聞いて、やっと気づいたよそのことに。

人間ほんとに死ぬ、そして前触れもなく、あの世に行く。親が引き取ってくれなくても、お前が死んで泣く奴はいっぱいいたよ。それだけでもいい人生たんじゃない?と勝手に思いたい。

安らかに眠られたらまた癪に障るから、ビール用意して待っててよ。きっとみんな地獄行きだから、皆で地獄で同窓会しようじゃない。先に死んだんだから、眠らず一生起きて待ってろよ、大バカ野郎。


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