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援デリ時代のいかれた客たち


援デリで働いていた当時、私も金のために15分で抜いてさよならするというめちゃくちゃな地雷嬢だったが、援デリの客の地雷と言うのは本来地雷と呼ばれるレベルを優に超すほどの地雷だったと思う。

向こうはこちらを「素人」と信じ切っている。だから多少手荒いことをしても大丈夫だろうという舐め腐った思考でいるのだ。一般の風俗店の地雷客は「金払ってるんだから何してもいい」と思っているが、援デリの客は「素人だから何してもいい」と思っている。

中でも、一番むかついたのが群馬県の太田で出会った客だった。

最初に合流したときから無口なやつだった。「今日は暑いですね」なんてどうにか話そうとしても「うん」という返事しかしない。「うん」で終わられてしまうと、そこで会話は終了してしまう。一番会話に困るタイプの人だ。この手の人に会うと「お前はうんしか言えない病気なのか?!え?!」と突っかかりたい気持ちを抑えて、ただひたすらニコニコし、黙々とプレイするしかないので一番疲れる。その疲労度といったら、時間内に何回戦もしようとする人よりもつらい。

ホテルに入り、お金を受け取りプレイを開始した。いつものように責めに回っていたが、向こうがどうしても責めたい、というので選手交代した。「なんだよ、うん以外も話せるじゃねえかよ」と言いながら受け身になったが、どうも向こうの責め方が痛い。必殺乳首殺しをこれでもかと私の胸の上で繰り広げている。

「うーーん、ちょっと痛いから優しくしてほしいな」

と優しく言ったつもりだった。だけどこのうんしか言えない男はその言葉に対して急にブチギレ始めた。

「金払ってんのに、ぐたぐだいってんじゃねー!!もうやる気失せた、金返せ!!」

普通の風俗店なら、この言葉は通用しない。はいはい、じゃあおかえりください、お金は返せませんよ。で終わりだ。でも援デリの客はこの言葉が通用すると思っている。お店じゃないからスタッフもいないし、こうやって怒鳴れば女がビビって金を返すと思っているのだ。働いていた8年間、何度こうやって怒鳴られたか数えきれない。だが、こちらにもこうなった時用のマニュアルが二つある。

1.「じゃあ、人呼ぶね」といって男の影をちらつかせる

2.「は?!なにいってんだてめー」と逆切れする

そのどちらかだ。ひとによってこれは使い分けていた。相手したら面倒な奴は1、その他は2だ。だが、あまり業者と言うのを勘付かせるとあとで通報する奴もいるので、なるべく2の手で絶対返金せずに戻るというのが私の業者の鉄則だった。

今回のこいつは、私の脳内では面倒なやつに振り分けられた。「うん」としか答えないほどに無口なのにこうやって急変するやつが、経験上一番やばい。こちらが暴言を吐いたら激高して手が出てくるタイプが多いのだ。

「お金は返せない。返せっていうなら人呼ぶ」

そういってスマホを手に取り、すぐかけれるように設定してあるドライバーの番号に電話をかけようとした。次の瞬間、相手が大きく手を振り掲げたので「やばい、殴られるかも」とグッと体を身がまえる。だけど向こうの狙いは殴ることではなく、私のスマホだった。

身体を守ることに気を取られていたので、狙いのスマホは簡単に奪われてしまった。そしてそのまま手に取ったスマホをどうするのかと思いきや、バキッと素手で真っ二つにされたのだ。

「は?」

バキバキにされたスマホを見て受けたのはショックじゃない。スマホは人間の力でこんなにも簡単に割れるという衝撃だった。

「お前の握力、ゴリラかよ」

思わず私がそう言うと、「うあぁああああああ!!」と奇声を上げ、彼はホテルを出て行った。豪快にスマホを割っといて華麗に逃げていったのだ。それでも男かよ、と思うほどに情けない姿だった。

ばたん、とドアが閉まるのを聞いてから「さてどうしようかな」と頭で冷静に考える。客は逃げてしまったし、スマホが使えないからドライバーにも連絡することが出来ない。「とりあえず駅までいって、ドライバーの車見つけるか」という答えを出し、服を着る。お金を返したくないがために割られたスマホを一応カバンに入れて、タクシーを呼んだ。「ここまでして、金を稼ぐ理由はなんだ」と少しむなしくなったが、これが援デリの仕事だ。そしてそれを防げなかった自分の頭の足りなさを少しばかり呪う。

…駅に着き、ロータリーを見回すも車は見当たらない。駅前で一人待ちぼうけしながら車が入ってくるたびにキョロキョロした。季節は、真夏。そして太田というのはものすごく暑い地域である。それに対する配慮なのか、駅前にはミストが出る装置がつけられているが、それもあまり意味がなくなるほどに暑い。日が暮れたとて、ムンムン蒸し返す暑さだ。私が肉まんなら、きっとこの待ち時間で美味しく蒸しあがるだろう。

やっと車が見えた時は、飛びつくように駆け寄った。汗でびしょびしょなうえに慌てふためく私を見てドライバーは「なにごと?!」といって目を丸くしたが、事情を説明すると「ついにそういう奴まで出てきたかぁ。でもちょっといい?面白すぎるから笑っていい?ゴリラww」と言って大爆笑した。

電話がなければ仕事に着くことも出来ない援デリ業、その日1日私は同僚が次々と客についてる中、バカにして笑うドライバーを横にコンビニで買ったレディコミを読みながらスマホがない暇をつぶし、ふてくされて過ごした。その日から我が業者は「SOS電話するときはトイレでカギをかけてするように」という決まりが出来たのであった。

その前にも群馬で同じような揉め方をしたことがある。地名は忘れてしまったが随分と田舎だった、いや群馬ってだけでもう田舎なのだが。

群馬県人は乳首クラッシャーなのか、はたまたプライドが高くて指摘されるのがむかつくのかわからないが「もうちょっと優しくして~」と言った瞬間、同様に切れた。首を絞められ、金返さないなら警察呼ぶぞ!と怒鳴られたが、警察呼んだとこでだ。それでも「金は返さない」という鉄の掟を守るがため、意を決して私は足蹴りを向こうの顔面にヒットさせ、ひるんでいる間に服を着てホテルから逃げた。

その時は冬だったのでニーハイブーツを履いていたが、履いてる時間が惜しいのでブーツを手に持ち、裸足で駆け抜けた。アスファルトに埋め込まれたゴツゴツとした石が裸足に突き刺さり、血がにじんだような気がしたが気にせず走った。無事に車にたどり着いたときは、息が上がりすぎて過呼吸を起こしそうなくらい酸欠だった。50m13秒という不名誉な記録を持っている私も、こういうとき体感だけはウサインボルトのような速さだw

「素人だからなにしてもいい。」その客の考えが、それよりもっと悪い考えになっている人も少なくない。

タダマンしようと「あとで渡す」なんて言ってごまかして逃げるやつの話なんかうんざりするほど聞いた、中には女の子のカバンから売り上げのお金を抜くという盗人もいる。一人で来てるふりをして後ろにもう一人友達が乗っている、なんてこともあったし、山奥まで連れていかれてやられるだけやられてそのまま山に置いて行かれた子もいた。

それを聞いて「怖い」と思わないわけじゃない、でも自分の身に起きないか限り「ふーん、可哀想だね」とみな他人事となる。

だから、自分にその番が回ってくると思い知る。そしてこの仕事の恐ろしさを体感するのに、次の日には忘れて出勤する。そんなものだ、金のためだもの。

そしてその番が自分に回ってきたのは、小金井という茨城の果て。電車は東京から出ている路線なので週末には終電で寝過ごした酔っ払いが駅前で寝ているのをよく目にした、小さな駅だ。

夜中に来た白いステーションワゴンに「行って」の指示がドライバーから来た。いつものように合流して乗り込むと、なぜか後部座席が全部倒されて寝床のように整えられていた。その時点で「ちょっとやばいかな?」と思ったのだが、相手が若い普通の青年だったので「まあ大丈夫か」と私は完全に油断してしまったのだ。

相手の男に丁寧にホテルまでの道のりをきちんと説明して発進したはずなのに、なぜかそれをフル無視で暗い道を選んで車は走り続ける。「こっちのが近道だからさ」なんてその男は言ったが、車が街灯の全くない田んぼだらけの通りに入った時に「違う、こいつホテルに行こうとしていない」と私は気づいた。

「ねえ、ホテル行く気ないでしょ?車止めてよ。」

私がそう言うと

「だーかーらー近道なんだって」

とまた男はしらを切ったが、どう見たってホテルのある方向じゃない。

「やばいぞ」と頭の警報ランプが鳴る。後部座席が倒されている理由もわかった。たぶん、このまま暗がりに連れて行ってやる気なのだ。

「とめて。帰る」

「そんなこといわないでよ、せっかく来たんだからさあ」

そう言いながら太ももに触ろうとする手を止めて、私は車のドアに手をかけた。ただでやられるより、ケガをした方がましと思ったからだ。車は走行中だが、頑張れば飛び降りられる。ドアを開けて、下の道路がどんな風か確認した。砂利だ。転べば一番痛いやつ、だけど金の払われないセックスなんて風俗嬢にとっては一番の屈辱だ、耐えられない。

「止めるか止めないか答えて」

「なんで?今からいいことするんでしょ?」

「はい、じゃあさよなら」

さよならの後、そのまま飛び降りた。着地と同時に足をひねり、ズリズリッと砂利によって皮がむける感触がする。傷口を見る前に「痛い」が先に神経を通って来たが、なるべく早めに逃げないと状況的にまずい。そして傷口を見たら走って逃げきれる自信がなかったので、なるべく足元を見ないようにした。

幸い道路は一通だったので車の進行方向と逆に逃げればいいだけだった。ひねった足を引きずりながら、不格好に走る。震える手でドライバーに電話をし、「助けて!」と電話をする。自分の所在地がわからず混乱したが、たまたま目に入った電柱の住所を読み上げた。「すぐ迎えに行くから待ってて」と言うドライバーの声に安堵したのもつかの間、後ろから男が車を降りて私にもう既に追いついていたところだった。

腕を掴まれ振り向くと、ただの青年だった男の顔が豹変していた。そしてニヤニヤしながらこういうのだ。

「何逃げてんの?セックスが好きで掲示板で募集してたんでしょ?ならいいじゃん別に」

その言葉に心底、「死ね」と思った。

だから心の底から「死ね」と吐き捨てるように言った。

そのまま掴まれた手を振りほどいてまた走る、なんとか大通りを見つけ、通り沿いを走り続けた。「まだ?いまどこ?」と電話口で聞くが、自分が何処にいるかもわからない。早く、お願い、と願う。心臓は心拍数が上がりに上がり、息が上がりすぎて喉が冷えるように痛む。

…それからしばらくして猛スピードの車がこちらに向かってきた。私の号車だ。だが勢いつきすぎて私を通り過ぎて行ってしまった。暗がりだからよく見えないのだろう。「通り過ぎたよ!」と伝えると、車を止めたドライバーが全速力で走ってこちらに向かってきた。

「うわ、、いずみ、、血だらけだよ」

私の姿を見て、ドライバーが青い顔をした。「背中に乗って」と私をおぶり、車までの道のりを歩く。痛いのか、悔しいのか、そのどちらもが溢れ、私はおんぶされながらオイオイ泣いた。子供のように声を出して泣いた。

車の中で手当てされながら、明るいライトの下、自分の傷口とこんにちはする。あちこち肉が見えて、血が滝のように流れていた。それを見た瞬間急に痛みが増したような気がして、また泣く。

「泣くなよ、泣かないでよ。ごめんね、嫌な客につけちゃって。ほらそうだ、いずみの好きなマックまだやってるからさ!買ってあげるから泣くなよ。」

マックで私を釣るな!と思ったのに、大好物のエビフィレオを手渡されたら食欲が勝った。急に泣き止んでもぐもぐ食べだした私に「いずみは好物渡せば泣き止むんだな」とドライバーが得意げに言うので「だって、ケガしててもマックは美味しいもん」と答えると、みんながゲラゲラ笑った。

傷口がふさがるのに、しばらく時間がかかった。風俗業は、水仕事でもあるのでケガをすると休まざるを得ない。だけど「やったー!休みだー!シャブやりたい放題だー!」とボンクラはポジティブにその休暇を過ごした。毎日シャブを打ち、ケガをしたことも悔しかったことも忘れた。そして傷がふさがったころには、なんでもなかったように再び出勤をし、援デリライフは続いていった。

辞めるまでの間、何度も修羅をくぐった。悔しい思いも何度も味わった。普通の風俗店で働いていればそんなサバイバルな毎日を過ごさず済んだのに、私は己の楽さを最優先したがために援デリを続けたのだ。怖いよりも怖くても楽な方がよかったのだ。

今現在のソープランドは温室のようだとすら思えるくらいだが、じゃあその時にソープで働けたかと聞かれたら多分無理だ。そして今また援デリで働けるか問われたら、それもまた無理である。

女をなめきった客に舐めたことされても、怪我をしてもめげなかった私の鋼のメンタルだけは、今ちょっとだけ羨ましくもあるが

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