対局前夜

 明日の13時から、第8期指す将順位戦の5回戦が予定されている。棋友の島ノ葉さんとの対局だ。互いに思い入れがある戦いだからと、やり取りをしているうちに島ノ葉さんが意気込みの記事を書いてくれる運びとなった。まずはなによりそちらをご覧頂きたい。

 さて、書いて頂いたからには自分も書くのが礼儀というものである。島ノ葉さんは自身の「5回戦史」ともいうべきものを辿りながら、私との対局に向けた気持ちを綴っていた。私は何を書こうか。

ライバル?

 僕は関係性に名前を与えるのが苦手なのかもしれない。島ノ葉さんのことをどう表現するか、というところで毎回一瞬筆が止まるのだ。棋友という、とても便利な言い回しを思いついてからは専らそう書きつつも、である。
 というのも、僕には言葉を可能な範囲で厳密に取り扱いたいという考えがあるらしい。あくまで自分の知識の範疇ではあるが、感覚的に定義から外れているとどうも違和感をぬぐえなくなるクセがある。
 島ノ葉さんとは切磋琢磨する関係だが、それは一緒に頑張っているという話であってしのぎを削っている感じではない。本局に対する気持ち、負けたくない思いというのは並々ならぬものがあるが、ライバル関係におけるそれではない。基本的には友人関係が先立つものだといえよう。ある種のライバル心めいた感情を持っていたとしても、私たちが根底から「乗り越えるべき存在」として互いを捉えているかというと、きっと違うだろう。僕の思う”ライバル”の定義には、ある種の敵対心に近い感情が含まれている気がする。争う間柄を土台にしながら、互いに互いを認め合うような感じ。もっとも本当に敵対しているとは限らないのだと、喩えに孫悟空とベジータが思い浮かんだが、彼らは元はめちゃくちゃ敵じゃないか。難しいなぁ。
 話を戻して、とにかく本局はライバル対決ではない。指す順を通じて知り合って、指す順を通じて培われてきた友人関係。その中にあって真剣勝負の順が回ってくるという、とてもとても痺れる一番なのである。対局を観戦して頂くにあたっては、ぜひそう捉えて頂きたい。これは蛇足だが、私を島ノ葉さんの相棒だと思っておられる方がいたとしたらそれもここで訂正しておこう。本稿はこの点を語る場ではないので省略する。長くなったが簡潔に言えば、彼は私の友人だ。

「もういいかな」がよぎる先に

 ときどき、もう指す順に出るのは今期限りでいいかな。という気持ちがよぎるようになった。第一に対局ごとの一喜一憂の幅が大きすぎて、それが憂に傾くとかなり大変である。第二に棋戦の外で指す順のことを考えすぎる。野良で将棋を指していても、うまくいかないと指す順を思って沈むときがある。第三に、家族にスケジュールなど調整してもらう感謝とともに、感情面で乱れる瞬間の申し訳なさがぬぐえない。もっと平穏に過ごしてもええやん、と思う自分も居るわけだ。今年は観戦がとても楽しくて、見る側に回ってもいいじゃないか、なんて言葉も頭の中で流れ出す。
 そんな気持ちが出るのは、今期を言い訳の効かない1年だと思っているからに他ならない。質・量の是非はともかく、実感としてこのオフシーズンはかなり勉強を頑張った。それゆえに4局指して2勝2敗というのは大いに不満が残る結果だ。うまくいかなかったときの逃げ方を考える心の弱さである。そう、「もういいかな」という言葉は本心ではなく「負けるのが怖い」という本音がカタチを変えて表出したものだ。特に「頑張ったのに報われない」というのが怖い。
 そうして迎える島ノ葉さんとの対局。私はこれ以上ない好機を得たように思う。島ノ葉さんと指すというだけで、それだけがただ単一の楽しみとして浮かび上がってくる。毎週開催しているそばのば研は今や勉強会形式に切り替わって久しいが、それでも対局直前は休みにした。対局直前に研究会を取りやめるのは棋士っぽくとても良い。こうやってエモさを心のエンジンにくべていると俄然やる気が出てくるわけだ。そう、こういう瞬間のために指す順に出ているのだから。目先のレートや勝敗は醍醐味を生み出す装置とすら言えるかもしれない。大切な目標には違いないが、嘆く材料にする必要はない。勝負に心を燃やす。指す順でしか味わえない将棋を、味わうのだ。

友へ

 こんな感情爆発みたいな記事を5回戦なんて、中盤の入り口ぐらいのタイミングで書いてしまうのはどうなんだろう。まだ対局の準備だって完全には終わっていないというのに。まあいいか。
 先日のそばのば研だったか、通話を繋いでいたとき──。島ノ葉さんに直接対局の意気込みめいたことを言ったら、思ったより冷静な返事が返ってきたことがあった。いや別に、そっけなくて寂しいとかそういう愚痴ではない。入れ込みすぎる節のある私にとっては、見せてくれる冷静さはとても居心地が良いのだ。そんなの知らんがな、とあなたは言いそうだけれど。そして、本当は奥底で感情をぐつぐつと滾らせるタイプなのは島ノ葉さんを知る人ならよく分かっていることである。たしかにのばさんはちょっと斜に構えたくらいがちょうどいいのかもしれないが、せっかくだし燃えるような思いで将棋を指しましょうよ。そんなこと言って、案外あっさりとした決着になったりするかもしれないけどね。

対局は明日8月6日の13時。将棋倶楽部24の大阪道場で行われる予定だ。


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