見出し画像

羅刹の紅(小説投稿)第百話

○あらすじ

普通を愛する高校生「最上偉炎」は拳銃を拾ってしまう。パニックになった彼を謎の女「切風叶」に助けてもらうが、町で悪行を繰り返す組織「赤虎組」に狙われることになってしまった。それに対抗するため偉炎は親友である「北条優雷」、さらには不登校だったがかつてこの国の財閥に君臨していた今川家の令嬢である「今川雪愛」と切風の四人で校内に「一般部」を結成。災厄の日常へと突き進む。
赤虎組は資金を確保するため偉炎たちが通う広星高校の地下金庫を襲撃することを決めた。その情報を手に入れた偉炎たち一般部はそれを体育大会当日に迎え撃つことになった。
 体育大会当日、一般部と赤虎組の戦闘が学校の近くの森で始まった。しかし苦戦を強いられることを予想した切風は一般部の三人に次の作戦を指示する。そして、赤虎組の幹部である御影と燿華が別働隊として学校に侵入をしたのだ。しかし、切風に指示されていた三人は先に学校に回り込み、学校にある地下金庫で衝突する。ついに最終決戦が行われようとしていた。偉炎は御影と、優雷と雪愛は燿華と戦うことになった。

〇本編

「ぐはぁ!」
 今度は雪愛が飛ばされた。とんでもない脚力である。しかも、彼は腹部に安静にするレベルの切り傷がある。にもかかわらず、脚を自分の顔を同じぐらいまで上げ、なんなく人間一人を蹴り飛ばしたのだ。
「はっきり言っておくけど、お前ら赤虎組なめすぎ。これぐらいの傷は他の戦闘の中でよく受けてきたし、別に今の蹴りだって幹部レベルなら簡単にできる。調子に乗んなよ!」
「何を!」
 すかさず優雷も燿華に向かって攻撃を仕掛ける。しかし、その前に燿華が勢いよく地面を蹴り上げ、そのまま両脚を優雷の首に巻き付けた。
「てめー何する!やめろ!お前のすね毛気持ち悪い!」
「うるせー!それは関係ないだろ!」
 そう言うと燿華は体術を使い優雷の体を地面にたたきつけた。いわゆる固め技だ。
「いってーーーー!」
 さすがの優雷も悲鳴を上げた。しかも、燿華はすかさず関節技も決めてくる。どんなに強靭な肉体を持っていても骨や骨格の成長には限界がある。そこを燿華は狙った。
「俺もそろそろ時間がない。せめて片腕一本ぐらい折ってから散らかる。」
 そして燿華は時間を気にしていた。運が良ければ優雷か雪愛のどちらかを抹殺することを計画していたが、さすがに学校関係者が来るまで時間がない。だから今後のためにせめて頑丈な優雷の腕をへし折ってやろうという彼なりの嫌がらせであった。それに彼にはまだ気がかりがあった。
(あいつがまだコンテナを浮かせていない・・・どういうことだ?)
 御影が未だにコンテナを外に運び出すために浮かせていないのだ。そうなるとやはりまだ敵に手こずっているというわけだ。金庫に侵入してから三分、さすがに時間がない。
 互いが互いにジレンマを持っている。しかし、何がともあれ彼らに遺された時間はあと一分、ここで決められなかった方の負けである。
 偉炎はとにかく逃げていた。いや、正確にはうまく立ち回りながら御影に拳銃で攻撃しているのだ。
「・・・」
 それに対して御影は大した反応を見せなかった。手に空気を集める能力も使わずに眼だけで偉炎を追っていた。
(あと一分、それだけ耐えることができれば勝ちだ。)
 さきほども述べたがプロモーターの役割も大きい。プロモーターによって人離れのスピードで動くことができるためコンテナなどに隠れながらけん制できるのだ。そしてあと、一分足らずで学校の関係者も集まってくるだろう。さすがに大事にしたくないのはお互い様だ。
 だが、御影は着ている大きな黒服から顔を見せない。それよりも焦る姿を見せずにただ静かに怒りを胸に秘めていた。
「・・・なめているのか?」
 その声は確かに偉炎に聞こえた。そして、彼はその言葉に一瞬ではあるものの固まってしまった。
「な・・・!」  
 偉炎が驚いている間に、御影はついに行動に出た。彼の手の中に空気を集めると発生する赤い光を灯す。そうするや否や、その空気を後ろに発射したのだ。もちろん、偉炎がいるのは御影の前、正面である。
(何をしている?)
 偉炎はわずかの時間で考えた。しかし、考える前に現実の方が速かったらしい。
 なんと、空気を背後に発射することによってその反動で御影は正面に急接近してきたのだ。偉炎はいきなり距離を詰められて考えることをやめた。
「やば!」

彼は反射的にそう叫ぶとプロモーターで逃走を始めた。完全に撤退モードである。ちなみに、彼は逃げることに関しては比較的得意である。普通であるがために少しでも嫌なことがあったりするとすぐに逃げ出していた。クラスの学級委員を決める際も、その時だけ体調不良を訴えて逃げたこともあるレベルなのだ。だが、見逃すような御影ではない。彼は当然追いかけた。ちなみにスピード的にはどちらも同じぐらいである。
 だが、それぞれに扱いの経験で差が出た。偉炎がプロモーターを使い始めたのは二週間前、一方御影はいつからその能力を使い始めたかはわからないが、少なくとも商店街の裏路地で出会った際には使いこなしていた。そして、商店街の裏路地での出来事は一か月以上前だ。残念ながら御影の方が上回っているのだ。
 数秒もたたないうちに御影は偉炎に追いつくと彼の制服の襟をつかみそのまま地面にたたきつけた。そして、体術で偉炎の身体を固め行動不能にした。
「いってーーー!」
 手足を制御不能にされてしまった偉炎はあまりの痛みで拳銃を手放してしまった。唯一の彼の攻撃手段はもう使えない。万事休す。
「・・・終わりだ。」
御影はためらいもなく赤い光を偉炎に向けた。仮に、赤い光を一メートルもない距離から撃たれたら偉炎の顔はぺちゃんこになりながら吹き飛ぶだろう。それこそ「こんな主人公は嫌だ」の上位にランクインするほどの惨事である。
 もはや偉炎に残された道はない。彼はこのまま普通になりたいという願望を遺して死んでしまうのだろうか。
 体育大会のほうは順調に進んでいるらしく生徒たちの歓声が地下にある巨大金庫にまで聞こえた。そしてその中にいる偉炎の耳にも当然届いている。
(この歓声が僕のためにあったらな・・・そんなこと夢物語だしな・・・)
 ほぼ諦めモードの彼はおぼろげにそうでもないことをグチグチと妄想する。
(でももし、死ぬならせめて普通の人生にだけは戻りたかったな・・・いや、戻りたいな。)
願望が頭の中をめぐる。それとともに彼の目から涙がこぼれ始めていた。彼はこれだけ、たったこれだけの願いのために何度も苦悩し、死にかけている。
(まだ・・・死にたくない・・・)
 様々な感情が溢れてくる中で今最も手に入れたいことを確かめた。そして、それで手に入れるならどんなこと犠牲にしてもつかみ取ろうとする覚悟も決めた、例えどんなことを犠牲にしても。
「はぁ、嫌だな。」
偉炎は言葉を口にした。
「・・・何の話だ。」
 空気を集めるために数秒必要だったため少し時間ができてしまった。だがそのお陰で偉炎の中で一つの決意ができてしまったのだ。正直、この距離なら御影は偉炎の喉元を手で強く押し、窒息死させる方が速かった。しかし、自身の能力を過信しすぎたのか最短時間で彼を殺すことができなかった。まさかこれで流れが変わるとは思わなかっただろう。
「・・・たくない。」
 偉炎はまるで御影が話しているようにブツブツを言い始めた。
「だから何を言っている。遺言か?」
 そして、今度は逆に御影が大きく話し始めた。

 まだ死にたくない!!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?