見出し画像

大木戸風景〜聖子・優・有希子

幾度となくブログには、二十歳の若造時代の
筆者が、プロダクションに引き抜かれた事を
寄稿した。松田聖子、岡田有希子と昨年から
光栄な執筆オファーを頂いているが、ケアラー
事情からその頁数的に取り掛かれずに立ち
遅れているのが、忸怩たる思いである。
ならば、その序文をnoteに記す事にした。
コロナ禍に還暦になった筆者にしか
知り得ないあの時代の大木戸風景を繙こう。
松田聖子デビューと同年から大木戸ビルに
出社する様になったルーツは、1975年にまで遡る。筆者は、中学3年生にして同ビル内の桜田淳子後援会事務局に時折出向いていた。念の為に言うが、
桜田淳子は当時17歳で、宗教とは無関係だった。
真新しい大木戸ビルの1階には、左手に写真店、
その右横にDと言う生写真を販売する一坪程の
サンミュージック扱いのショップがあったのだ。
ビル入口の右手に紳士服店があり桜田淳子は、
その店で見つけた男性用シャツを某TVCM用に
自身でコーディネートしたのだ。何故そんな
Wikipediaにも載ってない裏話を筆者が、寄稿 
できるか?と言うと…あるご縁から1978年から
1年半、筆者は、その店でバイトをしていたのだ。
その店の先輩は、1979年にTVドラマ 赤い嵐 に
レギュラー出演されたが、それはアメブロに
寄稿することにして…筆者は、その大木戸ビル
1階メンズショップで店員として勤務中に
サンミュージックの社員さんにスカウトを
されたのである。大木戸ビルが、裏側に
新築されたビルと接合され所謂事業拡大も
あったのだ。松田聖子、早見優、岡田有希子とは、
三人共に新築された新館で、初対面だったのだが、

ここから先は

1,412字

¥ 1,500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?