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駆け抜ける蒼燕 102-00002

 あの日の私は、8時30分の東名ライナーで。 #2

 名古屋駅のバスターミナルに来るのは久しぶりだ。東京だ大阪だと忙しく飛び回っていた頃は、どうしても新幹線に乗って移動するのは常だった。指を折って数えてみたら、ボストンバッグひとつを担いで東京に勇んで旅立った悪友を送り出した日からだから、ざっと20年は昔の話だったと思う。
 8時30分発のスーパーライナーというバスに乗ることにしているのだが、落ち着かずに20分も前にターミナルをウロウロしている。勝手の分からないものを前にすると、どうしても早めに目の前にいないと気が済まない。そうやって万全を尽くすことは決して悪いことではないのだが、たかが40のおじさんがバスに乗るだけなのにと思うと我ながら滑稽だ。
 バスの切符を買うのにも少し戸惑った。JRのそこかしこにあるみどりの窓口でチケットを買えば行けるかなと軽く思っていたのは甘かったようだ。バス会社のホームページから販売サイトに入り、Web 限定のチケットを買った方が話が早いと言うことまでは分かった。名古屋駅にはたびたび出向いているから、新幹線口のバスターミナルにある切符売り場に行くことぐらいは容易いことではあったが、手っ取り早く切符を買ってしまおうと思った。
 万事、一度経験してみれば様子がわかるものだ。冷静に考えればECサイトの買い物だって最初は半信半疑だった訳で、チケットの取り方さえ分かってしまえば、どうってことはない。乗車するときには二次元バーコードを運転士に提示して読み込んでもらえればいい。
            ◇ ◇ ◇
 高速バスで東京に出ようとしたのも、ほんのいたずら心だ。
 明日の朝いちばんに東京で久しぶりに打ち合わせをすることになったが、ふと思い出したようにボストンバッグひとつを持って上京したあいつのことを思い出した。長く疎遠にはなっていたが、いつか見た景色を覗いてやろうと、何となくその気分に駆られてみたのだ。
 東京に出るならば新東名経由で走って行ったほうが早いに決まっている。例えば名古屋から30分遅れで出発する便は、東京に着くころには30分も早く到着していることになるという。東名と新東名の使い方で言えば並走区間だけで言えば20分程度の差ではあるが、東名高速には昔ながらのバス停が点在している。
 今日は高速バスを選んだ時点で、新東名高速を経由する便には乗ることを考えていなかった。そもそも急いでいないのだ。乗り物の運賃は速度に比例しているものと思う。高速バスに乗ることですでに速度を求めて乗ると言う選択肢は消えているはずなのだが、東京に出るために乗るという選択肢のみであれば新東名経由のバスを選ぶのが普通、なのかもしれない。
            ◇ ◇ ◇
 移動手段は手段であって、手段のみに存在するものではない。
 日曜日の朝にバスに乗ってお昼を回るくらいまで4列シートの片隅に身を委ねるには、少しばかりの物語があってよかろう、と思う。
 20年前のあいつもまた、東京に出て旗のひとつも揚げてやろうと思っていただろう。トンネルをくぐるたびに夢の舞台にひとつ近づき、橋を渡ればまたひとつ夢が膨らんでいくのだろう。
 高速バスのトップドアは、明日へのドアのようにも見える。そのドアから体を外に出すときには違った景色の場所にきっと立っている。小さなバスストップを細かに停まっていくバスが大きな街の雑踏に消える頃には、明日の世界に近づいている。
 そのひとつひとつを噛みしめる時間は、夢を追うには必要な時間かもしれない。新幹線で軽く走り抜けるよりもその時間を噛みしめることが必要なことは必ずある。
 通路を隔てた窓側の席に座る若い子も、きっとそうなのだろう。窓の外を頬杖ついて眺めては、スマホに目を落としている。この6時間の旅路はさぞかし、不安と期待の混ざった世界観なのだろう。














































































































































































































































































































































































































































































































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