「The厨二病棟惑星」第1話

人類我敵
〜Humanity is my enemy〜

「ア、アパート?」
アウトキャスト大総合病院メンタルヘルス科厨二病棟。
自分が送られたはずの病棟であり、2m程の看板には、確かにそう大きく書いてある。
しかし、目の前の建物は、一階と二階にドアが五つずつある古びた木造。
その十世帯用アパートもどきが、左右と後方にザッと50棟は並んで居るだろうか。
アパートもどきが立ち並ぶ広大な敷地。
高さ60cm程の木製の柵がグルリと囲むが、随分古びている。
入口に掲げられた木の看板も、所々が割れ黒ずんでいた。
看板前にたたずむのは、猫背気味の身体に黒ジャージの上下。
青白の肌に、深い紺色の髪をした少年「楓(かえで)」だ。
前髪の隙間から見える、髪と同じ色の少し大きい目は見開き、140cmほどの背丈と細身の身体の前に立ちはだかる看板と建物を唖然と見つめている。
「ここに入院するの?」
想像していた「白い四角いコンクリートの建物」とのギャップに思わずつぶやいた。

「こちら、小惑星フロント政府機関惑星判別部、担当田渕。本日、小惑星フロント発アウトキャスト行きの宇宙船にて、新患一人の受け入れをお願いします」
ジジーという雑音とともに無線が入ったのはたった2時間前。
透明度のある薄い金色の髪と目。
目鼻立ちがハッキリとした白色の顔。
黒シャツに黒ズボン。
上から黒衣を羽織る男「グルー」は、スピーカーを前に思わず目が細くなる。
「相変わらずいきなりだな、田渕」
低い声で答えれば
「アウトキャスト行きは、病名が判明した時点で強制送還。分かっていることではありませんか」
と、冷たい声が返ってきた。
「患者は?」
「名前は楓。小惑星フロントの東地区出身。住まいも同じく14歳の少年です」
「学園生か?」
「以前は通学していたようですが、学問系等級はいずれも13〜15級。運動・音楽・家庭系は16~18級。美術以外は、年齢に対してかなり低めです」
「美術が得意なのか?」
「そのようです」
「どれくらい得意なんだ?」
「後ほどお送りするデータをご確認ください」
「今分かるだろうに」
グルーは苛立ちを隠さず言った。
「特異事項欄がございますので、どのくらい得意かに関して、私には判断致しかねます」
「なるほど。それで今は登校拒否か何かか?」
「そのようです」
「通信も受けていないのか?」
「そのようです」
「理由は?」
「後ほどお送りするデータを ご確認ください」
(お前は機械か)
グルーは心の中でツッコミを入れて短い溜息をついた。
「病名は?」
「病名は『The厨二病・人類我敵』別名『ヒューマンイズマイエネミー』です」
「人類我敵?それはマジのやつだな」
「厨二病の方は皆さん本気です。あなたを含めて。メンタルドクター・グルー」
「…そうか」
(嫌味なとこは人間っぽいな)
どこか安心を覚えつつ、グルーは一番聞きたいことを聞いてみる。
(返事は分かってるけどな)
「彼の具体的な症状は?」
「後ほどお送りするデータをご確認ください」
「ああ、そうだったな」
「では」
挨拶もそこそこに、冷えたままの声がプツンと切れる。
「はあ。つれないねー」
グルーは何の音もしなくなったスピーカを眺めた。

厨二病棟の出入口の前。
楓が一番初めに目にしたアパートもどきの一階。
向かって一番左の「メンタルヘルス科診察室」と書かれた扉の中。
四人掛け用テーブルの椅子に座る楓は、6畳程の部屋の中を隅々見回している。
(この部屋が診察室?)
玄関の右手にあるキッチンでは、グルーが「Cocoa」と書かれた瓶から、茶色の粉を黒いマグカップに入れていた。
「惑星移動は今回が初めてか?」
キッチンから、キョロキョロしている楓に声をかける。
しかし楓は答えず、しきりに部屋を見回し続けていた。
玄関左手には「トイレ」と書かれたドア。
その横にもドアがある。
(風呂・・・かな?)
キッチン側の壁には引き戸があった。
(押し入れ?)
そして、座っている位置から右手を見ると、大きな本棚があり、専門書らしきもので埋め尽くされている。
(忙しくて耳に入ってないか?)
グルーは、返事のない楓を見てフッと笑う。
楓の目線は、大きな本棚横のデスクに向き、画面が見えない位置に置かれているパソコンを眺めていた。
(普通のワンルームアパートだよね?)
もう一回り見回して、黒ずくめの長身の男に目が止まる。
(あの案内してくれた方、誰だろう。お医者さんでも看護師さんでもないよね。着るなら白のはずだもん)
楓が考えをグルグル回しているうちに、黒衣の男がマグカップを2つ手にした。
(こっちくる!)
慌ててテーブルに目線を落とせば、焦げ茶色の液体が入った白いマグカップがコトンと置かれる。
(甘い)
液体の湯気が楓の鼻をくすぐった。
無言のまま、中で微かに揺れるドロリとした液体を見つめ楓は目を見開く。
(この泥水はまさか!?)
バッと顔をあげグルーを見て叫んだ。
「じ、自白剤!?」
「ただのココアだ!」
食い気味に即答したグルーの手が、引こうとしていた椅子から滑り、落ちた椅子がカタンと音を立てる。
軽く息を吐いたグルーは、改めて椅子を引き腰掛け、質問を投げかけた。
「自白剤を使わないと、答えられないことでもあるのか?」
「て、敵は自白剤を使い、ひ、秘密を聞き出すといいます」
楓はオドオドしながら小さい声で、答えになっていない返事をする。
(こりゃ相当浸かってんな)
グルーはマグカップに口をつけた。
(質問は全スルーか…)
「ぼ、僕がココアが嫌いなこと、な、何故知っているのですか?」
ココアを見つめながら楓が問う。
「ココアが嫌い?」
送られてきた楓のデータ「好きなもの」の欄には、確かに「ココア」と書かれていた。
「ぼ、僕を苦しめる、じょ、情報を集めたのですか?」
楓が恨めしげな目で聞いてくる。
「何でココアが嫌いなんだ?」
「し、質問に、こ、答えてくだ」
「お前が答えろー!」
ビクッと身体が動く楓を見れば、そらされた目はパチパチと瞬きが多く、まさしく挙動不審だ。
(しまったー!質問全スルーの奴が何を言ってるんだと、ついツッコミをいれてしまった。怯えさせたか?)
グルーは取り付くように言葉を継ぐ。
「緊張しているところ、大声を出してすまない。君が、いや楓君が受診した小惑星フロントの病院。送られてきたデータに、ココアが好きだと書かれていたんだ…」
「コ、ココアが好き?」
意外な言葉に楓は驚く。
(あ…)
思い当たる節が見つかり口にする。
「は、母親が勝手に書いたのかも」
「ココアが嫌いなのにか?」
「が、学園に入学した年…6歳のとき…」
「ああ」
(お!何か話してくれるか)
グルーは姿勢を正し相槌を打った。
「コ、コンクールの絵を書いていたら、母親がココアを持ってきてくれたんです。い、一回だけ。飲み物入れてくれたんだって、それが嬉しくて…」
「喜んだらココア好きだと思われたというわけか」
「は、はい。喜んだのは、弟に夢中な母親が、僕に飲み物を持ってきてくれたことだったんですけど…」
「そうだよな」
(母親が弟に夢中。今後のために詳しく聞きたいところだが…)
「で、でもそのココア。僕に入れてくれたわけではなかったんです」
「どういうことだ?持ってきてくれたんだろ?」
「コ、ココアは弟が好きで…弟に入れたけど寝ちゃったんです。弟は当時4歳で…」
そこで楓は、朝食のときに水を注いでくれた弟を思い出す。
(そういえば、紅葉にお別れの挨拶出来なかったな…)
「4歳ならすぐ寝ちゃうよな」
何やら考えている様子の楓に、グルーは言葉を繋いだ。
「は、はい。マグカップだったから、僕は温かいと思って飲んだんですけど、ぬるいを通り越して冷たかった」
「そうか…」
「お、弟に出す時点で、少し冷ましていただろうし。今考えれば、捨てるのが勿体なかっただけだったんだなって」
「それは…寂しかったよな?」
「…はい。まあ、は、母親に直接聞いたわけでは無いし、す、捨てる前に僕を思い出してくれたのは嬉しいんですけど…」
「ココアはそれで嫌いになったのか?」
「い、いえ元々、舌にまとわりつく甘さがあまり…」
「そうか」
うつむく楓をやるせない目で見つめた。
「あ、あの…」
楓はグルーの目をまっすぐ見て口を開くと、グルーも楓を見返して返事をする。
「ん?」
「ご、ごめんなさい。嫌いなココアをわざとに出してきたようなことを言って」
(お!可愛いな)
グルーは笑みを浮かべる。
「いや気にするな。謝れてえらいな。話してくれて嬉しかった」
そこで楓の動きがハタっと止まる。
(あれ?僕、何で!?)
思わぬ口の滑りに、唇に手を当て、勢いよく顔をあげた楓は叫んだ。
「ぼ、僕は何でこんな話をしているんですか!?やはり自白剤が!?」
「飲んでないだろ!」
(しまった!またツッコミを入れてしまった)
ハッとし改めて楓を見ると、楓はグルーを見たまま固まっている。
「そ、そうだ…催眠術!?」
「は?」
「目を見ちゃダメだ」
楓は素早く下を向いて唇を引き結ぶ。
「いや催眠術なんて技、持ってな…」
グルーの右手が思わず前に出る。
楓はバッと顔をあげグルーを見た。
「いいえ!人類我敵!気を許してはなりません」
言いながら右拳を自分の左胸にバンと当てる。
(なんでそのセリフだけ、どもらず言えるんだよ!)
ツッコミをやめられないグルーは、自分の目を見ている楓に言ってみた。
「…目を見て大丈夫なのか?」
「あ、ああ!し、しまった!」
楓は再び頭を垂れた。
(忙しい奴だな)
グルーはふぅと息を長く吐く。
「初対面で何もしていないのに敵扱いか?」
「しょ、初対面…そうだ…」
楓はおずおずと中途半端に頭をあげて上目遣いにグルーを見た。
「あ、あの…今更ですが、ど、どちら様でしょうか?」

闇医者と熱血教師
〜Bark doctor&Passionate teacher〜

「私たちが住む小惑星アウトキャストは『アルファ』という宇宙に存在している星です。宇宙アルファには、小惑星アウトキャスト以外にも後五つ。ヒトを含めた生物が住める小惑星があります」
濃い藍色の背面に、赤・黃・青・白などの細かい点が無数に広がる、壁一面の宇宙。
3D写真のそれは、中央に青と白のマーブル状の丸い小惑星があり、周りを類似した小惑星5つが囲んでいる。
その宇宙写真の前で、薄いすみれ色を帯びている銀髪のおかっぱヘアに、髪と同じ色の目。
白い襟付きシャツと紺色の膝上タイトスカート。
そして白衣を羽織った地学教師ソフィアが、金色の指し棒を持ってキリッとした表情で立っている。
ソフィアは、指し棒を当てながら説明を続けた。
「まず中央には小惑星フロント。そのフロントを囲むように、小惑星スタディ、スポーツ、アート、テクノロジー、そして我が星アウトキャスト。中央の小惑星フロントを囲む五つの小惑星たちを線でつなぐと、丁度、五芒星の形になります」
言いながら、宇宙写真の小惑星を指し棒で星型になぞる。
「五芒星の中央に、小惑星フロントが入っている形です。この六つの小惑星をまとめて『六光星(ろっこうせい)』と呼びます」
ここでソフィアは、正面を向き顔を整えた。
「しかし、我が星アウトキャストだけ、実は正式名称ではありません」

白い壁にはめ込まれた透明な窓から、芝生や花壇が見える長い廊下。
褐色の肌に、緑髪アフロのポニーテール。そして同色の瞳。
腰の位置が高くスラリと伸びた足に、濃色の短Gパンと、白いニーソックス。
若草色のタンクトップに、白編みの長袖カーディガンを羽織ったエミリは、ななめ後ろを気にしながら歩いていた。
ななめ後ろには、袖と裾をまくった、紺色のブカブカジャージを着た、青白い楓がついてきている。
エミリが体勢を変えて楓に笑顔を向けた。
「楓、学園通ってくれるの嬉しいな」
「は、はい」
(よ、呼び捨て)
エミリのフレンドリーさに戸惑いながら、楓は思考を巡らす。
(この星の学園なら、僕をバカにしないかも知れないし…いや油断はするな。人類我敵だ。で、でも…)
楓は立ち止まる。
(でも、学園できちんと級をとれば、父さんも母さんも認めてくれるかもしれない…)
ダラリと垂れた楓の両腕。
その拳に力が入った。
「もう案内しながら自己紹介しちゃうね。私は十四歳クラス担当の『担任専門教師』エミリ。三十四歳です」
足を進めなくなってしまった楓にエミリが明るく声をかける。
「え…」
(さ、三十四歳。二十代半ばかと思った。格好…若い…)
楓は突然年齢まで自己紹介され、猫背のままエミリを見上げてしまった。
「楓も十四歳クラスだから、これからよろしくね」
「ヨ、ヨロシクオネガイシマス…」
(こ、声がうわずってしまったー!)
慌てて返事したものの、上手くいかないコミュニケーションに、楓は表情をこわばらせる。
にっこりと微笑んだエミリは歩みを進め、楓も続いた。

外窓と並行に並ぶ透明の内窓から、人が居るらしき白い部屋が見えてくる。
「あの教室では、地学十六級の授業が行われてるの。楓の地学、丁度十六級だったよね。ちょっと見て行く?」
「は、はい」
戸惑いつつ返事をしたら、エミリが白い部屋の前方にまで歩き、廊下側から静かに窓を半分程開けた。
壁一面の宇宙写真の前で講義していたソフィアがエミリを見る。
その視線にエミリが笑顔で会釈をすると、ソフィアも笑顔で会釈を返した。
「前で講義しているのが、地学担当『学科教師』のソフィア先生」
エミリが楓の耳元でささやく。
そのささやきに頷きながら、楓は講義室の中を静かに見渡していた。
白い壁の講義室には、白い長テーブルが三列。
階段式に五段並び、十歳くらいの男子が四人。
女子が二人。
計六人が、二人ずつ座っている。
全員、ワイン色の上下の制服を着ていた。
(みんな十歳くらい…そりゃそうだよね。十六級なら、一年ごとの進級で丁度十歳。飛び級する人も居るくらいなのに、十四歳で十六級って僕くらいだ…)
ズーンと沈み床を見ていた楓の耳に、ソフィアの講義が入ってきた。
「我が星アウトキャストだけ、実は正式名称ではありません」
(え?)
楓は目を見開き、ソフィアが立っている壇上を見る。
と同時に、ソフィアの後ろにある壁一面の宇宙に目を奪われ、開いた目が更に開いた。
(綺麗!これが宇宙…描きたい!)
「小惑星アウトキャストの正式名称は『ライフサイズ』。等身大という意味があります」
楓が宇宙写真に気を取られている間も、ソフィアの講義は続く。
「先生」
ソフィアの説明に、青髪の男子生徒が手を上げる。
「何で名前が変わってしまったのですか?」
「謎に思いますよね。長くなるので、次回詳しく話したいと思います」
ソフィアが答えると、今度は金髪の男子生徒も手を上げる。
「この話は、教科書にも参考書にも乗っていないのですが、テストには出ますか?」
「テストには出ません。でも、我が小惑星アウトキャストに住むにおいて、知っておくべき大切なお話です」
「なーんだ、テストにでないのかー」
赤髪の男子生徒が不服そうに声を上げる。
「テストより大切なのです。あ!そうだ!」
まじめな顔で生徒をたしなめたソフィアは思いついた。
「特別に臨時テストやっちゃえばいいんだ」
「えー!」
ソフィアが悪戯っぽく言えば、生徒の過半数が不満の声をあげた。
しかし全員が笑顔である。
「先生」
そこに今度は、緑髪の女子生徒が手を上げた。
「アウトキャストという名前にも、ライフサイズのように意味がありますか?」
「はい、あります。…あまりいい意味ではありません」
不穏な雰囲気で言うソフィアに、子どもたちはソフィアに注目したまま沈黙する。
「アウトキャストは『除け者』という意味、または『見放された者』という意味があります」
ソフィアの言葉に、子どもたちはみな言葉を発せないまま驚いた。
「私たちは見放されたのですか?」
沈黙を破り手を上げながら発言したのは、紺色おさげ髪の女子生徒だった。
「いいえ違います!みなさんは、見放された者でも除け者でもありません。絶対に!」
強い声のソフィアに、再び生徒全員が注目する。
そのとき「リンゴーン」と鐘の音が鳴った。
生徒たちの注目が逸れそうになった瞬間ソフィアは叫んだ。
「忘れないでほしい!皆さんはこの星の宝です!私は何があっても、皆さんを見放しません!皆さんそれぞれの未来に期待しています」
生徒全員が口を結んだまま、再びソフィアを見る。
「ふうー」とソフィアは長い息を吐き出し、笑顔で生徒たちを見渡す。
「終わります。お疲れ様でした」
その声に、生徒全員がバッと席を立った。
「講義ありがとうございましたあ」
全くズレなく生徒たちが声を張り上げ礼をする。
顔を上げた生徒たちは、笑顔でソフィアを見ていた。

「ほふ」
(あ、変な声でちゃった)
窓際でソフィアの講義を聞いていた楓は、いつの間にか止まっていた息を吐こうとして失敗する。
(僕は両親に見放されている…未来に期待なんてされていない。でも…)
楓は顔をあげた。
(この星でなら僕も頑張れるかも)
楓の後ろで、エミリが笑顔で見守っていた。

「楓、講義見学はどうだった?」
二人用テーブルに、向かい合って座る楓とソフィア。
「ガ、ガンバリタイデス!」
(また声がうわずってしまった−!しかも声ちっさ)
笑顔でたずねるエミリに、楓は蚊の鳴くような声で答え、心の中で反省する。
そのとたん。
「素晴らしい!」
叫んだエミリに、両手を両手に掴まれて立たされた。
「ふぇ?」
素っ頓狂な声を上げた楓は目を丸くする。
エミリは楓の両手を握ったまま、満面の笑みを楓に向けた。
「この小惑星アウトキャスト。ううん!小惑星ライフサイズ東部学園は、楓の味方です」
(み、味方ー!?いや、人類我敵!味方なんていない!)
楓は両手を握られたまま、疑いの眼差しを向ける。
「そんな顔しても私はめげない!楓を怒らせたとしても、私は楓の味方。嫌われたって、楓の未来に期待するんだから!」
(み、未来に期待ー!?僕の!?)
楓は口をあんぐりと開け、言葉を発せない。
(さ、さっきのソフィア先生もだけど、エミリ先生も?この学園が僕の味方?)
「さあ楓!」
エミリは楓の両手を包んだまま、自分の左右の鎖骨の間に当てる。
(は、はい!)
楓の声は音になってくれない。
「一緒に未来に向かって走りましょう!」
(は、走るの?)
「青春は何度でも何歳でも!でも十四才は一度切り!後悔ないよう精一杯謳歌するのよー!」
エミリは、左右の鎖骨の間に当てていた両手を、楓の両手ごと顎に当てる。
(あ、あう、えあ、お、謳歌?)
楓はパクパクと音にならない声をだす。
(ぼ、僕は、今が精一杯です。エミリ先生…)
瞳をキラキラさせた満面の笑みのエミリに、赤面し涙目になりながらつむがれた声は、やはり音にはならなかった。

「そりゃ災難だったな」
診察室の四人席に座っている楓に、グルーがキッチンから声をかける。
「本当に水でいいのか?氷は?」
「は、はい。水が好きで、氷は2個あると嬉しいです」
「了解」
「あ、ありがとうございます」
楓のお礼に笑みで返事をしたグルーは、グラスを1つ出す。
「あ、あの。エミリー先生も厨二病とか?」
テーブル席から、楓はおずおずとたずねてみた。
「そうだ。エミリーは『The厨二病・熱血教師』別名『パッショネートティーチャー』だ。『生徒に熱い情熱を注ぐ教師』に、強い憧れを持ち実践しようとする」
「お、思ってくださるのは、生徒として嬉しいことだとは思います」
グルーはキッチンから持ってきた、氷2つと水の入ったグラスを楓の前に置く。
「ただ、ウザイぞ?」
「は、はい。失礼ながらそう思ってしまうことも…」
グルーは、パソコンデスクに置いていた黒いマグカップを持ち、楓の前に座った。
「しかも、思春期反抗期真っ只中の十四歳担当って、相性最悪だと思ってたんだがな」
「ち、違うんですか?」
「これが結構いい効果を生んでてね。
校長とエミリの許可をもらって学会で発表しようと思っている」
「そ、そうですか。僕にもいい効果があるんでしょうか。僕、エミリ先生、良い先生だと思いますけど、僕は良い生徒じゃないから…」
グルーは一瞬止まり、楓の顔を見る。
「…良い生徒も悪い生徒もないさ。どの生徒も、良いところも悪いところもある。教師だって同じだ。エミリはそれを分かってる。流石は、担任専門教師だよ」
楓はふと思う。
「た、担任専門教師の方全員が、エミリ先生みたいに『分かっている人』ではないと思います。す、少なくても、小惑星フロントでは」
「確かにそうだな」
「エ、エミリ先生は『The厨二病・熱血教師』だからですか?」
「それも、そうとは言えないな。別方向に発動している教師は厄介だ」
「だ、だったらどうして…」
「それはもうエミリだからとしか言いようがないな。『The厨二病・熱血教師』を含めてエミリだよ」
「厨二病も含めて…」
(僕も厨二病含めて僕なのかな…そしたらもし厨二病がなかったら?)
楓は考え始めてしまう。
それに歯止めをかけるかのようにグルーが言った。
「今は、だな。誤解があってはいけないのが『The厨二病・熱血教師』がなくてもエミリはエミリだ」
「厨二病がなくても…」
「そうだ。あ、そういえば、エミリが厨二病ってよく分かったな。最初は、ただの熱い教師と思われることが多いんだが」
「あ、それは、グルー先生も厨二病っておっしゃっていたので、もしかしてと…ここアウトキャストで勤務されていますし」
言いながら、楓の瞳は上を向き、記憶を呼び起こす。

「い、今更ですが、どちら様ですか?」
楓がアウトキャストに来た当日。
謎のアパートもどきの一室「診察室」で、黒シャツに黒ズボンに黒衣を羽織った謎の男に聞いた。
「闇医者だ」
グルーは楓の問にニヤッと不敵な笑みを浮かべて答える
(え?)
「や、闇医者?」
「そうだ。闇を渡り歩き、医師免許を剥奪され、無免許で無差別に人を救う。悪人も善人も。金のある奴からはたんまりもらい貧乏人からは取らない」
「そ、それは、良いような悪いような。む、無免許は犯罪じゃ」
「実際、医師免許は持ってるし、剥奪されたこともない。正規の診療は正規のルートで給金を、非正規の診療に関しては、金はもらってないから安心しろ。無金診療は、医療協会にボランティア報告している。規則だからな」
「…き、規則を守る闇医者…さん」
「しかも、外科医でも内科医でもなく精神科医だからな、怪我人がいても病人がいても管轄外だ」
「えっと闇の精神科医…」
「お、それカッコイイな。記憶操作とか依頼されて」
「き、記憶操作!」
「出来ねえけど」
グルーはカッカッと笑う。
「え、えーと」
楓は戸惑いを通り越し、両手を宙に浮かべ、指を仕切りに動かすという奇行に出ていた。
グルーは両手で静かに、楓の両手を握る。
(あ、落ち着く…)
楓は入っていた肩の力が抜けていくのを感じた。
「変な話しをして悪かった。これから長い付き合いになるから、まずは俺の事を知ってもらおうと思ってな」
「あ、はい。そ、それは助かります」
グルーは楓の気遣いの言葉に微笑む。
「闇医者は憧れでな。それで、つい語っちまう」
「あ、憧れ…」
「要は、俺も厨二病なんだ。名前はグルー。病名は『The厨二病・闇医者』別名『ブラックドクター』だ」
「The厨二病・闇医者…」
「そして精神科医。小惑星フロントでは、メンタルドクターともいうな。心の怪我や病が専門だ」
「こ、心の怪我や病…」
「そして楓、ここからが重要だ」
「じゅ、重要」
楓はゴクリと唾を飲む。
「楓の主治医だ」
「ええっー!」
楓の雄叫びに、グルーは吹き出した。そして笑顔で言う。
「大丈夫だ『The厨二病・人類我敵』の治療法なら心得ている」
「あ、し、失礼な雄叫びあげてしまい、ご、ごめんなさい」
「気にするな。ほんと謝れるのえらいな」
「...」
(グ、グルー先生、ほんとにごめんなさい。しゅ、主治医、ふ、不安です…)
心での詫びを口に出すことは、楓には出来なかった。

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