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赤は進め。

「ドクター・ストレンジ  マルチバース・オブ・マッドネス」のネタバレ感想文。

大人になっても、人は成長する事が出来る。それは間違いなく事実だ。
だけど。
大人になってから成長する事は、とても難しい。
それも、間違いなく事実ではないだろうか。

その時点で、人は既に多くのものを手にしているからだ。
「成長」や「変化」は、時として代償を求める。
その時、私たちは、既にその手に握りしめた、大切な何かを手放す事が出来るだろうか。

スティーヴン・ストレンジは、ある意味傲慢で不遜な男だ。
「自分の手でメスを握らなければ気がすまない男」である。
序盤、クリスティーンの結婚式に参列するシーン。
隣に座った知り合いの医師に、「本当にこれで良かったのか。他に道は無かったのか。」と尋ねられたストレンジは、「常にベストを選択してきた。他に方法は無かった。」と答える。
その目に迷いは無い。
直後、クリスティーンとの会話のシーンで彼は、水らしき液体を魔法で赤ワインに変えてみせる。
何気ない場面だが、結婚式で水をワインに変えるというのは、キリストが地上で最初に行った奇跡を彷彿とさせる。
新約聖書、ヨハネによる福音書2章に登場する「カナの婚礼」である。
多くの画家が、この場面を後世に残している。

《カナの婚礼》パオロ・ヴェロネーゼ
(ルーヴル美術館所蔵)

個人的には、「最高の魔術師」であり、「最高のスーパーヒーロー」、ドクターストレンジの力が、神にも匹敵する事を暗示する、ちょっと皮肉めいた名場面だと思っている。

世界を救うため、ドクター・ストレンジは常に、ベストな選択をしてきた。
トニー・スターク(アイアンマン)の命を代償に、震える指で、1400万605分の1の勝機を示した時も。
ピーター・パーカー(スパイダーマン)の存在を代償に、マルチバースの裂け目を塞いだ時も。
そして今回、ダークマターによって暴走したワンダ・マキシモフ(スカーレットウィッチ)を止めるために、彼が代償としたものとは何だったのだろうか。

私たちが良く知るドクター・ストレンジなら、今回もアメリカ・チャベスの命を代償に、世界を救ったのではないかと思う。
映画の冒頭、別の宇宙に存在した、別のストレンジがそうであったように。
それが、彼にとってベストな選択だからだ。
しかし、今回は違った。
序盤でチャベスが「このストレンジは違う。」と彼を信じたように、今度はストレンジが、チャベスを信じ、彼女に委ねるという選択をする。
ドクター・ストレンジは恐らく初めて、握っていたメスを手放したのではないだろうか。
それが今回、彼自身が支払った代償だったのだ。
前作「ドクター・ストレンジ」で、エンシェント・ワンに投げ掛けられた言葉。
「この多元宇宙(マルチバース)にあなたが存在する意味は?」
その問い掛けに対する答えの一端を、見たような気がする。
どんな宇宙に存在する、どんなストレンジとも違う、唯一無二のドクター・ストレンジ。
ただクリスティーンを思う愛だけが、全ての宇宙を貫いて輝いている。
そして。
「愛する」という事は、「手放す」という事に他ならない。

大人になっても、人は成長する事が出来る。それは間違いなく事実だ。
だけど。
大人になってから成長する事は、とても難しい。
それも、間違いなく事実ではないだろうか。

その時点で、人は既に多くのものを手にしているからだ。
「成長」や「変化」は、時として代償を求める。
その時、私たちは、既にその手に握りしめた、大切な何かを手放す事が出来るだろうか。

マルチバースでは、それまで握りしめてきた常識は通用しない。
そこは「成長」と「変化」が求められる世界だ。

つまり、一言でいえば。

「赤は進め。」だ。

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