気取っていこう

格安航空会社の飛行機に乗り込んでからもう30分になる。僕は翼のやや後方で窓際だったから早めに席についた。動き出すまでに10分ほどあったと思う。こうして飛行機で東京、札幌間を往来することが、この4〜5年で20回以上あった。数え始めるとどうしてもたくさんの出来事や目的を思い出してしまい、頭の中というより胸がいっぱいになる。だから数えるのはやめておいた。いや、30回は超えるだろうな。乗務員が機械的なジェスチャーで説明する緊急時の脱出方法の手順や文言はもう僕の体にずいぶん染みついている。動き出した機体はだらだらと歩く速さで進みは止まり、それを3度繰り返した。そのあいだに別機が2機飛び立ったので、順番待ちだったんだと理解した。なにかひと声ぐらいはアナウンスがあっても良かったかもしれない。格安航空会社の飛行機に乗るたびに思うが、もうそろそろ利用するのをやめたい。チェックイン、手荷物、搭乗などの手続きの効率の悪さにいつもうんざりする。港内スタッフは10人いれば9人が品のない所作とひきつった笑顔で、売れないスーパーの店員と大差ないクオリティで乗客をさばいていく。少しの混雑やイレギュラーが発生するだけで表情は苛立ちを隠しきれず、私たちの仕事はとても大変ですという雰囲気を醸し出しはじめる。乗客だって搭乗に間に合うだろうかという不安を抱いてしまうから、それを感じさせない立ち振る舞いをするのはたいせつなはず。決して乗客であることを棚上げするのではなくてね。ときより流れる英語のアナウンスは、中学生が授業中に先生に当てられていやいやに棒読みしているみたいで、こちらの方が恥ずかしくなってくる。次からは、王手の航空会社を利用したいな。少しの金銭的余裕と、早めに旅券を予約する行動力があれば、旅の始まりと終わりはぐんと快適になるんだ。

やがて機体は滑走路に曲がり入り、待ってましたと言わんばかりの短い時間で加速し、あっという間に雲の上まで飛び上がった。空港の駐車場に見える赤い車が小さくなるのを見て、甥っ子が実家の部屋から引っ張り出して来たトミカの消防車を思い出した。誰にでも思いつきそうな比喩だけどまさにそれだった。景色が一瞬で変わっていくこのときに、僕はいつもさっきまでいた街やこれから行く街に想いを巡らせたり、恋する相手の顔なんかを窓ガラスの向こうに浮かべる。なぜか今日はまったくと言っていいほど感傷的にならず上空にのぼった。心も視界もよく澄んでいる。鼓膜がぷつと音を立てて、周りの話し声がクリアになってきた。前の方で盛大ないびきをかいて眠る中年男性のことを、すぐうしろの若者たちが小声で笑うのが聞こえた。たぶん喫煙所で見かけた、小中学校からつるんでいて体育会系をひきずっているような集団だと推測。そういった人たちを苦手とする僕だが、なかなか飛ばなかった鉄の塊の中を漂っていた重めの空気が彼らの笑い声のおかげですこし解れた。

たまにはこんなふうに小説のまねごとをするのもたのしいね。もう少しユーモアのある悪口を言えたらよかったけどむずかしい。これではただの悪評家みたい。でもいい頭の体操になった。キャッチボールでもして移動疲れの体をほぐしたい。こんなものは誰にも見せなくてたっていいけど、せっかく書いたから見れるようにする。僕にとっては野球中継を見たらやりたくなるのと一緒だと思うから、まあいいよね。たまに長めに文章を書くと気持ちがいい。友達からいつかそんな頼みごとが来てもいいのにな、なんて思う。
まもなく着陸態勢に入ります。って日本語のあとに、英語でアナウンスが流れた。(ちなみに僕は英語の発音は苦手じゃないし聞き取りも少しできるけど、いざ英語を話す場面では緊張で頭が回らず、ぜんぜん会話ができない。札幌に着いた。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?