向かいのおじさん

‪ベランダの向かいの一軒家のおじさんは今日も‬ガレージにいる。だいたいは植物たちの水やりをしている。庭はないけれど、いくつもの鉢植えが柵にかけられたりメタルラックのようなものに載せられたりしている。白髪まじりの短髪、白いTシャツに半ズボンで首にタオル、年寄りくさい感じはいっさいない。歳は60前後なのかな。文章で説明する情報よりずっと若い雰囲気がある。

今日も乾いた風が吹いていて僕はエレキギターをもって、べたりと正座のようなかたちになり、指でC7、F7、G7を適当に繰り返していた。おじさんとの距離は10メートルもないからなんとなく聞こえているかもしれない。

ふと目をやると、おじさんは白を基調としたオートバイを磨いていた。そういえばガレージは車を置けるほど大きくはなくて、考えたこともなかったけど、オートバイがあったのか。僕はこの数日で、カブに乗りたいと思い立ち禁煙を試みている。煙草を1本しか吸わない日が2日続いている程度だ。知識のかけらもないので、どこのバイクかはわからないけどがっしりして速そうだった。僕は新しく買った文庫本を手にベランダに出て、置きっぱなしにしてある大志さん家からもらってきた椅子にしゃがんだ。出だしから心を引き込まれつつ、オートバイとおじさんを横目で観察した。2回ぐらい目が合いそうになり置きっぱなしの灰皿に目をそらすと、快晴のせいもあり気持ちが揺らいだ。ここはビールでも飲むとしよう。

植物に水をやってる姿がいつも丁寧で、おじさんには親近感を持っていた。オートバイの手入れにも時間をかける。いつもやっていることなのか、このタイミングだからなのか。もし普段あまり跨ることがないとしても、シートをはがされた車体からあふれるロマンを感じているのがよく見えた。いつかあの人と植物の話やバイクの話をできたら、なんて思ったけれどその勇気はとうてい沸きそうにない。

この小説、おもしろいなと読み進めていると今度はマウンテンバイクの手入れをはじめた。やっぱりこれも入念だった。おじさんはいつのまにか家にひっこんだらしい。きっとお昼にしてるんだろう。

僕も缶ビールを飲み終えてお腹がすいてきた。

区役所の車が、不要不急の外出は控えるようお願いします。というアナウンスを流しながら通り過ぎていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?