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人生ではじめての体験をするということ。

生きる時間が長くなるほどに、はじめての体験をすることは相対的に減ってゆく。当たり前のことである。おぎゃーと生まれた赤ん坊にとっては、この世界すべてのものが新しい。すべてのものに驚きを感じる。この新しいものは何なのか、どう理解すればよいのか、どう適応すればよいのか。24時間365日、まったく新しい体験の連続の中で、身体と世界をすり合わせながら自己を立ち上げ、世界観を獲得してゆく。

長く生きていくにつれて、その世界観という認知フレームに「現実」や「常識」と名前をつけ、当たり前のものとして受容してゆく。いちいち情報処理をしなくてよいので、認知コストは下がる。うまく現実を生きられるようになってゆく。何も考えなくても自転車に乗れる。駅に向かって歩いてゆける。横断歩道を横切って、人混みを避けながら。Suicaを取り出し。LINEに返事を返しながら。改札を通り抜けてゆくことができる。

しかしうまく生きてゆけるようになることと引き換えに、新しいものに対する感受性は失われてゆく。否、正確に言えば「新しいものと向き合わなくても、うまく生きて行けるようになる」。毎日こんなにも新しくて面白いことが起きているというのに。いつも通る道も、見方を変えればいつだって非日常に変わるというのに。自分の認知フレームの側が、新しくなる世界を少しずつ受容しなくなっていくのだ。

20代も終盤にさしかかって、自分の中にある世界が少しずつ固くなっていっている感触を時折感じるようになった。少し油断すると、これまでの認知フレームの延長線上で、毎日を当たり前のものとして受け入れてしまう自分が顔を出す。そんな面倒臭いことをしなくてもいいじゃないか。だって問題なく生きていけているのだもの。

これはやばいと思って、去年の1年間は非日常体験に飛び込んで、自分の認知フレームをぶち壊そうと意識的にあれこれやってみた。きっかけになる興味のフックは広げながら、実利的な意味がなさそうなことであればあるほどやる気を出した。自分にとって意味があることは、既存の認知のフレームですでに捕まえることができているからだ。

2019年に体験した中で、自分の認知フレームが大きく揺らいだ体験を書き出してみる。世界観を強制的に再構築させられたり、世界の解像度が上がったり、新しいアイデンティティにつながったり。
それなりに数があったので、できる限り構造的に言語化しようと試みた。結果、あまり美しいとは言えないが、自分の認知フレームを揺らがせるための3つのアプローチとして分類できそうだった。
 A.行動範囲を拡張する
 B.認知範囲を拡張する
 C.認知様式に介入する

【A.行動範囲を拡張する】

A-① ひたすら歩くその先に  [四国と宇宙]

5月にお遍路に行った。
四国で空海さんが開いた八十八ヶ所のお寺を歩いて巡るというあれだ。
(補足すると、別に必ずしも歩く必要はないらしい。車遍路とか、バス遍路というものもあると聞いた。それでも僕は歩いてみたいと思った)
「歩いて何になるの?」という質問はクリティカルだ。歩いて何になるかを知るために歩いているからだ。

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歩き遍路だと一周するのに40-50日かかると聞いて、一度に回ることは諦めた。結局6日間で約200km、ざっくり全体の8分の1くらい歩いて四国を後にした。お遍路で考えたことは詳しく別でまとめるつもりだが、ざっくり箇条書きにしてみると。

・だんだん「足が痛い」以外の感情がなくなる
・雑念は結構簡単に払えるが、「足が痛い」という感情はなかなか払えない
・「移動するために歩く」から「歩いているから歩く」に変わる
・意志があって体が動くのではなく、体が動いて意志ができてくる
・受動態でも能動態でもなく、中動態(*)的な身体運動を実感できる
・お遍路とは、数百年の時を超えて、歴史的空間と身体を重ね合わせること
・空間を固定することで、流れる時間・流れてきた時間を体感できる
・孤独だけど、孤独感は感じない 
などなど
(*)『中動態の世界 意志と責任の考古学』より

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実はちょうどこの頃、縁あって宇宙飛行士の若田光一さんとお会いする機会があった。交換した名刺に「宇宙飛行士」と肩書きが載っていて、あまりのかっこよさと眩しさにくらくらした。宇宙空間で過ごした日常を言語化される若田さんと向き合いながら、僕は地球上で過ごしているこの日常を言葉にしてみようと思った。別に対抗したかったわけでは全くないが、宇宙を飛行して「宇宙飛行士」なのであれば、地球を歩く僕はさながら「地球歩行士」だなと思いながら、四国の大地を踏みしめた。「人類にとっては何の意味もない一歩だが、あなたにとっては偉大な一歩だ」というアームストロング船長の声が聞こえてきたような気がした。

A-② 陸上から海洋へ  [情報と体験]

9月に1級小型船舶免許をとって、船に乗れるようになった。
地球上で陸地が占める割合はたったの3割で、残りの7割は海洋が占めているらしい。まさに水の惑星。僕らが当たり前のように生きている生活圏は、この地球上のたった3割でしかないのだ。そう思って次に気がついた時には、学科試験と実技試験を受けて船乗りになっていた。

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陸地が地球のたった3割と書いたが、その3割のうち自分の生活範囲のカバレッジはぶっちゃけ0.1%もないだろう。ある友人からは、「船舶免許をとるまえに、行ったことのない国に行けや」と言われたりもした。たしかに。

しかし、それでも。「海に出ようと思ったら出られる」というケイパビリティを身に纏うことは、否が応にも自分の世界を拡張した。「僕が生きている世界」という言葉がカバーする領域が、陸だけでなく海にも広がった。そして、免許をとって繰り出した初めての航海で、今まで情報としてしか知らなかった海の美しさや怖さを身体を通して思い知った。凪いだ瀬戸内の海は、今までの海のイメージが覆るほどに穏やかで青くて淡くて、自然と涙が目に浮かんだ。

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(脳が言葉や画像を通じて理解した「情報」と、身体が五感+αを総動員して思い知った「体験」の違いは大きい。「言分け」と「身分け」という言葉で表現してもいい。)

ケイパビリティの拡張こそが重要だ。世界観とは、ケイパビリティによって形作られているのだ。歩けること。走れること。言語が操れること。外国語がわかること。乗り物に乗れること。料理ができること。花の名前を知っていること。コードが書けること。写真が撮れる事。そのすべてが僕らの世界観をかたちづくる。
ケイパビリティには、「何かを実現する能力」だけではなく「何かを実現しない能力」という負の能力も含まれる。言うなれば、「何かをしない能力」「答えが出ていない状態に耐える能力」。イギリスの詩人ジョン・キーツが言った「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念は示唆的だ。

📕ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書)

知り合いに「レンタルなんもしない人」という人がいる。「何もしない」わけではない。「『何もしない』をする」のだ。これは実はかなり難しい。

少々脱線したようにも感じるが、これらは船乗りになることを通じて考えたことだ。「船に乗れるようになること」の結果の一つとして、「こういう(面倒臭い)ことを考える認知フレーム」を獲得したとも言える。

A-③ 空気中から水中へ  [肺とエラ]

船に乗りながら考えた。
海上に出ることはできるようになったが、所詮これは肺呼吸という生物学的構造に基づいた世界を生きているのではないかと。
一瞬、えら呼吸になってみたいと思ったが、それだと人間をやめなければならなくなるので、ダイビングのライセンスを取ることにした。肺呼吸は変わらないが、ひとまず水深18mまでは水中に潜ることができるようになった。

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水中環境への拡張は、これまで当たり前だと思っていた世界観をかなり深いところから壊してくれた。
もっとも驚いたのが、自分でコントロールできるパラメーターに「重力」が加わったことだ。(正確には「重力」ではなく「浮力」なのだけど、身体感覚としては重力のコントロールだし、そっちの方が中二的なテンションが上がるので「重力」と書く)
僕らは普段の生活の中で、当たり前だが、自発的に空中に浮かぶことはできない。なぜなら地球との間に生じる万有引力によって常に地球に引っ張られているからだ。重力に従って落ちることはできても浮かび上がることはできない。

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しかし、水中ではその常識は崩れ去る。肺に入れる空気の量をコントロールすることで、自発的に沈んだり、浮かんだり、無重力に近い状態を作ることができるのだ。これには正直痺れた。
「視界」「歩く速度」「骨格筋収縮」など、自発的にコントロールできるパラメーターに「重力」が一つ加わるだけで、自分の世界観は大きく揺らいだ。身体の使い方が根本から変わったからだ。呼吸の仕方を整え、自分にかかる重力(浮力)を調整することで、魚と同じ目線になったりサンゴ礁と戯れたりできる。5m、10mを自在に浮き沈みすることができるようになり、擬似的な無重力状態も味わうことができた。

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そして同時に、人間が空気という窒素8割・酸素2割(あと1%くらいのアルゴンなど)から構成される媒質の中で生きていることを実感した。海から陸に上がったときの、鼻から胸いっぱいに空気を吸い込むときの感覚といったら格別だ。その直後に感じる凄まじいほどの自重の重み。こんなに重いものを筋肉は支えていたのかと愕然とする。
地球に戻ってきた宇宙飛行士が自分の筋肉で自重を支えられない感覚や、重力の小さい別の惑星から地球を訪れたときの宇宙人の気持ちを想像して、重力に基づいて作られていた自分の認知フレームがぐらぐらと崩れ、強制的に再構築される音が聞こえてくる。

A-④ 延々と車で走るアメリカ砂漠  [大地と文明]

10月に、アメリカの大地を自動車で初めてドライブした。
Route66と呼ばれるアメリカ西部の発展の土台となった連邦最初の国道で、昔「Cars」を見て一度走ってみたいと思っていた道だ。東西横断をすることは到底できなかったが、砂漠のど真ん中を貫く一本道を、延々と1000kmくらい走った。

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朝夜は極寒、昼は酷暑の砂漠のど真ん中で、カントリーミュージックを聴きながらクルーズコントロールにした車を走らせる体験には、地球の大地と人類の文明を感じずにはいられなかった。同時に、自動車という最小単位の生存環境が、自分を生かしていることを実感する。自動車は単なる移動手段ではなく、一つの生存システムにもなったのだ。震災が起きた時に、自動車に住める人と住めない人で生存率が異なることを思い出す。

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左ハンドルであることや、交通ルールが異なることには案外すぐ慣れた。道路+自動車は、グローバルな社会システムであると同時に、普遍的な移動のユーザーインターフェースであることを思い知った。
車を借りる時、せっかくのRoute66なのでFordを借りるつもりだったのだが、結局日和ってトヨタ車を借りたりした。なんか少しだけ悔しかったけど、正直あのエンブレムには安心感があった。途中猛烈な時差ボケで寝落ちしかけたときは死ぬかと思った。

A-⑤ 10年後に向けて。

詳しくは書かないが、今までの人生でもっとも時間的・空間的な射程が長い、人類の行動範囲の拡張につながるプロジェクトを一つ立ち上げた。

人類の歴史を紐解くと、「ここまでが人類の活動領域だよね」という境界線をじわりじわりと漸近的に拡張し、再定義し続けてきた歴史と言えるだろう。10万年前にアフリカで誕生した人類によって始められた、「地平線→水平線→水中・大気圏→宇宙・仮想空間→・・・」と続く生存圏拡張の旅は、決して直線的なものではなく、幾度とない一進一退を繰り返してきたはずだ。しかしそれでも、ごく一部の突然変異的な個体(群)による行動範囲を拡張するトライによって、「常識的に考えて人類の生存圏はここまで」という「常識」の認知フレームが都度都度書き換えられて、広げられてきたことは疑いようがない事実だ。僕らはまだグレートジャーニーの途上にある。

【B.認知範囲を拡張する】

B-① 日常から舞台へ  [現実と虚構]

ここからは、行動範囲ではなく認知範囲の拡張である。
去年の一年間は、これまでの人生であまり向き合って来なかった「舞台」というものにハマりにハマった。特に、演劇、歌舞伎、落語に夢中になった。

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野田秀樹、松尾スズキ、ケラリーノサンドロヴィッチなど、一流の劇作家によって音楽、役者の身体とともに構築された現代演劇や、江戸時代から続く様式美と現代の歌舞伎役者の時空的融合によって構築された歌舞伎、また、座布団の上に座った一人の噺家の言葉と振る舞い「だけ」で構築された落語など、舞台で立ち上げられる異空間に魅了された。

この「舞台」と呼ばれる、五感に働きかけることで現実感を歪ませ、現実とは違う新たな世界観を提示する一回性の芸術は、 これからVRや5G、4K8Kなどの時空拡張型のテクノロジーの社会実装が進んでも、いや、だからこそ、大きな価値を持ってゆくことを予感する。
演技として表現されるものは確かに虚構だが、それが現実世界と地続きな「舞台」という装置を通じて体験されることで、現実を生きる僕らの認知フレームは不安定になる。「目の前で起きていることは、果たして演劇(虚構)なのか、日常(現実)なのか」という虚実の境界線が、どこまでも曖昧に溶け合い重なり合っていく感覚が実に心地いい。

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舞台が虚構で、日常が現実、というわかりやすい二元論ではなく、単に僕らの生活のモードが「演劇的」か「日常的」かという、認知フレームの問題でしかないのかもしれない。

ちなみに、20本くらいの舞台を観たが、その中でももっとも印象に残っている舞台は「新作歌舞伎 風の谷のナウシカ」だ。

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30年前に描かれた宮崎駿の傑作とも言える漫画原作を、300年前から続く伝統芸能で表現するという歴史的な現場に居合わせることができて、しばらく立ち上がることができなかった。原作の7巻すべてを丸一日かけて通し狂言で上演するという狂気的とも言える題目に身震いがした。
詳しくは描かないが、ラストは衝撃、表現としての伝統芸能が新たなステージに進んだように感じさせられる舞台だった。今年2月に前編後編それぞれ1週間限定だが、全国の映画館で観られるようなのでぜひ観てみてほしい。

『風の谷のナウシカ』ディレイビューイングのお知らせ

B-② 触覚と聴覚の相互強化  [感覚と環境]

7月、小学生の頃以来にピアノの練習を再開した。
きっかけは、阿部海太郎さんのコンサートに行ったことと、『四月は君の嘘』を3回読んで、3回とも読みながら引くほど大号泣したこと(恥)

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もともと下手くそだったし、今も単なる趣味だけれど、これが自分の感性の新しい部分を刺激してくれた。昔は単なる苦行としか思えなかった「ピアノを弾く」という行為も、認知的な視点で分解すると、感覚を総動員した大いなる身体運動であることが実感できた。ある意味ひとつのスポーツだと思った。

(1)大脳で楽譜をパターン認識して
(2)小脳から指先に指令を出し(「指令」という言葉が指の命令と書くのも面白い)
(3)特定の指を動かして、鍵盤との接触面を触覚で感じながら、
(4)奏でられた音を耳で捉えて音声認識をする

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ピアノを練習していると、日常生活の中で音感やリズムに対する感覚が鋭くなるだけでなく、明らかに、指先の触覚に代表される「身体と環境のインタラクション」に敏感になる。これは、普段から楽器を扱う人にとっては当たり前のことなのかもしれないが、僕にとっては衝撃的な発見だった。

B-③ 筋刺激による神経伸長  [精神と身体]

1年前から、ストレッチと筋トレを始めた。
Dr.Stretchとジムに課金をして、全身の骨格筋や平滑筋に、部位特定しながら刺激を入れるようになった。

もともとは単なる身体作りのために始めたものだったが、やってみると、自分の精神状態が身体によってつくられていることを実感した。「悲しいから涙が出るのではなく、涙が出るから悲しいと感じるのだ」というどこかで聞いた定説の通り、「気持ちがあって身体が動く」のではなく、「身体を動かすことで気持ちが作られる」のだ。自分のままならない感情を操縦するためには、精神論でどうにかするのではなく、身体とうまく付き合うことが一番なのだと腹落ちした。

例えば、筋肉の柔軟性を調整して、良い姿勢を保つことができるようになると、深く呼吸できるようになり、深い呼吸が集中を導き、覚醒状態をコントロールできるようになる。あるいはもっと直接的に、筋肥大を促すことでテストステロン分泌が促され、ダウナーな気持ちが吹き飛ぶこともある。

中でも興味深かったのが、筋刺激を入れながら筋肉の名前を覚えるだけで、その部位の触覚が鋭敏になり、自発的に動かせるようにもなったことだ。名前をつけることで、神経が伸長し、意識を向ける対象になるのだ。大げさに言い切ってしまえば、「言語によって認知に介入して、身体を変えた」と言うこともできる。この辺りは、下記の本が学びが深かったので興味があれば読んでみてほしい。

📕アナトミー・トレイン第3版: 徒手運動療法のための筋筋膜経線
(煽り文の「さあ、筋筋膜経線をたどる旅へ、解剖列車に乗って出発進行!」という真顔なのか冗談なのかわからないパワーワードが面白い)

【C.認知様式に介入する】 

C-① 新たな言語で世界を解釈する  [外国語と会計]

もともと下手っくそな英語にコンプレックスがあって、いまだに全然なのだが、英語でものを読んで書くようになった。母語とは異なる文法構造で自分の考えを言語化することは、認知フレームを強制的に変えさせる。おかげで仲の良い友人から、「日常的に話す言葉も構造的で翻訳調でキモくなった」と言われたりもした。本当にありがとうございます。

(ちなみに、好奇心の塊みたいで尊敬している知り合いがいるのだが、その人が「東京を歩いていて耳に入ってくる中国語がどんなことを話しているかを知りたくて中国語の勉強を始めた」と言っていて衝撃を受けた。「中国でビジネスをするから」とか「Tiktokなど中華SNSが伸びているから」とか、実利的な動機で言語獲得を目指す人は多くいるが、自分の好奇心ドリブンに言語獲得を目指す姿勢に胸を打たれた。)

もう一つ。事業の価値を定量化するファイナンスという言語のインプットも始めた。価値が時間によってディスカウントを受けるという世界観はビジネスにはもちろんのこと、意思決定や日常生活にも応用できるフレームだった。個人的には、少し飛躍するようではあるが、日常生活で出会う体験の中には、時間ディスカウントを受けない価値もあるような気がした。

📕コーポレートファイナンス 戦略と実践

📕意思決定の理論と技法―未来の可能性を最大化する

本当は、Pythonとデザイン言語の勉強もしたかったのだがぜんぜん追いつかなかった。今年に期待している。

C-② 意味性の極地へ  [アートと宗教]

世界の成り立ちや世界観の根底を揺らがせるような作品や歴史的物語を求めて、あちこちに行った。仕事も少しだけ作ることができた。

アートという言葉が適切かはわからないが、<意味>を再構成している体験的なアートに身を浸した。ここはと思った美術館には一日中身を沈めて、自分の認知フレームがどう変わるかを観察した。他には、数百年・数千年の歴史的ストーリーを紡ぐ神話や仏教、民芸の名跡を巡ったりもした。数百年というオーダーで語られる寺院縁起や神話を読んでいると、数年、数日というオーダーで生きる自分がバラバラに分解されていくような心持ちになった。

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ちなみに、「アートをビジネスに応用する」という論調を耳にするが、僕は少々懐疑的だ。アートとはそもそも目的や存在理由そのものを揺らがせるものであり、ビジネスの手段としてアートを用いることは、どこかで歪みが生じることにつながるのではと考えるからだ。そしてそれは、数的合理性ともっとも相性の悪いものだ。何かの本に書いてあった言葉が示唆的だ。

アートとは世界中で一人でもそれを必要だと感じる人がいれば、それだけでその人のために存在する価値があるのだ。世界中で一人をのぞいて全ての人が「そんなものは不要だ」と言ったとしても、一人がそれ無しに生きていくことができないのであれば、それは存在すべきアートなのだ。

2019年、僕は生きづらさを感じたときには、常にアートに助けを求めた。アートから「答え」を得ることはかなわなかったが、新たな「問い」のフレームをいくつも提示してくれた。「常識」と呼ばれる自分の立っている日常の基盤を心地よく、時には不安になるほどに揺さぶってくれた。中でも、五感をハックしたり、人間の認知に介入したりする作品には殊更に興味を引かれた。

<小豆島 ジョルジュ・ルース「Shodoshima2018」>

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<猿島 Sense Island -感覚の島->

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<神勝寺 禅と庭のミュージアム 名和晃平/SANDWICH「KOHTEI 洸庭」>

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個別の作品や物語がもたらしてくれた体験については、別途どこかで言語化しようと思う。

📕地中トーク 美を生きる 「世界」と向き合う6つの話

📕ブッダが説いたこと

最後に

正月休みの最終日、2019年に残されたアディショナルタイムのような思いで一晩でnoteに書きなぐった雑文が、気がつけば1万字近くになっていて引いた。校正し始めると一生公開できなさそうなので、勢いの雑文のまま公開してみることにする。一番の読者を「未来の自分」に想定して書いてしまった個人的な文章なので、読みにくい部分が多々あったと思うが、もしここまで読んでくださった方がいたら、本当にありがとうございます。何か興味のフックに引っかかるものがあれば嬉しい限りだ。感想やフィードバックは常に待望しています。

最後に、目[mé]展で選ばれていた3冊の選書から運命的に出会った1冊である『知恵の樹』の一節を引いて2019年の総括としたい。この本に記された理論は、2019年に試行錯誤してきた体験と考察の実践に大いなる意味を与えてくれた。

確信を疑え。認識を疑え。いま「見えている」と信じている「世界」を疑え。見られているすべてには、それを見ている誰かがいる。語られていることのすべてには、それを語っている誰かがいる。その「見る者」の位置、「語る者」の位置を疑うことなく、何かを知ることはできない。何かを知り、おこなうことはできない。まず、すべてを疑え。徹底的に疑え。その上で、自分自身が他の人々、あるいは人間だけでなく他のすべての存在との相互作用を通じて(アクションを通じて、つまりはただ生きることを通じて)ともに生起させているこの「世界」の途方もない厚みとゆたかさに、覚醒せよ。

📕知恵の樹―生きている世界はどのようにして生まれるのか
2019年の最後に読んで、2020年の最初に読んだ本になった。

あらゆる領域でデジタルテクノロジーの社会実装が着手されはじめた2010年代が終わりを告げ、新しい2020年代が幕を開けた。テクノロジーによって僕らの日常が日夜書き換えられていく時代であることと、そして僕らが否応無しに年老いてゆく生物的存在である事実をしっかりと受け止めながら、「世界(観)」と呼んでいる自らの認知フレームを壊して再構築するという、恥ずかしいほどに<コドモ的>な営みを、これからも愚直に続けていきたいと改めて強く思っている。

#Photo : Fujifilm X100F / iPhoneX