富山でミュージカル『ヘッズアップ!』を観劇しました。

(ネタバレがあるかもしれません。ご注意ください)

 ヘッズアップという言葉は舞台上でバトンと呼ばれる棒が下りてくるときに注意を即す時にアメリカで使う言葉らしい。この作品は公演日当日の仕込み(搬入と舞台セットの組立等)からバラシ(後片付けと搬出)までを描いた作品だ。出演者は主に裏方と呼ばれる人たちを演じる。原案と演出はラサール石井。私の中でいつまでたってもコント赤信号のイメージが抜けない。主演・元舞台監督役哀川翔は元不良のイメージ。製作役青木さやか、この方の肩書きがわからない。お笑い?この作品はミュージカルだが歌やお芝居が想像付かない。地元アルバイト役池田純矢。戦隊の人ですよね。若手イケメン枠?これらは公演概要を見たときに持った正直な感想だ。ちょっと観劇を躊躇した。でもそんなことに囚われて「観ない」という選択をしなかったことはとても良かった。これから見る人は安心して見て欲しい。
 「ここは栃木県の黎明会館です」そう言って客席から現れたのは劇場の雑用係熊川(中川晃教)。人懐っこい笑顔と綺麗な歌声で素舞台(セットも何もない状態の舞台。ここでは素舞台を模したセット)を華やかにしていく。これがあの中川晃教かぁ。評判だけを10年近く聞き続けていた。もしゃもしゃ頭のイメージだったがスッキリとした短髪で、もしかしたら地方公務員かもしれない黎明会館の職員っぽく、物腰が柔らかで人当たりのいい青年だった。彼の歌はここでたっぷり堪能する。その後新人舞台監督新藤(相葉裕樹)が自信なさげに現れ、製作の本庄(青木さやか)が発破をかける。ここで築30年、老朽化が進む黎明会館で『ドルガンチェの馬』1001回公演を行うことになったいきさつが語られる。すべて78歳ベテラン俳優・小山田丈太郎(今拓哉)のわがままからきたものであると。
 コメディーとミュージカルを一身に背負っているかのように、歌うことで笑いを生み出したのは小山田役の今拓哉だ。出演者の中で確実にミュージカル俳優の肩書きを持つ今さんは、小山田として圧倒的な歌唱力で登場し、一気に作品をミュージカルにした。しかし、小山田はボケていた。老人性のボケだ。本人は本番だと思っているので本気だ。なだめて今はマチネ(昼公演)だったということにして控え室に帰ってもらう。夜の本番が始まるともちろん今さんの小山田は本気の歌唱を披露する。歌うは劇中で上演される作品と同名タイトルの曲だ。ここでハプニングが起こるが無事に(ではないと思うが)回収して舞台『ヘッズアップ!』は休憩に入る。観劇中この『ドルガンチェの馬』というタイトルは嫌と言うほど頭に叩き込まれる。見終わったあと脳内にこびりついて離れない。なんなら今も頭の中で鳴っている。2幕に入ると公演終了後のバラシに入っていた。バラシをしながら回想で舞台のいくつかの場面が演じられる。ここでも小山田は大活躍だ。
 つい小山田を語ってしまうが、このハプニングだらけの舞台公演で成長していく人たちの姿もあった。新人舞台監督の新藤は元舞台監督の加賀美(哀川翔)に「最初はおどおどしていたのに今では立派になった」と褒められた。この作品の冒頭でもオロオロしていて、ブカン(舞台監督)は加賀美で良いじゃないかとごねてみる。それを製作の本庄と加賀美にたしなめられるのだ。もっと自信を持てと。彼らの期待に応えるべく、本番直前に舞台上に馬がいないのはおかしいと言い張る小山田のわがままにも彼のアイディアでうまく表現し、さまざまなハプニングを高所恐怖症の照明デザイナー飯塚(陰山泰)や他のスタッフの助けで乗り越えた。劇場入りしたときに出会った熊川と会館を後にするときに言葉を交わし、この公演を30年ぶりにここで行った意味を噛み締める。きっとこれからも周りと一緒に奮闘する舞台監督になっていくのだろう。そんな未来が見えた気がした。衣装のまき(外岡えりか)は女優を目指しているはずなのに衣装としてのスキルがどんどん上がっていっていることに愕然とするが、その仕事ぶりは評価される。小道具の桃子(新良エツ子)は女性初の舞台監督を目指す。地元の若者で初めて裏方のアルバイトをする佐野(池田純矢)はだんだんと舞台製作の魅力に取り付かれていく。そこに人の良い製作部の面々(橋本じゅん、芋洗坂係長、オレノグラフィティ)が笑顔で彼を迎え入れる。哀川翔と元妻で女優の真昼野ひかる(大空ゆうひ)は絶縁状態だったが舞台が終わる頃には仕事仲間として笑顔を交わす。これも一つの成長、前進だろう。
 一人、成長していないのが演出家の海老沢(河本章宏)だ。1001回目の公演なんて認めないといって演出家助手に現場に行くように命じていた。やってきたのは命じた助手とは別の助手・立川エリカ(井上珠美)。本来指示を出した別の女性助手とは何かありそうだ。結局、気になってやってきた演出家はせっかくまとまってきていた現場に思いつきで指示を出し混乱させる。しかも香水の匂いが強くて臭いという設定。実際の演出家に会ったことはほとんどないがこれも観客のイメージとして、こんな演出家いそう~と思わせる場面だった。こんな○○いそう~というのはおそらくそれぞれの役にちりばめられていたのだと思う。スタッフは役者を目指していた人が多い。中には戦隊ショーの着ぐるみの中に入っていた人もいる。これもありそう。(余談だが仮面ライダーでもウルトラマンでもなく戦隊ショーなのは相葉と池田が出演しているからだろう。)製作部は元不良でリーダー格の久米(橋本じゅん)を慕って製作会社に入社した社員たちだ。これもありそう。地元で舞台に携わっている人に聞いてみると高所恐怖症の照明さんもよくあるエピソードらしい。ベテラン老俳優がセリフを3ページ飛ばすとか、歌詞を忘れて2時間ハミング聞かされても困るとか言われると、つい去年見たばかりのあの俳優を思い出す。アルバイトから舞台の世界に入るのもあるあるだと思うし、一緒に仕事をした女性を片っ端から彼女にしていく演出家やベテラン俳優もイメージとしてはありそう~となる。(仕事柄ノーといいづらい状況で性交渉に持ち込むのは犯罪の可能性あり。ここはコメディとして笑うべきなのかもしれないが、演劇界の悪しき習わしとしてチクリと刺したと思いたい気もする。)製作の本庄は小山田の熱烈なファンだった。ありそう~。仕事中はそんなことは欠片も見せないで「デキる製作」として振舞っていた本庄が、なぜ小山田がこの作品を黎明会館で公演することにこだわったのか理由を知って初めてファンだったと告げる。会館職員熊川は30年前一幕しか見られず心残りだった『ドルガンチェの馬』をラストまで見ることができてある意味前に進めただろう。
 ミュージカルなので歌はかなりある。前半音響が万全ではなくて2列目だと生声が聞こえたのだが、言葉がクリアな人とそうでない人がはっきりわかってこんなに違いがあるものかと驚いた。だからといって成り立たっていないわけじゃない。今さんと大空さんが劇中劇で歌う場面は誰もが納得のミュージカル風である必要があったと思うし、元劇団四季と元宝塚の俳優を配役したのは狙ってのことだったと思う。橋本じゅんと相葉裕樹は『レ・ミゼラブル』に出演していたし、一般的に歌はオッケーというイメージ。新良エツ子さんは歌唱指導もする方らしいので期待していた。今回席が近すぎて、歌全体のバランスはちょっとわからなかったけど、ずば抜けてうまいと思えない人も、舞台上で違和感がなくむしろ存在感たっぷりで、そこにいる意味があるように思えた。何より名前を見たときにバラバラに見えた出演俳優たちのそれぞれの個性を生かしつつ一つの方向に向かって行く感じがものすごく見事だった。本来当たり前なのかもしれないが、私はなかなか出会うことがない。
 劇中の言葉で「観客は演出や俳優を見に来てるんじゃない。そこにある熱を感じに来てる」という言葉があった。言葉は正確ではなくて申し訳ないがニュアンスで伝わるだろうか。この言葉にものすごい勢いでうなづきたかった。舞台はどんなに上手い俳優がいてもどんなに大好きな推しがいても、舞台上から観客席へ向けた「熱」を感じられないと見終わったあとの満足度が不足する。ミュージカル『HEADS UP!』には私にとってとても良い「熱」があった。



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ミュージカル『ヘッズアップ!』

原案・作詞・演出:ラサール石井
脚本:倉持裕 作曲・音楽監督:玉麻尚一 振付:川崎悦子

出演:哀川翔(元舞台監督・加賀美賢治)、相葉裕樹(新人舞台監督・新藤祐介)、橋本じゅん(製作部・久米長一郎)、青木さやか(製作・本庄まさこ)、池田純矢(アルバイトくん・佐野慎也)、今拓哉(老俳優・小山田丈太郎)、芋洗坂係長(演出部・滝幸男)、オレノグラフィティ(演出部・九条六平)、陰山泰(照明・飯塚浩二)、岡田誠(音響・児玉哲也)、河本章宏(演出家・海老沢克美)、新良エツ子(小道具・池田桃子)、井上珠美(演出助手・立川エリカ)、外岡えりか(衣装・朝倉まき)、福永吉洋(トランポ運転手)、大竹浩一(役者・望月健一郎)、森内翔大(役者・妹尾健)、香月彩里(照明助手・飯坂さおり)、谷須美子(照明助手・小南佑子)、伊藤結花(音響助手・青木知子)、小林佑里花(照明助手・松村ユキ)、(大空ゆうひ(女優・真昼野ひかる)、中川晃教(劇場付雑用係・熊川義男)

日程:2018年1月20日(土)18:00開演
会場:オーバードホール(富山市)

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