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日本市場への進出を成功させるために知っておくべき重要ポイント

*この文章は海外の起業家・投資家向けに英語で発信した内容の日本語版になります。

世界中のスタートアップコミュニティの人たちにとって、日本は非常に魅力的な市場である。日本のGDPは、今年の時点で世界第4位だ。2位の中国を除けば、世界で3番目に大きな市場である。(円安の影響で、GDPはドイツに抜かれて4位になったが、これは為替の影響であるため、為替が平準化すれば、おそらくまた第3位に戻るだろう)。

なおかつ今、日本におけるデジタル投資額はものすごい勢いで伸びている。「日本の会社は意思決定が遅くダイナソーで、なかなかソフトウェア・システムが入らない」というイメージを持っている人もいるかもしれないが、そんなことない。背景にあるのは人口減少だ。日本企業の多くが、今は労働力不足に直面している。それによって、デジタルへの投資を増やさざるを得ない状況になっているのだ。もちろん、アメリカに比べれば遅れてはいるものの、かつてに比べれば、日本におけるソフトウェアの導入は非常に速く進んでいるといえるだろう。

こうした理由から、アメリカをはじめ、韓国やオーストラリアなど「日本市場へ進出したい」と考えているソフトウェアベンダーの人たちが非常に多いのだ。

しかし日本市場への進出は、アメリカと同じアプローチではうまくいかない。なぜなら、日本は非常に独自のカルチャーが強いマーケットだからである。社員の考え方、働く上でのプロトコル、お客様の性質、市場における競争環境まで、アメリカとは前提条件が大きく異なっている。日本市場への進出を狙うアメリカ企業は、この点に留意する必要がある。

そこで今回の記事は、日本への進出を考えている、おもにアメリカのスタートアップの方達に向けて「日本とアメリカの違い」についてシェアできればと考えている。また、日本のスタートアップで「海外に出たい」と考えている人にとっても、参考になる内容になればと思う。

・アメリカ企業と日本企業の「働き方」の違い
・アメリカと日本の「市場」の違い

私自身の経験をもとに、上記の2点を中心にお伝えしたい。

*今回はわかりやすく「アメリカと日本」という切り口で書いていくが、アメリカ以外のスタートアップの方たちにとっても、参考になるのではと思っている。


①アメリカと日本における「働き方」はどう違うか?

アメリカと日本の働き方の違いは何か? システム用語で例えるなら「疎結合」か「密結合」かの違いである。

アメリカが疎結合、日本が密結合である。疎結合とは、一つひとつの機能が干渉し合わず、APIで繋がっているような状態である。一方で密結合とは、すべての人が関わり合って、調整し合いながら成立しているということだ。APIで繋がっているのではなく、1つのシステムの中に様々なコンポーネントが入っており、それぞれが相互作用しあいながら動いていく。これが日本の働き方である。

具体的にはどういうことか?

アメリカの働き方は、基本的に「ジョブ型」である。ジョブファミリーが非常に明確だ。たとえばマーケティング1つとっても、デジタルマーケティング、イベントマーケティング、コンテンツマーケティング、プロダクトマーケティング……などなど、さまざまなマーケティングの分野がある。セールスにしても、SDRやBDR、フィールドセールス、セールスエンジニアリングなど、種類は多様だ。アメリカ企業においては、それぞれの役割は、そういった細かい専門分野に分かれている。その役割を超えることは滅多にない。セールスエンジニアリングを専門にした人は、そのままセールスエンジニアとしてキャリアを積んでいくはずだし、SDRの人はSDR、BDRの人はBDRとして1つのキャリアを積んでいくはずだ。もちろん、そこからフィールドセールスへ移ったりすることはあるものの、基本的にはキャリアが1本のラインで繋がっている。

アメリカでは、こうした異なるキャリアを持った人たちが集まって、それぞれ仕事を分担する。基本的に、互いの仕事に対して干渉し合うこともない。たとえばマイケルとジェニファーは、それぞれ別のプロフェッショナルワークを持っていて、ジェニファーの仕事にマイケルが口を出すことはないし、その反対もしかりである。「チームA」と「チームB」も干渉し合わない。アメリカをはじめ、ほとんどのグローバル企業は、基本的にこうしたスタイルで仕事を回しているはずである。

しかし日本企業の働き方は、それと比べると非常に特殊である。

日本で働いたことのない人にとっては想像がつきにくいと思うが、日本には「総合職」というものがある。総合職=ジェネラルプロフェッショナルと、一般職=オペレーションアドミニストレーションに雇用形態が分かれている。総合職の人材は、1人で複数のジョブロールをローテーションしていく。たとえばあるときはビジネス開発を行い、あるときはマーケティング、あるときはサプライチェーンの開発、あるときは人事、あるときはFPA……と役割が変わっていく。これが日本社会に根付いた、とても一般的なワークシステムである。組織にいる全員が、なんとなく全ての役職のことが見えている状態になっている。

さらに、それぞれの役割の境目も非常に曖昧だ。たとえばMr.ヤマダとMs.スズキ、この2人のジョブロールはあまりクリアになっていない。個人とチームの境目もほとんど存在せず「チームで1つのことを達成しよう」という発想で動いている。部署ごとの権限も曖昧で「チームA」と「チームB」が干渉し合うこともよくある。

日本企業においては、個人の専門性よりも、チームのコンセンサスをとることが重視されがちなのである。この点が、日本企業の独自性を作っているといえるだろう。

・アメリカは「トップダウン」、日本は「ボトムアップ」

この構造がもっともよく表れるのが「レポートライン」である。

アメリカの場合、組織内での役割は明確である。そのため、自分のボスは誰なのか。そのさらにボスは誰で、そのまたボスは誰で……と、レポートラインも非常にクリアになっている。CEOをトップに、レポートが「上から下」へと降りていく。トップが方向性を決めて、それをもとに各プロフェッショナルがエグゼキュートしていく、という形式を取っている。

しかし、日本の会社の場合はそうではない。組織での役割が曖昧なため、レポートラインがクリアではない。どちらかというと「部署制」と言ったほうが近いかもしれない。部署、チームの単位でコンセンサスを取りながら意思決定をするわけだ。ある種のレポートラインといえばレポートラインではあるのだが、アメリカのやり方とは大きく異なっている。

そのため日本企業においては、レポートラインの矢印は「下から上」になりがちだ。戦略を決めるのはトップではなく、よりボトム、現場に近い人たちなのだ。たとえば「これを達成するために、今回は我々がこう動きます」と、現場の人たちが上へとレポートする。その際に、提案を承認するかどうかの議論が行われる。それが承認されれば、もう1つ上にレポートが上がり、そこでも議論がされ……と続いていくわけだ。つまり日本企業においては、1人の強いリーダーシップによって物事が動くというよりは、組織の関係者のコンセンサスによって物事が動く、という特性がある。

アメリカ企業の場合、CEOなどのトップが持つインパクトが大きいが、日本の場合はそうではない。「トップダウン」というより「ボトムアップ」が強いのだ。

・日本人と働くときに注意すべきポイント

では実際に、アメリカ企業のCEOが日本市場に入り、日本人をハイアリングするとき、何に気をつければいいのか? 

日本人と働く際の「良い点」と「注意すべき点」をそれぞれ説明したい。

まず、日本人と働く「良さ」についてである。ひとつは、とくに現場において、多くの人が組織の「全体感」を理解できているということだ。自分の仕事だけではなく、他のメンバーが何をやっているのかを理解しようとする。そうした強いオーナーシップを持つ人が多いのだ。また、自分がこれまで経験したことのない新しい業務であっても、自分のロールに規定されたことであれば、積極的に学ぶことができる。日本人の「総合職」、ジェネラルプロフェッショナルの人たちは、この点が非常に長けている。

一方で、日本人と働く際に、注意しなければならない点も2つほどある。ひとつは、さまざまな役割を経験してきた結果、「1つの分野の専門性を突き詰める」能力が弱いということだ。

もうひとつは、組織内でのコンセンサスを重視をするため、トップダウンが少し利きづらいことである。組織全体での同意、納得が醸成されないと、なかなか組織が動かず、パフォーマンスが上がらないのだ。「方向性を大きく変えよう」といった判断もしづらく、変化を起こすのが難しいということもある(しかし、ひとたび方向性が決まったときには、現場がものすごく精度の高い製品を作ることができるため、この点は一長一短だと思う)。

こうした点に注意しつつ、日本の働き方の良さを生かしながら、課題を解決していけるといい。

そのために重要なのは「我々の会社はどういうルール、考え方で運営していくのか」という前提を、あらかじめクリアにしておくことである。たとえば「コンセンサスベースでやっていこう」「一度決まったことはしっかりとコミットしよう」などといった、ベースとなる考え方である。それが明確になっていないと、いざ動き始めてから、考え方の前提に大きなギャップが生まれてしまう可能性がある。

②アメリカと日本の「市場」はどう違うのか?

ここまで、日本企業とアメリカ企業の働き方の違いについて説明した。次に日本市場の特性について説明したい。おもに競争環境や、顧客の嗜好の違いについてである。

アメリカのお客様と日本のお客様はどう違うのか? 

これは我々がソフトウェア、SaaSを提供するプレイヤーとして強く感じることだが、アメリカのお客様は1つの機能を深堀りした、尖った製品を好む傾向にある。それに対して、日本のお客様はオールインワンで、全ての機能が1つに入っているものを好みがちだ。日本のお客様は、アメリカと比べて「深さ」よりも「広さ」を求めるのだ。

これには2つの背景がある。ひとつは競争環境の違いである。もうひとつは、上述した働き方の違いに起因する。

まずは競争環境について説明する。アメリカの市場には、世界中からプレイヤーが集まってくるため、競争環境が非常に厳しい。これはソフトウェアに限らずあらゆる業種においてそうである。その結果、1社1社が特定の機能に“レーザーフォーカス”をする必要がある。つまり「1つの強みに特化していく」流れが起きやすいのである。たとえば製造業でいえば、iPhoneのケースに特化した会社や、AirPodsのカバーだけを作る会社など、1つの得意領域に特化した企業が増えてくるわけだ。ユーザーは、そうした複数の企業が提供するサービスをAPIで繋いで、全体を機能させて使うことになる。

一方で日本市場はそうではない。競合は国内企業だけであることが多く、アメリカに比べると競争は激しくない。そのため「A to Zで、全ての機能がオールインワンで入ったサービスを使いたい」というお客様からのオーダーが多くなる。1つの機能の「深さ」よりも、カバーしている範囲の「広さ」が重視されがちな傾向があるわけだ。これが、まず1つめの理由である。

もう1つは、さきほど話したように「プロフェッショナリティ」の問題である。日本企業においてはジョブローテーションが頻繁に行われる。去年までマーケティングの責任者をやっていた人が、あるとき突然、人事の責任者になったり、営業の責任者をしていた人が財務の責任者になったりすることがあるわけだ。しかも小さな会社だけではなく、日本を代表するようなグローバルエンタプライズでも、そうしたキャリアチェンジが日常的に起きている。

つまり日本には、大きな権限を持ちながらも専門性がそこまで高くないお客様が多いということである。たとえば人事の責任者になったはいいが「このHRマネージメントを、どういうソフトウェアで行なえばいいのか」といった考えを持てないことが、どうしても起きてしまう。その結果として、日本の会社はベンダーやSI企業に強く依存していたり、自社のマーケティングチームよりも、外部のマーケティングエージェンシーに頼りがちだったりする。電通や博報堂といったエージェンシーが非常に強い力を持っていることや、NECや富士通といったシステム会社にほとんどの機能をアウトソースする企業が多いのはそのためである。自社のプロフェッショナルが全てを見るのではなく、外部のベンダーが一貫性を持ってその会社をサポートする、という体制になりやすいのだ。

こうした背景から、日本市場においては、専門性の高い1つの複雑な機能を持つ製品よりも、オールインワンのわかりやすい製品のほうが好まれる傾向にあるわけだ。

アメリカ企業が国内に進出する際には、こうした市場のバックグラウンドを理解しておくことが重要だと考えている。

・外への「拡大」を目指すアメリカ、内側を「深堀る」日本

あくまで今回は、アメリカ型と日本型の組織、決してどちらが「良い」「悪い」という話をしているわけではない。ただ両者には特徴の違いがあり、それを理解することが重要だということである。

ここまで述べてきた「働き方」「市場の違い」が、実際のビジネスにおいてどのように表れるのか? 最後にそんな話をしたい。

先日、とある建築家の方の講演を聞く機会があった。彼は日本人でありながら、アメリカの大学院を卒業し、今も日本とアメリカの両方で建築の仕事をしている。そこで彼の語った「アメリカと日本の違い」が本質的で、非常に共感できるものだった。

彼は両者の違いについて、こう話していた。

「アメリカの基本的な思想やアティチュードというのは“おおらかに広がり続けていく、拡大していく”イメージである。一方で、日本の場合は“1つのことを突き詰めていく、深掘りしていく”イメージだ」と。私はこの指摘を非常に面白いと感じた。

これはレストランについて考えるとわかりやすいと思う。たとえば、ミシュランガイドのスターが世界で1番多い都市は東京である(2番目に多いパリとは、2倍近くの差がついている)。それだけ日本には多くの素晴らしい“職人”がいるわけだ。これは、日本人が何か1つのものを突き詰めて、作り上げる力が非常に強いということである。一方で、日本も含め世界でもっとも店舗数が多いのは、やはりマクドナルドやスターバックスなど、アメリカのフランチャイズ企業だ。日本国民にとっても、これらはある種のソウルフードになっている。アメリカは日本と違い、こうした「拡大」の思考が強いのだ。

外へ外へと広がっていくアメリカ的な考え方と、内側を深く掘り下げて、突き詰めていく日本的な考え方。アメリカと日本のビジネスの根底には、こうした発想の違いがあると考えている。

・アメリカ型の組織は「レゴブロック」、日本は「粘土」

さきほどは「日本人の働き方では専門性が身につきづらい」と書いたため、この点は少し混乱する人もいるかもしれない。しかし、これらは決して矛盾するものではない。

日本においては「ジェネラリスト」が多く、個人の役割が曖昧だからこそ、緻密な調整が利きやすい。結果的に、組織全体で1つの物事を突き詰めるのに適している。一方で、アメリカ型の「ジョブ制」では、専門性を持った個人の組み合わせで組織ができているため、他の機能との連携がしやすい。だから拡大に向いているのだ。

アメリカを「レゴブロック」、日本を「粘土」に喩えると、これはよりわかりやすいと思う。

アメリカ型の組織は、いわば「レゴブロック」のようなものである。メンバーがそれぞれのプロフェッショナリティを持ち寄って、それらを組み合わせることによって1つの会社を作っていく。組織がパーツに分かれていて、分離や再構成がしやすいわけだ。一方で日本の場合はそうではなく、コンセンサス型で、1人が担当する役割の範囲が非常に広い。パーツごとに分けられない。いわば「粘土」のようなものである。

レゴブロックは拡張性を持ちやすい。パーツを組み合わせていけば、超巨大なレゴブロックを作ることも可能だ。極端な話、5階建てのビルでも作れるだろう。しかし粘土を使って巨大な造形物を作り上げることは、なかなか想像できないと思う。対して「粘土」の場合は、小さな造形物を素早く、綺麗に作り上げることに向いている。細かい調整も効きやすい。「レゴブロック」のように最小ユニットのサイズが決まっていないからである。一人ひとりの専門性は高くなく、役割が曖昧だからこそ、組織全体として緻密な調整がしやすいのだ。

こうした理由から、ビジネスの拡大にはアメリカ型の組織が適しており、1つの製品を自社内でコツコツと精度を上げていくことには、日本型の組織が適しているといえるだろう。

日本的な働き方が非常にフィットするのは、車を作ったり、ウォークマンを作ったりといった製造業である。80年代、90年代の製造業の時代に、日本が世界で非常に輝いた背景はこの点にあると考えている。何か1つの決まったことを、精度を上げてエグゼキューションしていくときの日本人のパワーは、やはり世界的に見ても大きなアドバンテージではあると思う。

アメリカと日本のビジネスには、こうした「強み」の違いがあると考えている。

<日本は挑戦する価値のある、魅力的な市場>

最後に伝えたいのは、ぜひ多くの企業が日本市場へ挑戦してほしい、ということである。

繰り返しになるが、日本は決して閉鎖的なマーケットではない。日本市場は非常に大きく、オープンで魅力的である。たとえばマイクロソフト、アップル、グーグル、セールスフォースなど、アメリカ企業が日本でものすごく大きな成功を収めた例はたくさんある。そして多くのケースにおいて、日本はアメリカの次に大きなマーケットになっているわけだ。ぜひ多くのグローバル企業が日本でも製品を展開してほしい。

また同様に、アメリカに進出する日本企業もより増えてほしいと思っている。そのときも、国内市場へのアプローチをそのままアメリカに持っていくと、うまく機能しないことが多い。


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