記者の,言葉使用法

「三方よし」はもう限界 もろくも崩れる性善説 カスハラにあらがう術
2023.3.24
高尾 泰朗 他4名
日経ビジネス記者

引用の記事に見られるように,日経記者に限らないのかもしれないが,レベルの劣化は目立つを通り越してわざわざ指摘するに及ばない事態になっている.答えの決まりきった試験勉強しかしてこなかった世代がそのツケを,現実の社会に出て吐き出している様を見させられている.

これなら最近流行りのchatGPTに記事を書かせた方がマシかもしれない.こういう誰でも書ける記事はA Iを駆使して生産性が数倍になったベテランが担当するわけだ.新人上がりの半端者は排除できる.

これで一定の質以下の記事は排除され人件費が圧縮されると,そこから日経購読料の値下げまで進むと,読者と経営側はヨシとなる.で効率化の見本となれば経営の周辺だけでなく日本経済全体にとってヨシ.これなら「三方良し」と言っても笑ってヨシとなるだろう.

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最近の回転寿司店でのイタズラ事件についての捉え方がタイトルに表れている.いい加減で適当な理解で何でも利用してポイ捨ての精神が現れている.


[「三方よし」はもう限界 もろくも崩れる性善説 カスハラにあらがう術]


このタイトルで示されている彼らの理解は,先ず

「三方よし」= 性善説

いつからそういうことになったのだろう? 誰にそう教えてもらったのだろう? おそらく,

三方良し=良し→性善説

と勝手にコジツケて,適当に作文した,といったところか.

問題はこれだけではない.関係者は今回の場合三者ではなく二者,つまりイタズラ客と店.日経記者は数も数えられないのだろうか?

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さて,深刻ではあるが他愛もない話はこれくらいにして,本論に進む.

問題は,一方では今回のイタズラ客の,おそらく底辺層であろう彼らの幼稚さ・社会的未発達さ.他方では,エリート層(日経記者は一応それに入るのだろう)の教養の無さ・浅薄さ,自分で考える力・経験の無さ,無責任さ,従ってマスコミは社会的混乱を増幅させるだけではないのか,という懸念の増大.

やや飛躍するが,どちらも(もちろん形とレベルは違うが)社会性・社会的責任感覚の未発達と見ることが出来る.

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しかし,その認識が正しいとしても,何故このような混乱した社会になったのか,そして解決策はあるのか,と問われなくてはならない.

問いの答えは,従来の,従って保守的な立場からすれば,父性の欠落だろう.おそらく彼らは父親から叱られたことが無いのだろう.

社会性とは,随分前から会社の人事部新入社員採用担当者がまるで印鑑押しマシンのように発する種類のスローガン,つまりコミュニケーション能力では無い.

簡単に言えば,社会性のベースは,

父性による否認→反抗→何らかの妥協による収まり→人格形成

であろう(もちろん父性とは現実の父親とは限らない).

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で,困ったことは現代社会の根本的特徴が,父性の欠如ということである.ということは問題の根は深いということである.

従って,店がイタズラボーイたちを刑事告訴したり,エリート記者が問題の下手な捉え方をしたり数さえ数えられないことを事実上アウトカミングしたところで,ドツボ行きだろう.少し距離を置いた場所から見れば,マトを外した騒ぎということになろう.

では解決策は何か? 保守的な立場から抽象的に言えば,父性の回復である.では具体的には? 小さな子供をもつ父親の場合は?

今の30代の人にはどうアドバイスしたら良いのか分からない.もし私の世代が今30代なら話は別で簡単.

特別に能力のある人以外はこれしかない.お兄さんやましてや友達ぶったりせず,黙ること・何もしない事.上手くいけば,威厳のある他者と写り,自然と子供は社会性を身に付けて行く.

もちろん,これが21世紀も20数年過ぎた時代に可能かどうかは知らない.

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