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戯曲のフォーマットを探る1

《戯曲のフォーマットを探るためのサンプルその1》
《読みやすさは大事。いろんなデバイスで、どんなふうに見えるのか試してみる》

団地の薄暗い外廊下。厚い黒雲から時おり突風が吹きおろして、駐輪場のトタン屋根や敷地の木々をざわつかせる。外廊下には、手前から奥の暗がりまで、鉄のドアが等間隔に並んでいる。それぞれのドアの前には、補助輪付きの自転車や植木鉢、箒、傘立てなどが雑然と置かれている。
奥の暗がりから、一人の少年が現れる。

少年「見ませんでしたか? ここに、この棟に逃げこむのを確かに見たんです。こっちに走って来ませんでしたか? いま来られたばかりならいざ知らず、もしずっといらっしゃったなら、目撃されたはずです、あの、気まぐれな、すばしっこい、無愛想な、無遠慮な、ふてぶてしいあの……」

勢いよく、ドアの一つが開く。

男「うるせえ!うるせえうるせえうるせえ!誰だこんな昼寝どきの団地のうたたねを邪魔しやがる奴は!?」

少年「こんにちは、おじさん」

男「こんにちはじゃねえ!てめえか、さんざん中庭のヒマラヤ杉をざわつかせた野郎はッ!」

少年「何です?」

男「さらにはそんだけじゃあ飽きたらず、しつっこく何度も窓ガラスをガンガンガンガン鳴らしやがってッ」

少年「おじさん、それは風です。あの風です」

と、少年の指先が空を覆う雨雲を指す。
ひゅうるると風が鳴る。

男「カゼだあ? 風邪だあ? ほざくんじゃねえ、俺ぁな、中学ん時からこのかた30年、風邪なんてもん引いたこたねえんだ。それともなにか、風邪でもなきゃ大のオトナがこんな真っ昼間に団地の一室で昼寝なんかしてるわきゃあねえと、そういう了見か」

少年「ぼくは探してるんです」

男「探しなら他でやれ」

少年「おじさんは見ませんでしたか?」

男「見たかだと、この俺が? よしじゃあ言ってみろ、昼間っから昼寝に呆けるこの俺が、見てたかどうだか答えてやる」

少年「猫です」

男「猫だあ?」

少年「猫です。七色の、斑のある」

男「そんな猫はいねえ」

少年「見たんです、確かに、この棟に逃げこむのを」

男「俺ぁ見てねえし、逃げこんでるわけでもねえ」

少年「団地の不良たちに、青赤黄紫諸々のラッカー噴きつけられて、デタラメな虹を全身の毛に宿した可哀想な猫なんです」

男「そりゃひでえ」

少年「そこへきてあの雨雲です。風に追いたてられて、憐れな猫はここに逃げこんだ」

男「なぜ雨雲に追われてる?」

少年「虹は雨のなかじゃ生きてけません。だから雨の届かない、建物の中へ」

男「雨に降られるとどうなるんだ、虹の猫は?」

少年「消えちゃうんです」

男「消えちまう?」

少年「雨が降りだしたとたんに、泡のように、レイン…ボゥ、と!」


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