戯曲のフォーマットを探る2
戯曲のフォーマットを探るためのサンプルその2。中身はほとんど「サンプルその1」とおんなじです。読みやすさは大事。いろんなデバイスで、どんなふうに見えるのか試してみる。
団地の薄暗い外廊下。厚い黒雲から時おり突風が吹きおろして、駐輪場のトタン屋根や敷地の木々をざわつかせる。外廊下には、手前から奥の暗がりまで、鉄のドアが等間隔に並んでいる。それぞれのドアの前には、補助輪付きの自転車や植木鉢、箒、傘立てなどが雑然と置かれている。
奥の暗がりから、一人の少年が現れる。
少年「見ませんでしたか? ここに、この棟に逃げこむのを確かに見たんです。こっちに走って来ませんでしたか? もしずっとここにいらっしゃったのなら、目撃されたはずです、あの、気まぐれな、すばしっこい、無愛想な、無遠慮な、ふてぶてしい……」
勢いよく、ドアの一つが開く。
男「うるせえ!うるせえうるせえうるせえ!誰だこんな昼寝どきの団地のうたたねを邪魔しやがる奴は!?」
少年「こんにちは、おじさん」
男「こんにちはじゃねえ!てめえか、さんざん中庭のヒマラヤ杉をざわつかせた野郎はッ!」
少年「何です?」
男「さらにはそんだけじゃあ飽きたらず、しつっこく何度も窓ガラスをガンガンガンガン鳴らしやがってッ」
少年「おじさん、それは風です。あの風です」
と、少年の指先が空を覆う雨雲を指す。
ひゅうるると風が鳴る。
男「カゼだあ? ほざくんじゃねえ、俺ぁな、中学ん時からこのかた30年、風邪なんてもん引いたこたねえんだ。それともなにか、風邪でもなきゃ大のオトナがこんな真っ昼間に団地の一室で昼寝なんかしてるわきゃあねえと、そういう了見か」
少年「ぼくは探してるんです」
男「探しモンなら他でやれ」
少年「おじさん、見ませんでしたか?」
男「見たかだと、この俺にそう聞いたのか? 面白れえ、よしじゃあ言ってみろ、昼間っから昼寝に呆けるこの俺が、見てたかどうだか答えてやろう」
少年「猫です」
男「猫だあ?」
少年「猫です。七色の、斑のある」
男「そんな猫はいねえ」
少年「見たんです、確かに、この棟に逃げこむのを」
男「俺ぁ見てねえし、逃げこんでもいねえ」
少年「団地の不良たちに、青赤黄紫もろもろのラッカー噴きつけられて、デタラメな虹を全身の毛に宿した可哀想な猫なんです」
男「そりゃひでえ」
少年「そこへきてあの雨雲です。風に追いたてられて、憐れな猫はここに逃げこんだ」
男「なぜ雨雲に追われた?」
少年「虹は雨のなかじゃ生きていけない、世の道理です。そこで雨の届かない、建物の中へ」
男「もし雨に降られたらどうなるんだ、その虹の猫は?」
少年「雨に降られたら」
男「降られたら!?」
少年「消えちゃうんです」
男「消えちまう?」
少年「雨が降りだしたとたんに、魂のプリズム失って、あぶくのように、レイン…ボゥ、と!」
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