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劇作家ならではの夢

昔から、よく見る夢がある。
役者のひとりとして、舞台本番を迎える夢だ。

しかも、何一つ準備のない状態で、本番が始まる。あるいは、もうすでに始まってしまっている。
当然、台詞はひとつも頭に入っていない。それどころか、あらすじすら知らない。でも自分の出番は刻一刻と近づいてくる。
どうする、どうする、どうする…と冷や汗をかく。

たいてい、そこで夢から醒める。
実際に出番がきてしまって舞台に出る、のには耐えられずに目が覚める。

バリエーションを変えて、小さい頃から何度も見てきた夢だ。
けれども、ぼく自身は、学校行事のお遊戯会みたいなものを除いては、舞台に立った経験は一度もない。役者をかじったことも、目指したこともない。

だからこれは「役者ならでは」の夢、ではないのだろう。
もっと日常生活のなかにある焦燥感が、イメージとして凝縮したときに、経験したことのない「本番直前」という形で像を結ぶのだ。

余談になるけれど、この種の夢を見るたびに、ぼくは自分が役者でなくてよかったと心の底から思う。同時に、役者という人種に対する尊敬の念を新たにする。
役者って、きっとみんなマゾだ。

話が逸れた。ところで最近、これはきっと「劇作家ならでは」と言っていいだろう、という夢を見た。
夢の類型としては、前述の夢とほぼ変わらない。

何一つ準備のないまま、舞台本番が始まる夢。
でも今回は、ぼくは役者じゃない。その舞台の脚本家だ。
どうしてそうなったのかは分からないけど、本を書くのをすっかり忘れたまま、本番を迎えてしまったらしい。役者も演出家もスタッフも、みんな青い顔をしている。でも、ともかく台本がなければ始まらない。本番5分前。

ぼくはシドロモドロになりながら、最初に舞台に出る数人の役者たちに、とりあえず役柄とシチュエーションだけを伝えて、舞台に送り出す。で、彼らがアドリブで必死に劇を進めていく舞台袖で、その続きを書き殴る、という地獄を味わう。

これはこれで、相当な地獄だった。
地獄だった…のだけども。

ただ、ここだけの話、観客の視線にじぶんの身を晒さないでいい分、ちょっとだけ気が楽だったし、ちょっとだけ無責任にもなれた。というのは、役者の人たちには内緒にしておこうと思う。

結論。
役者って、きっとみんなマゾだ。

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