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戯曲のフォーマットを探る3

《長台詞がデバイスによってどう見えるか?》
《サンプル戯曲で確認してみる》

団地の一室。
せまいダイニングキッチンには、皮を剥かれたり乱雑に切られた野菜が散乱している。二口のガスコンロでは、コーヒー用のヤカンがしつこく湯気を噴いている。ダイニングの小ぶりなテーブルの上に、男が突っ立っている。

「……公衆便所の便器のうえを、幾星霜の便意どもが、幽霊のような顔して滑空してゆく。カビや菌に満ち満ちたこの場所で、もはや誰も近づこうともしない、ジメジメしたこの公衆便所で、沈殿した町の臭気が記憶するのは、かつてこの狭い個室で奏でられたベップ音。ベップ音。ベップ音の残響……ひびわれた便器が、その顔上でかつて晒された無数の尻を夢想するとき、団地の七階から落下した男は迫りくるアスファルトから身を守ろうと両手をかき回す」

シンクのなかで、水道の蛇口ひねって水浴びをする女がいる。

「プールの底で全身を包みこむ水圧と、絡みつく細かなあぶくとを感じながら、指先から爪先まで一本の鞭のように、一匹の海蛇のようにしなやかに波打たせて水中を進む、その愉楽。それは寒い朝のぶあつい蒲団に包み込まれたまどろみに似ていて、わたしはこのまま気を失ってしまいたいという欲望と、身体を痺れさせる苦痛とに、引き裂かれる」

テーブルの下に、関節の外れた人形のように柔らかく身悶えする男がいる。

「だれもまだ起きてこない冬の朝、団地の物陰をのぞくと、凍りかけの陽炎を捕まえることができる。夏、あの炎天下のもとでアスファルトの路面をゆらめかせた陽炎が、冬の物陰では、人目を忍ぶように身を潜め、ぎゅっと凝縮して、息を詰めて地面に這いつくばっている」

三人「そうして訪れるさわやかな朝!コンクリート造の生活の集合体が蠢きはじめる。今日もまた幕が上がる。朝陽とともに町向こうまでつづく群戯が始まる」


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