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まだ決まってない!!!オニキスちゃん可愛い!それだけしかわからん……

失敗した。こんな事初めてだ。
殺そうとしていたターゲットの女は未だピンピンしている。傷一つ付けられなかった。
「っ……かはッ……殺すなら、さっさとッ……」
せめて殺される前に顔くらい拝んでやろうとすると、強く地面に押し付けられた。後頭部を掴む手はデカくて重い男の手で、ギチギチと締められた関節が嫌な痛み方をしている。
「これはコチラで処分しておきます、お嬢様」
終わり、だ。俺は人を殺しすぎたし、それ相応の最後がくるだけ。最後は魚のエサにでもなるんだろう。惨めに殺されて、忘れ去られて終わり。オジョウサマの記憶にも、床のシミにも私の痕跡は残らない。
「……いいえ、待って。手を離して……下がりなさい」
「コイツはお嬢様を殺そうとした鼠ですよ、近付いては危険です」
「貴方に指図される謂れはありません。私が下がれと言ったら下がりなさいね」
声は、随分若い。オジョウサマの言葉を受け入れたのか、男が私から手を離す。乱暴にドアを閉める音がして、だだっ広い部屋に二人きりになる。
「っ……なんの、つもりで……」
「やっぱり!私ね、ずっと同年代のお友達が欲しかったのよ……ねぇ、顔を上げて」
「は……?あんた、殺されかけたのを覚えてないのか」
「覚えてるわ!怖かったもの……つい警備隊を呼んでしまって……ごめんなさい。痛いでしょう……」
目の前に、手が差し出される。レースの手袋に包まれた手は、俺の手とは全く違った。オジョウサマなのは間違いないらしい。濃い紫色の、重たそうなワンピースが目に入る。
「マスク、外してくれないの……」
「アンタと同年代かなんてまだわからないだろ……それに、素手だって俺たちは……ジャックは殺せるんだ、いくらでも」
「……殺したいならそうするといいわ。私がいなくても……そうね、お父様が新しい女でも囲ってなんとかするもの」
手は無視し、体力を振り絞って立ち上がる。改めて周囲を見回すと、何も無い部屋だった。広い部屋なのに、家具の類は殆どない。大きな机が、ぽつんとあるだけだ。
「……ね、だから……お友達になってほしくて。ダメ?」
「いいとか、悪いとかじゃないだろ……私は、人殺して で」
「私だって……もう少ししたら、この島を預かる身になるわ。後暗いことも、皆に顔向けできないような事も沢山するでしょう……だから、もしお父様のように暴走したら……貴女に殺されたい」
「……マザーは、裏切るなんて許してくれない」
「たかだかイギリスの暗殺者組織に、私が負けるとでも思って?体感したでしょう、私付きの人間はみんな強いのよ」
「あぁ……それは、まぁ」
何を言っても聞き入れてくれそうにはない。わがままを受け入れられてきたオジョウサマが、真っ直ぐに俺を見ていた。
「……俺は、失敗した。もうあそこには帰れない。アンタのせいでな……何をすればいいんだ」
「まずは、その趣味の悪いマスクを取ってほしいわ」
「……わかったよ」
人前でマスクを外すのは、随分久しぶりな気がする。ましてターゲットの前でなんて、初めてだ。
「これでいいだろ……満足したか、オジョウサマ」
「やっぱり可愛い女の子だった!思った通りね、ねぇ……今度私の服を着てね」
「は、はぁ?!嫌だ……どうせそういう、フリフリした服ばっかりだろ……」
「きっと似合うわ。ね、オニキス」
「……な、なんで、名前知ってる」
「頼りになる情報網があるのよ、彼はね……なんでも知ってるの」
「そうかよ……あらかじめわかってたって事か」
「そうなるわね、ごめんなさい」
「……オジョウサマの名前なんて知らないからな」
「殺す相手なのに?」
「他は知らないけど、ウチは……そういう情報は与えられない。名前を知ると……」
「情が移るから?……私、ヴァネッサ・ガーネットよ。自己紹介って初めてかも」
オジョウサマ、もといヴァネッサが改めて差し出してきた手を握る。友達、というより協力者とか、そんな感じだ。
「……私がジラフになったら、貴女に1つ任せようと思うのだけど……どこがいい?」
「何も、知らないのに……そんなこと決められない」
「そうね。私もロンドンの事は知らないわ」
「……アンタが知る必要はないようなところだ、俺がいた場所はな」
「ダメよオニキス、私の事はヴァネッサって呼んで。その方がお友達っぽいでしょ」
「……ヴァネッサ」
「そう、それでいいわ!まずは傷を治して貰わなくちゃ」
「唾付けときゃ治る」
「その方法で打撲が治った事例は知らないから……今度聞いてみます」
「誰にだよ……」
「さっき言った……なんでも知ってる人。滅多に会えないけれどね」
「なんて聞くんだ」
「『唾をつけて打撲が治った事例はあるの?』って」
「あるわけないだろ……比喩ってのを知らないのか」
「……オニキスがそう言ったのに」
俺の前で拗ねてみせるヴァネッサは、ただの平和ボケした女の子でしかないように見えた。
「ジラフ、って……ここの領主だろ?」
「そうね」
「今は……ヴァネッサの父親がやってる」
「そうね、お可哀相な事に……お父様は腐り切ってしまったけれど」
「どうやってジラフになるんだ、死ぬのを待っていたら時間は経つ」
「……ねぇオニキス、貴女は暗殺者でしょう」
「殺せって?所詮そういうことか、俺は受けない」
「違うわ、私に……人の殺し方を教えて欲しいの」
果物ナイフも握ったことがないような素人に殺らせるのは不安でしかない。失敗すれば終わりだ。
「……いい、俺がやる、慣れてるし……もっと他に、やるべき事があるんじゃないのか」
「私にだってできます、怖くなんてないわ」
「失敗したらどうするつもりだ、俺には代わりがいてもヴァネッサにはいない」
「……優しいのね、オニキス。わかりました。でも……まずは怪我を治しましょう。手配するわ、ここは落ち着かないでしょうから……下に。腕のいい医者を手配するから」
「……はぁ、何か顔を隠せるもんがほしい」
「勿体ないわ、どうしても?」
「どうしても」
「……わかりました。何か贈るわ」

続き→いつか


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