研究書評


4/11事業法上の競争ルールはいつまで必要か


https://www.jstage.jst.go.jp/article/nextcom/2015/23/2015_1/_pdf/-char/ja

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、
神戸大学名誉教授である根岸哲の書いた「事業法上の競争ルールはいつまで必要かー通信自由化30年に寄せてー」である。日本では、1985年のNTTの民営化という通信業界の市場構造の変化により更なる競争政策や規制の適切なあり方が重要視されてきた。日本の電気通信市場の歴史や現状を通じて、競争ルールの重要性やその適切な運用方法について考察することで、通信業界における課題や改善点を理解し、将来的な政策提言や業界への示唆につなげていきたい。

〈内容〉
1985年、日本の電気通信市場において、日本電信電話株式会社(NTT)の民営化が実施され、電電公社の独占体制が終了し、競争が導入された。しかしながら、"競争"を保証するためには独占禁止法のみならず、事前の行為規制や構造規制も必要出会った。このため、競争を促進するための規則が導入されたが、当初は一時的なものと見なされた。2001年に公表された通信競争ガイドラインでも、競争の促進と規制緩和が重視されていた。しかしながら、30年以上が経過した現在でも、競争を促進するための規則が廃止される見通しが未だない。
今まで我が国が参照してきた米国では1980年代にAT&Tの分割を契機として、通信市場の競争ルールが整備され、地域通信会社と長距離通信会社に分離されきた。また、1996年の電気通信法により、支配的事業者に対する規制が導入され、競争が促進された。一方、EUでは2003年以降、EU競争法に基づく統合モデルが採用され、市場分析と競争評価を通じて競争を促進する取り組みが行われており、EU競争法は支配的地位の濫用を禁止し、加盟国通信法上の競争ルールとの関係ではEU競争法が優先されている。
日本の通信市場では、独占禁止法と電気通信事業法が相互に補完関係にあり、競争を促進するためには両法を適正に運用する必要がある。電気通信事業法では公正競争を確保するために指定設備制度や禁止行為規制がある一方、独禁法は排除型私的独占や不公正な取引方法を禁止し、公正な競争環境を維持することができる。これらのルールは通信市場の支配的事業者に対し、接続義務やマージン・スクイーズの禁止を可能にし、競争を促進することが可能だ。しかしNTT法上の競争ルールには構造規制も含まれるが、その実効性は限定的であり、独禁法に基づく規制と比較して重要性が低下している。
結論として通信自由化30年を経ても、通信市場の競争は充分に進展しておらず、事業法上の競争ルールは依然として重要であると考えられる。これは、NTTによる自由な競争が制約され、競争者に公正な機会が確保される必要性があるからである。米国やEUでも競争法が通信市場の競争ルールを代替しきれないことから、日本でも事業法上の競争ルールの必要性は変わらない。しかし、事業法上の競争ルールは市場の変化に合わせて規制緩和されつつあり、競争評価の必要性も変わらない。

〈総評〉
 NTTの民営化以降、日本の通信市場では競争が導入されたが、競争を確保するためには独占禁止法や事前の規制が必要とされた。日本の通信市場でも独占禁止法と電気通信事業法が相互に補完し合い、競争を促進する役割を果たしているが、実効性には限界があり、競争ルールの適正な運用が求められていることがわかった。また、通信市場における競争環境の重要性と、その維持・発展に向けた法規制の役割について再確認し、日本の現状と他国の事例を比較することで、改善の余地や課題を考察することができた。
今後はNTT法が廃止された際にどのような改革を行えばに電気通信事業法と独占禁止法が今まで通りに機能させることができるのかについて考察していきたい。

4/18各国の通信事情~欧州(英,独,仏),米国~

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiej/31/3/31_175/_pdf/-char/en

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、情報通信総合研究所グローバル研究グループに所属する三本松憲生の書いた「各国の通信事情~欧州(英,独,仏),米国~」である。この文献は、米国、英国、独国、仏国などの主要国の電気通信サービスと事業者の動向を、統計データを用いて詳細に概説している。さらに、各国の電気通信事業者も比較しており、日本のNTT法廃止に伴う通信事業法の改定に役立つ洞察を提供している。
〈内容〉
 欧米主要国の電気通信サービスのインフラストラクチャーの観点から概説している。また、ここでは固定電話,携帯電話,ブロードバンドの加入数(2000 年から 2009 年)に着目している。まず、固定電話回線において2000年から2009年まで、米国と日本の固定電話回線数が持続的に減少しており、イギリスとドイツについては、2005年から2006年以降、加入者数の減少が見られている。
次に携帯電話は各国において、2000年以降加入数が拡大しており、これらの国々と日本を比較する際に大きく異なる点の一つは、普及率とプリペイド(事前払い)加入数の割合である。日本では後払い方式のポスペイド契約が圧倒的に多い市場環境がある。(ここでのプリペイド加入とは通話や通信に必要な料金を前払いしておくことで、決められた期間だけ使用できる携帯電話であり例を挙げるとpovo2.0などである。)
次にブロードバンドについてだが国々および日本では、2000年以降毎年プラス成長を続けており、欧州でのブロードバンド技術の内訳を見てみるとADSLがブロードバンド全体の大半を占め、光ファイバの導入は進んでいますが、まだ普及には至っていない。米国ではケーブルTV事業者がインターネットサービスの主要プロバイダーであり、光ファイバの普及はまだ初期段階にあるようだ。
最後に代表的電気通信事業者の比較だ。
米国では、AT&Tとベライゾンが主要通信事業者で、固定電話、携帯電話、ブロードバンドを提供。固定電話減少、携帯電話・ブロードバンド増加、特にブロードバンドIPTVが成長。AT&T売上1兆2302億ドル、ベライゾン売上1兆781億ドル。イギリスの主要通信事業者はBTで、固定電話・ブロードバンドを提供。固定電話減少、ブロードバンド・IPTV増加。売上209億ポンド。ドイツの主要通信事業者はDTで、固定電話・携帯電話・ブロードバンドを提供。固定電話減少、DTはIPTV提供も。売上646億ユーロ。フランスの主要通信事業者はFTで、固定電話・携帯電話・ブロードバンド提供。固定電話減少が他社より少なく、ブロードバンド・IPTV増加。売上510億ユーロである。
日本では、携帯電話事業者がデータ通信サービスを提供してきたが、スマートフォン普及で他の企業も参入してきた。今後は携帯電話事業者だけでなく新規プレイヤーとの競争も増えていくだろう。

〈総評〉
 各国の通信事業の状況を整理すると、固定通信とブロードバンドの加入数は減少傾向にあり、一方で携帯電話事業は成長していることが確認できた。また、代表通信事業者の比較パートにおいては米国ではAT&Tとベライゾンの二つの事業者が代表的な通信事業者であり、日本ではNTTが主に代表とされていた。そこでこれらの国々の通信事業の安定性を比較することで、NTTが主張している政府の地域指定通信事業者制度の有効性を検討することができるのではないかと考える。もし米国の通信事業がより安定しているという結論が出れば、NTTの提案が合理的である可能性があるのではないか。

4/25 地域通信市場の競争促進について―アメリカの取り組みにみる地域競争の促進―

https://www.yu-cho-f.jp/research/old/pri/reserch/monthly/2000/145-h12.10/reserch2.pdf

〈内容総括・選択理由〉
 今回取り上げた文献は、前通信経済研究部主任研究官である高地晴子の書いた「地域通信市場の競争促進について―アメリカの取り組みにみる地域競争の促進―」である。この論文の選択理由は、前週の研究書評において各国の通信事情に触れた際、米国においてAT&Tとベライゾンの二大通信事業者が業界を牽引していることに関心を持ったためだ。特に、かつてAT&Tが独占状態にあったが、規制によって競争が促進され、現在の通信業界の姿が形作られた歴史的な経緯に注目した。この一連の通信業界の歴史から、日本の通信事業においても同様の競争促進の手法が適用できるのではないかと考える。
また、前提として”ベライゾンは、電話の発明者として知られるグラハム・ベルが創業した旧AT&Tを起源としている。1980年代にアメリカで通信事業を独占していた旧AT&Tが地域別に7つの会社へ分割された際に、アメリカ東部エリア(ニュージャージー州やペンシルバニア州、ワシントンD.C.など)を受け持った「ベル・アトランティック」が前身で、同業買収などを経て2000年に現社名となった。”(引用元: 会社四季報オンライン|株式投資・銘柄研究のバイブル)

〈内容〉
 アメリカの電気通信規制と電気通信市場は連邦と州による二重の規制体制をとっている。州をまたぐ通信は連邦通信委員会(FCC)が規制し、州内通信は主に各州の公益事業委員会が担当している。ただし、一部の州内通信もFCCが管轄する場合がある。両機関は独立しており、直接の管理監督関係はない。
かつてアメリカでは、長距離通信と地域通信の双方において、ほぼ独占的な電気通信事業者であったが、1974年の司法省の訴訟後、1982年にAT&Tに対する修正同意審決が下され、1984年にはAT&Tが長距離通信部門を含むいくつかの部門を分割され、地域通信部門は7つの地域持株会社に分割された。この分割後、長距離通信市場での競争が進み、料金が低下し、サービスが多様化したが依然として地域通信市場ではAT&Tの分割後も独占が続いてした。やがて長距離通信市場での競争の増加に伴い、地域通信市場の開放が要求されるようになった。1990年代前半以降、各州の公益事業委員会は地域通信市場の開放に取り組み始めた。LATA内 (1984年Bell Systemの分割に伴って制定された米国における地域通話エリア) トール市場の開放から始まり、ニューヨーク州やカリフォルニア州などではローカル市場の開放も決定した。この頃から規制機関の役割は、これまでの独占又は支配的事業者に対する料金規制から、地域電気通信市場の競争促進のための環境整備(競争ルール策定、紛争の調停等)という方向へ大きく焦点が移っていった。
競争における競争事業者の参入方法においては、通信法は、競争事業者による参入を促進するために、既存地域通信事業者によるネットワークの開放を義務付けており、これにより競争事業者が施設を持たなくても参入できる環境を作り出した。これにより、顧客はより多くの選択肢を持ち、既存の通信事業者にとっては顧客の喪失リスクが高まる仕組みとなった。
FCCは既存地域通信事業者に対するルール策定に取り組んでおり、公正な競争環境の形成に影響を与えるユニバーサルサービスやアクセスチャージの改革にも取り組んでいる。カリフォルニア州では、公正な市場を確保するために、既存地域通信事業者のネットワーク開放、地域競争の促進、そして消費者保護などのの分野で公共政策の策定に取り組んできた。その中で1996年の通信法第271条では、特定の条件を満たした場合には、旧ベル系地域通信事業者に地域外への通信サービス提供を許可することが認められた。
1996年通信法制定から4年後、競争地域通信事業者(CLEC)のシェアは、提供回線数で4%、地域通信サービス収入で6%を超え、地域競争は確実に進展しており、長距離通信競争と比較すると、地域競争は同等の速度で進行している。
カリフォルニア州公益企業委員会は、競争の導入が遅いものの、地域通信事業者の数が増え、顧客の選択肢が広がり、公共利益が増大していると評価している。顧客は既存事業者から別の事業者に切り替えることが可能になり、競争によって長距離通信やインターネットサービスなどのパッケージサービスが拡大し、利便性が向上した。また、競争事業者にとっても、パッケージでのサービス提供が地域市場参入の主要な動機となっている。一方で、顧客の選択肢は増えましたが、サービスの質に関しては悪化する可能性もあり、現状市場の変化により、消費者の混乱やトラブルが増加しており、不当な料金請求なども報告されている。
また、カリフォルニア州における地域競争が既存地域通信事業者の収益に与える影響は、収益が増加しているため、マイナスの影響は見られないとの報告がある。現在の市場が拡大し、新しいサービスや基本サービスが成長していることが、この増加に貢献していると考えられる。実際、既存地域通信事業者は、地域競争が規制緩和につながると捉え、競争を歓迎している。特に、旧ベル系地域通信事業者は、1996年の通信法271条の存在が競争促進に協力する大きなインセンティブとなっているようだ。

CPUCは、地域競争促進のために、既存地域通信事業者のネットワークの開放を義務づけたオープンネットワーク政策を主要な政策として挙げておりこの政策がなければ、地域競争の進展はなかったと述べている。さらに、番号ポータビリティやダイヤリングパリティの確保、相互接続のガイドラインの作成など、公正な競争に必要なルールの策定も重要な政策として指摘されている。また、既存地域通信事業者が内部補助などでコスト以下でサービスを提供することを防止するためのプライスフロア(料金下限)の設定も効果的な政策であるとされている。将来的には、規制機関として、既存事業者の業績を監視し、必要に応じて是正措置を講じる「競争ポリス」としての役割が重要になるだろう。

〈総評〉
 日本とは事業者の立場が異なる米国において、AT&Tの一強社会からいかに競争が導入されたかの歴史を学ぶことができた。論文では連邦と州の両方が規制を行い、競争を促進するための政策や措置が実施されていることが強調されており、特に、競争事業者の参入を奨励するための既存地域通信事業者のネットワークの開放や、公正な市場を確保するための政策が重要視されていることが理解できた。また、地域競争の導入が遅いものの、競争事業者の数が増え、顧客の選択肢が広がり、公共利益が増大しているというカリフォルニア州公益企業委員会(CPUC)の評価が示されていた。、一方で、サービスの質に関する懸念もあり、競争が市場に新たなサービスや基本サービスをもたらす一方で、一部の問題も浮上していることが述べられていた。NTTが完全民営化になり、今より更に通信業界の競争力が増した場合のリスクマネージメントに貢献できる内容だったのではないか考える。

5/1 電気通信分野の市場自由化とユニバーサルサービス

https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN00224504-20081228-0001.pdf?file_id=101625

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、慶應技術大学法学研究会に所属する青木淳一の書いた「電気通信分野の市場自由化とユニバーサルサービス」である。NTT法が廃止になった場合に問題となる点の一つとして挙げられるのが地方等の条件不利地域におけるユニバーサルサービスの確保である。今回扱う論文では日本、米国,欧州の三地域の電気通信市場とユニバーサルサービスの現状に着目し、いかにしてこの二つの調和的関係が築き上げられたのかを明らかにしている。他国と比較することで、今の日本にはないユニバーサルサービス、ブロードバンドの提供方法、規定を発見しこれにより、今後日本が市場自由化とユニバーサルサービスの両立を進める上で、他国の経験や戦略を参考にすることができると考える。

〈内容〉
電気通信事業の歴史は、独占から競争へと変化し、その過程でユニバーサルサービスの重要性が増した。日本や欧州では、独占からの移行に伴い公平なサービス提供の仕組みが必要とされた。一方、米国ではAT&Tの事実上の独占があったが、競争が促され、電気通信産業全体での支援制度へと移行した。ユニバーサルサービスの議論は、市場自由化の中で注目されてきた。この政策課題を検討するために、日米欧の歴史的経緯を比較して、市場自由化とユニバーサルサービスの調和的な関係を明らかにすることが重要である。

日本: 日本の電気通信事業は、19世紀後半に国営事業として興り、その後長らく電電公社の独占が続いた。1985年の民営化以降も、公平なサービス提供の理念が引き継がれ、NTTには国土全体での安定的な電話サービスの確保が重要視された。NTTは内部で採算と不採算の補填を行っていたが、新たな制度導入までには時間がかかった。競争環境の構築を目指し、NTTは東西に分割され、国内各地で均一なサービス提供を追求した。NTT再編後、新たなユニバーサルサービスの仕組みが研究され、2001年に基金制度が導入された。基金は、採算地域の黒字を用いて不採算地域の補填を図るものだったが、NTT内では補填の要求が少なかった。携帯電話やIP電話の普及により、固定電話市場での競争は激化し、高コスト地域への負担増が問題視された。そのため、ユニバーサルサービス基金の活用が模索され、2007年から基金の運用が始まった。

米国: 米国のAT&Tが20世紀初頭に提唱した経営戦略 "One System, One Policy, Universal Service" によって、ユニバーサルサービスの概念が初めて確立された。この時期、電話機の基本特許が失効し、独立系電話会社の参入により競争が激化していた。AT&Tは長距離ネットワークを整備し、独立系電話会社との相互接続を拒否することで独占を強化した。AT&Tの社長セオドア・ヴェイルは、ユニバーサルサービスを統一されたネットワークによって提供される品質の一貫性として位置付け、この考え方はAT&Tの市場独占を正当化するために用いられた。 しかし、AT&Tの独占には法的な後ろ盾がなく、これに対して3度の反トラスト訴訟が提起された。これらの訴訟は、AT&Tが独立系電話会社を買収し、相互接続を拒否して競争を抑制していたことに対するものであった。その結果、AT&Tは一部制約を受けることとなり、ベル・システムの独占が崩壊した。ベル・システムは内部相互補助の仕組みを持ち、長距離通信から地域通信への内部補てんを行っていた。しかし、競争の拡大により、この仕組みは機能しなくなり、FCCがアクセスチャージとユニバーサルサービス基金を導入して対応した。1996年の電気通信法は、ユニバーサルサービスの確保を主要な政策課題とし、公正かつ合理的な料金でサービスを提供することや、全地域へのサービス提供を求めるとともに、教育機関や医療機関に高度な通信サービスを提供することを規定した。

欧州: 欧州諸国の電気通信事業は、ほとんどが国家による独占から始まった。英国やドイツでは国有化や国営化によって独占体制が確立され、長い間国家独占が続いた。この期間中、電話サービスの提供は国家の役割として広く認識され、収支が取れない地域や利用者に対しても、独占事業者が内部で補てんすることで対処された。しかし、後に市場を自由化する際には、国家独占を前提とした内部相互補助に代わる特別な制度が必要とされた。この過程で、ユニバーサルサービスに関する制度が整備されるまで市場の完全な自由化を待つことが欧州の特徴となった。

(EU): 1987年、欧州委員会がグリーンペーパーを発表し、電気通信事業に対する競争導入の検討が始まった。この中で、共同体規模のネットワークを保全し、競争市場においても各加盟国の既存事業者の財務安定を図るという目的の下に、既存事業者が当面音声電話サービスを排他的に提供することを容認した。音声電話サービスの排他的権利は1997年末までの暫定的なものとされ、1998年から完全自由化するスケジュールが組まれた。EUはユニバーサルサービスの確保と市場自由化の両立を図るよう求め、ユニバーサルサービスの最も基本的な要素は全利用者が接続される通ネットワークであり、合理的な料金が保障されるべきであるとした。新たな規制枠組みが採用された後も、ユニバーサルサービスに対する考え方に特段の変化は見られなかったが、財政上の支援制度をめぐって対立があり、欧州委員会は支援制度の選択肢を残した。2002年に成立した新しい指令では、ユニバーサルサービス基金のほかに国庫補助も含まれ、経済効率的な方法を導入するよう励まれた。

(加盟国の状況): 英国では、競争導入の取り組みが1982年に始まり、まずは国策的にマーキュリー社を設立し、BTとの間で複占体制を採った。BTには音声電話や公衆電話の提供義務が課されたが、マーキュリーにはそのような義務が課されなかった。この複占体制は1991年まで続いた。その後、市場競争を指向する政策へと転換し、新規参入者には相互接続にあたって一定の負担が求められた。しかし、その負担が適切かどうかについては批判があった。2003年に成立した通信法は、EUの方針に準拠しており、大きな修正はなかったが、ユニバーサルサービス基金は稼働していない。ドイツでは、DBPテレコムに対して音声電話等の義務サービスの提供を義務付ける代わりに、国内ネットワークと音声電話サービスの独占を認めてきた。一方、その他のサービス分野では段階的な規制緩和が行われた。DTが業務を開始して以降も、ユニバーサルサービスの保障はDTの内部相互補助に委ねられたままであり、基金は稼働していない。基金から補てんを受けるためには、ユニバーサルサービスの提供事業者として指定される必要があるが、現在は指定された事業者が存在しないため、DTの内部相互補助に委ねられたままである。

〈総評〉
当論文では日本、米国、欧州(EUおよび加盟国の英国とドイツ)の電気通信事業の歴史とユニバーサルサービスに関する経緯を比較し詳細に解説されていた。まとめると日本では、電電公社の民営化後、NTTによるサービス提供の安定化と競争環境の整備が進められ、2001年にはユニバーサルサービス基金が導入された。米国では、AT&Tによる独占体制の崩壊後、ベル・システムの分割やFCCによるアクセスチャージとユニバーサルサービス基金の導入が行われ、1996年の電気通信法でユニバーサルサービスの確保が明確に規定された。欧州では、1987年のグリーンペーパーから始まり、EUの指令や各国の法律改正を経て、市場の自由化とユニバーサルサービスの両立を目指した政策が展開されました。EU加盟国においてはユニバーサルサービスの提供事業者の指定がされていないため基金から補てんを受けることができていない。
NTT法が廃止される場合、ユニバーサルサービスの提供事業者が指定が排除される可能性がある。AT&Tの提唱した「One System, One Policy, Universal Service」の考え方から、全国各地に安定的な通信サービスを提供するために、今後日本もユニバーサルサービスの確保に向けた新たな政策提案が必要だ。

5/16 携帯電話におけるスイッチング・コストの定量分析:番号ポータビリティ制度の評価

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は政策研究大学院大学の北野泰樹らが執筆した「携帯電話におけるスイッチング・コストの定量分析:番号ポータビリティ制度の評価」である。携帯通信業界の競争において切っても切れないのがMNP(モバイルナンバーポータビリティ)である。MNPとは電話番号はそのままで移転先の携帯電話会社のサービスをご利用できる制度の通称である。現在でも、MNPに対するスイッチングコストを高く感じる人が多く存在しており、一部の調査では、約50%の人がまだMNPを利用した経験がないと報告されている。この論文は、MNP制度が導入されてから3年後の2006年に執筆されたものだが、現代社会においてもMNPへの乗り換えが容易ではない状況が続いているため今日においても価値のある研究と見なされる。

〈内容〉
2006年10月24日に導入された携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)制度は、電話番号を変更する際に現在の携帯電話会社の番号を引き続き利用できるようにするサービスである。これにより、顧客が他社へ移行する際に生じるスイッチング・コストが削減され、消費者の携帯電話会社間の流動性が向上する。MNP制度の導入により、携帯電話会社間の競争が促進され、競争政策の観点からも重要な成果とされる。そこでこの研究の目的は、MNP制度の導入によるスイッチング・コストの減少効果を定量的に評価することである。消費者の過去の契約情報を考慮し、NLモデルを用いて携帯電話会社の選択およびMNP制度の利用の選択を分析した。また、ウェブアンケート調査によってデータを収集し、Choice-basedサンプリングを用いて推定を行った。その結果、MNP制度の導入によりスイッチング・コストが約18%減少し、消費者余剰が約25-35円増加し、携帯電話会社の変更確率が約2.6%上昇したことが示された。

MNP制度の利用動向
MNP制度の導入により、携帯電話会社間で番号を持ち運ぶことが可能となり、消費者の利便性が向上すると考えられる。一方で、全ての携帯電話会社を変更する消費者がMNP制度を利用するわけではない。調査によると、携帯電話会社を変更したサンプルのうち、実際にMNP制度を利用したサンプルは全体の約64%であり、MNP制度導入後も一定割合の消費者はMNP制度を利用せずに携帯電話会社を変更していた。MNP制度を使用しなかった層に向けての調査結果によると、手続きに伴うコストがMNP制度を利用しない理由として挙げられており、「MNP制度の利用に手数料がかかるから」と「手続きが面倒だと思ったから」といった回答が多かった。これらの結果から、消費者はMNP制度の利用に伴う便益と手続きのコストを考慮した上で制度を利用するかどうかを決定していると考えられた。また、消費者ごとに番号を継続することへの嗜好が異なることが示唆されている。

スイッチングコストの推定
スイッチング・コストは2057-2328円と推定された。これは、携帯電話会社を変更する際に消費者が負担する月の利用料金換算のスイッチング・コストの金額を示している。つまり、現在利用している携帯電話会社の利用料金が約2000-2300円他社より高くても、消費者は携帯電話会社を変更しないことが示された。しかし、スイッチング・コストとMNP制度の便益は消費者によって異なる。スイッチング・コストが最も大きい消費者と小さい消費者の間には3倍の差があり、MNP制度導入によってスイッチング・コストが減少し、所得の多い消費者はスイッチング・コストが大きくなる傾向があることがわかった。この分析結果から、消費者ごとに効果はばらつきがあるものの、MNP制度の導入はスイッチング・コストを一定程度引き下げ、携帯電話会社間の流動性を高め、競争を促進する効果があると考える。

消費者余剰の変化
次に,MNP制度の導入がどの程度消費者余剰を増加させたのかについて分析した。MNP 制度の導入はスイッチング・コストの減少効果をもたらすものである。したがって, 消費者余剰の変化はスイッチング・コストの減少効果と密接な関係があると言える。ここではMNP制度が導入される前と後で、消費者の行動やメリットがどのように変化したのかを明らかにするため、消費者を携帯電話会社を変更しない消費者、MNP制度に関係なく携帯電話会社を変更する消費者、MNP制度があれば携帯電話会社を変更する消費者の3つのタイプに分類して分析した。MNP 制度があるときとないときの変更確率の差、つまり。ウェイトが 8%,6%のときにはそれぞれ 2.77%,2.42%という結果になり言い換えるとMNP制度の導入が携帯電話会社の変更確率を約 2.6%高めたことを意味している。つまりMNP制度導入はスイッチング・コストを一定程度引き下げ、携帯電話会社間の流動性を高めることで、競争を促進する効果があると推察することができる。

まとめ
ウェブアンケート調査に基づくこのモデルの推定結果、スイッチング・コストは月の利用料単位で約2000-2300円であり、MNP制度の導入によってスイッチング・コストは約18%減少した。これにより、消費者一人当たりの消費者余剰は約25-35円上昇し、携帯電話会社の変更確率が2.6%程度高まったことが示された。携帯電話市場のように既に大きな市場では、スイッチング・コストの減少は消費者の流動性を高め、企業間の競争を促進する効果が期待される。したがって、MNP制度の導入は携帯電話会社間の競争を高める一定の効果を持つと推察された。

〈総評〉
本論文では消費者の携帯電話会社の選択モデルを用いて、携帯電話会社の変更に伴うスイッチング・コストと、MNP(携帯電話番号ポータビリティ)制度のスイッチング・コスト減少効果を定量的に分析した。定量的分析の実施、消費者余剰の分析、市場競争の促進効果の三つの分野から携帯電話市場におけるスイッチング・コストとMNP制度の影響を定量的に明らかにし、消費者便益の視点から政策の有効性が評価された。今後はMNP制度が簡易化されより容易なものとなり消費者の意識変化があるかもしれない、また同時に消費者一人当たりの消費者余剰の上昇が格安通信(MVNOなど)のある今の社会において未だに存在するのかについても研究してみたい。

5/23 モバイル市場の競争環境に関する研究会最終報告書1

https://www.soumu.go.jp/main_content/000671289.pdf

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げる文献は総務省が公開している2020年度におけるモバイル市場の競争環境に関する研究会の最終報告書である。この研究会はモバイル市場の競争環境に関する研究をしており、モバイル市場について、情報通信を取り巻く環境の変化を踏まえつつ、利用者が多様なサービスを低廉な料金で利用できるようにするための環境整備に向け、事業者間の公正な競争を更に促進するための方策について検討することを目的に2018年10月から開催さている。今回の文献は2020年度の報告をまとめたものである。
この文献を選んだ理由として、研究内容に迷いが生じたため、モバイル市場における現状の課題を整理し直す必要があると考え、最新の研究結果を理解し、それを基に再度研究の方向性を明確にするために、この文献が最適だと考えた。

〈内容〉
改正電気通信事業法の施行
総務省は、モバイル市場での適切な利用者選択と公正な競争を確保するため、料金プランや端末販売方法に関する緊急提言を行った。総務省は、これを受け電気通信事業法の改正法案を2019年3月に提出し、同年5月に成立した。(改正法は2019年9月に公布され、同年10月1日から施行された。)この提言には、主に通信料金と端末代金の完全分離、長期間の契約拘束の禁止、不合理な料金プランの廃止が含まれている。

1.新事業法の適正な執行の確保
新事業法の規律は指定された事業者とその販売代理店が対象であり、遵守と徹底が求められる。事業者と販売代理店が新事業法を十分に理解することが重要であり、総務省はこれまで説明会を実施されてきたが、さらなる理解促進の取り組みが求められる。また、利用者が新事業法の理念や規律を理解することも重要で、総務省や事業者は適切な周知を行うべきだ。総務省は今後情報提供窓口を拡充し、違反通報を受け付け、違反があれば迅速に厳格な執行を行う必要がある。

2. 販売代理店における適切な業務の確保
新事業法では、事業者と販売代理店が同じ利用者に提供する利益の合計が上限を超えないようにする必要がある。販売代理店は地域の拠点として重要な役割を果たしているため地域のニーズに合わせたサービス形態や独自のビジネスモデルを考えることが大切だ。また、事業者が提供する手数料体系も見直されつつあり、販売代理店の運営や新事業法の遵守に影響を与えている。このため、手数料体系を見直して、利用者へのサービス提供に関連する手数料を重視する必要がある

3. 継続的な見直しの必要性
総務省は、新事業法の規律に関して、一部の事業者による潜在的な違反行為や理解の相違がある場合、公正な競争が損なわれる可能性がある。そのため、競争環境を維持するためには、ルールの明確化や必要な見直しを迅速に行う必要がある。関連する事業者は、新事業法に準拠した料金プランを提供する一方で、セット販売による割引や特典の付与などで利用者に還元している。しかし、一部の利用者にしか還元されないことや料金体系の不透明さ、利用者の囲い込みの懸念が指摘されている。したがって、事業者は、料金プランの分かりやすさや透明性の向上、利用者の過度の囲い込みに対処するための努力が求めらる。総務省は、これらの取り組みを定期的に監視し、公正な競争を妨げる要因がないかどうかを確認する必要がある。また、利用者の囲い込みなどに関しては、モバイル市場だけでなく、隣接する通信市場の動向も注視することが重要になる。

行き過ぎた囲い込みの是正
改正法により、利用者の自由なサービス選択を妨げる期間拘束を伴う通信契約が是正された。SIMロックについては、各事業者が2019年9月から中古端末のSIMロック解除を義務付けられた。さらに、総務省はSIMロック解除ガイドラインを改正し、SIMロックの原則無料化や回線契約者が端末を購入した場合のSIMロック解除の義務付けを行なった。

1. MNP手続き
MNP(番号ポータビリティ)において、電話の接続の難しさや過度な引止めが課題とされている。総務省では、これらの問題に注視し、オンライン手続きの整備や利便性向上に努めてきまたが、依然として手続きが煩雑で利用者の乗換えコストとなっている。事業者は利用者の利便性を向上させるため、手続きの簡素化や分かりやすさの向上を検討する必要がある。MNP手続には一定の金銭的コストがかかるため、これをどの範囲の主体が負担すべきかについて議論がある。よって今後、MNPに関連するコスト負担についての検討が継続される必要がある。
 改正法の議論では、利用者の事業者乗り換えコストに関する議論も展開されている。違約金やMNP手数料以外にも解約事務手数料や新規契約手数料などが存在し、これらの金銭的なコストを総合的に確認する必要がある。

端末市場の活性化 
携帯端末市場において、ハイエンド端末への過剰な補助金が与えられることで、ハイエンド端末とローエンド端末の価格が近づき、市場メカニズムがうまく機能していない状況が指摘された。同様の補助がMVNO(仮想移動体通信事業者)には行われないため、競争上の公平性の問題も浮上した。これを受け、通信料金と端末代金の分離が行われることとなった。中古端末に関しては、リユースモバイル関連のガイドライン改正が行われ、リファービッシュ品の品質確認や認証制度の導入などが行われた。総務省と公正取引委員会が中古端末の流通実態を調査し、海外への輸出や販売制限などの問題は見つからなかったものの、事業者による不当な取引や価格設定の問題がある可能性が指摘されました。

1. 中古端末の流通の促進
2018年には、大手通信事業者3社が合わせて約640万台の端末を下取りまたは売却し、中古端末取扱事業者が約178万台を買い取り、約135万台を販売された。さらに、MVNOや個人間取引のプラットフォームを通じても中古端末の流通が行われている。一方で、利用者のアンケート結果によれば、端末を自分で廃棄または保管している人が56.9%もいることが明らかになり、中古端末の流通がまだまだ課題とされている。多様化する中古端末の流通については、事業者による下取りや中古端末取扱業者による売買、個人間取引、MVNOによる取扱いなど、様々な形態を総合的に把握し、その状況を注意深く監視していくことが重要である。

〈総評〉
今回は改正電気通信事業法の施行と度を超える囲い込みの訂正についての課題について明確にすることができた。情報は2020年度のものであり2024の今解決されてきた問題もありその点は省いたものの未だに解消されていない点も浮き彫りとなった。例としてsimロック解除においては2019年に解決案が制定されているい方で消費者側のMNP時の負担額は上昇傾向にある(手数料など)。電話の接続の難しさについても自身が乗り換えた際1時間以上繋がらなかった経験がありこれについても一個人として解決していないように感じる。また、端末市場の課題としてMVNOにおいて中古端末の流通を促進させるとで通信回線契約においても効果が出るのではないかと考えた。ここでは中古端末は海外流通されず中古端末事業者へ流されるとあったが、その事業者が海外への流通を行っている点は問題ではないのかという点が気になった。
この文献の通信料金等の総額表示の促進、広告表示の適正化、改正法施行後の状況の評価・検証の三つの分野を読み終えていないため次回の研究書評にて取り上げる予定である。

5/30 モバイル市場の競争環境に関する研究会最終報告書2

https://www.soumu.go.jp/main_content/000671289.pdf

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げる文献は前週同様、2020年度におけるモバイル市場の競争環境に関する研究会の最終報告書である。前週は改正電気通信事業法の施行、行き過ぎた囲い込みの是正、端末市場の活性化について内容をまとめた。今回は前回触れられなかった通信料金等の総額表示の促進、広告表示の適正化、改正法施行後の状況の評価・検証の三つの分野について取り上げていく。

〈内容〉
通信料金等の総額表示の促進
2018年6月の公正取引委員会の指摘を受け、総務省は期間拘束のある料金プランにおいて、月ごとの支払額だけでなく、契約時および更新時に拘束期間全体の通信料金と端末代金の総額を明示することが適当とする中間報告書を発表した。この提言に基づき、2019年9月に消費者保護ガイドラインが改定され、10月から適用開始となった。具体的には、①通信料金、②端末代金、③初期費用について、拘束期間全体の総支払額を利用者に明示する必要がある。NTTドコモとKDDIは2019年10月からこの総額表示を開始したが、ソフトバンクは期間拘束のある料金プランを廃止したため、総額表示を行っていない。(私の認識では今はソフトバンクも総額表示を行なっている)

対応:
MNO各社は、新規契約を締結する利用者に対する総額表示を消費者保護ガイドラインに沿って開始したが、更新契約についてはシステム改修が必要なため、2020年1月以降に順次対応する予定である。総務省は、MNO各社が新規契約、変更契約、更新契約すべてに対して速やかに総額表示を実現するようシステム改修を早急に進める必要があるとし、各社の取り組みを引き続き注視していくとしている。

広告表示の適正化
広告表示に関する問題は、販売代理店の店頭広告、テレビCM、ウェブ広告など様々な形で指摘された。具体的には、特定の利用者向けの安価な料金プランや「端末実質0円」などの誤解を招く広告が問題視された。2018年11月には、消費者庁が広告表示において実際の価格よりも有利に見せる問題を指摘した。これを受け、中間報告書では、不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)に違反する広告の自主的な取り組みが求められた。具体的には、事業者や販売代理店による事前・事後の対応や、販売代理店への指導が重要視された。2019年6月には、一部の店頭広告においては一定の改善が見られつつも、依然として適用条件の不明確な表示が指摘された。これに対し、総務省はMNO各社に対して景品表示法に違反する広告の排除を要請した。電気通信サービス向上推進協議会や電気通信事業者協会では、消費者モニターや自主チェックを導入し、広告審査の品質向上に取り組み、自主基準やガイドラインの改定を通じて、広告の適正化を行っている。端末の残債免除プログラムに関する広告についても、総務省や消費者庁が関連事業者に対し見直しを要請した。これに対して、関係事業者は名称の見直しなど広告表示の改善を行っている。改正法施行前に行われた割引に関する広告についても、一部で違反の指摘がされた。これに対して、関連事業者は改善策を講じている

対応:
MNO各社を含む事業者は、店頭広告において事前の確認と事後の確認を両方行っており特に、消費者庁の見解に鑑み、利用者を誤解させないために店頭掲示物の自主的な確認を強化し、販売代理店に対する指導も積極的に行っている。さらに、SNSやチラシなど店頭広告以外の広告媒体においても、個別の問題が浮上しており、これに対処するため、販売代理店に対する指導が強化されている。電気通信サービス向上推進協議会では、各事業者が行う事後の確認の内容や監査に関する検討を進め、テレビ広告の審査においても消費者モニターを活用する計画だ。また、自主基準・ガイドライン違反があった場合の業界団体としての対応についても検討している。総務省は、広告表示に関する要請に対する各事業者の対応状況を引き続きフォローアップしており、不適切な広告表示に関する情報提供窓口を拡充し、事業者や販売代理店と連携しながら問題解決に取り組んでいく。

改正法施行後の状況の評価・検証
中間報告書では、改正法の施行後のモバイル市場の状況を評価・検証するためのアプローチが提案された。まず、従来からの市場状況や事業者間の関係をモニタリングするだけでなく、利用者料金や提供条件の状況、利用者の認識、総務省の取組の進捗など、さまざまな視点からモバイル市場を総合的かつ継続的に把握・分析することが重要だと指摘された。これには、専門家の意見を取り入れることも含まれる。総務省は、改正法の施行後、毎年の評価・検証を行う方針を示しており、その結果をもとに措置の見直しを進める考えだ。また、電気通信市場検証会議の下で、中間報告書で挙げられた事項についてモニタリングを行う計画も存在している。さらに、消費者保護WGとの連携で、改正法の施行前後の取組の状況や端末市場の動向、SIMロック解除手続やMNP手続などについて議論が行われている。これらの情報を踏まえて、モバイル市場の健全性や利用者の利益を守るための措置が検討されることとなる。

対応:
改正法の施行後のモバイル市場に関する今後の評価・検証については、通信・端末の両市場の変革の進捗や公正競争の促進に関する関係者の取組の効果を定性的・定量的に評価していくことが適切である。具体的には、総務省が報告規則や報告徴収で収集する定量的なデータを活用し、通信料金の水準やサービスの品質、サポートの内容などを分析する必要がある。さらに、関係者からのヒアリングや利用者の意識調査を通じて定性的なデータを収集し、国内だけでなく海外の状況も考慮しながら総合的な評価を行うことが重要だ。この評価・検証を通じて、過度な端末代金の値引きなどを誘因とした競争慣行の根絶や、公正な競争環境の確保に向けた取り組みの効果を把握するとともに、新たな課題や隣接する通信市場における課題にも注意を払っていく必要がある。また、新事業法の運用・執行に関する課題や見直しの必要性も継続的に検討していくことが重要だとされている。

〈総評〉
この報告書を通して問題の懸念はされているものの、その問題が実際に起きているということが実際は浮き彫りになっていないことを通信業界でインターンする身として痛感したこ今回触れた課題で例を挙げれば、厳しいガイドラインの下で誤解を招かないような広告づくりの取り組みが行われている一方で、依然として当事者にとってわかりにくい点や、転売禁止の表示があるにもかかわらず代理店が関与しているなど、他の注目すべき課題があることがあるのではないかと思った。また、過度な端末代金の値引きによる競争慣行の根絶が課題として挙げられていたが、それが本当に達成されたとしても、MNPの競争をどのように促進するかに疑問が残る。現在、キャッシュバックが規制されたことで乗り換え競争が影響を受けており、端末以外で顧客を引きつけることは難しいという考えがある。

6/6 電気通信分野に関する独占禁止法の立法論的検討

https://www.taf.or.jp/files/items/524/File/p063.pdf

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、慶應義塾大学大学院法務研究科教授である江口公典の執筆した「電気通信分野に関する独占禁止法の立法論的検討」である。この文献は、従来の独占禁止法と事業法の関係に基づき、競争政策の評価と今後の課題の明確化、そして私的独占の禁止を含む独占禁止法の将来像を創造的に探求することを目的としている。この文献選択理由としては、通信業界における競争の促進と独占禁止法の関係が不可分であり、公正な市場環境を維持する上で極めて重要なテーマだと考えるからである。また、この文献から過去の競争政策の評価を踏まえた課題について学び現代における独占禁止法の規制のあり方を模索していく。

〈内容〉
上で述べたようにこの研究は、従来の競争政策と規制産業に関する研究の成果に基づいて、競争政策の観点から競争導入のあり方を評価し、今後の政策課題を明らかにすることを目的としている。また、私的独占の禁止に関する立法論の高まりを考慮し、不公正な取引方法の禁止などを含む独占禁止法の将来像を探求した。この研究では解釈論と立法論に焦点を当てており、解釈論では、私的独占に関する様々な問題を考え、研究の基本的な考え方を示す。立法論では、法律を作るプロセスに焦点を当て、今年度の研究成果をまとめている。
競争政策における現代の課題について考える際には、私的独占に関する規制改革や競争促進が重要である。特に、競争の促進と市場の公平性を確保するためには、私的独占行為の定義や規制のあり方を理解することが欠かせない。私的独占に関する問題では、しばしば市場でトップの企業が関与していると見られるが、法的にはトップ企業に限らず、他の企業も問題を引き起こす可能性がある。従って、私的独占を規制する際には、特定の企業だけでなく、市場全体を見渡した視点が必要である。私的独占の行為主体は、その市場で有力な地位を持つ企業であることが前提とされる。そのため、一般的な「事業者」という定義には、政策的な意味があり、特定の企業に基づく規制の必要性を考慮する必要がある。私的独占における行為形態要件は、「排除」や「支配」といった行為を指す。排除行為は他の事業者を市場から駆逐しようとする行為であり、支配行為は他の事業者を自らの意思に従わせることを意味する。これらの行為は、競争を制限し、市場を歪める恐れがある。したがって、行為形態要件の解釈においては、排除行為の原因や結果を総合的に考える必要がある。現代の競争政策に合致させるためには、私的独占規制の解釈を更新し、立法論につなげる必要がある。競争の実質的制限に関しては、市場支配力だけでなく、独占禁止法の政策的目的に基づいた解釈が求められる。また、私的独占規制の立法論においては、現行法との整合性や新たな規定の導入方法を検討することが必要である。

私的独占に関する立法上の諸問題:
課徴金制度において、支配による私的独占の場合、特定の商品や役務に関する対価に限定されていたが、改正法案ではこの制約がなくなり、課徴金の対象が曖昧になった。この変化は、課徴金制度の性格や改正法案の性格づけの変更に起因している。また、私的独占に対する課徴金は、支配と排除の両方で異なる法的性格を持っているが、これは立法上の疑問である。そのため、私的独占に対する課徴金制度の統一が必要である。この問題を解決するために、私的独占に対する課徴金制度の導入が提案されている。最後に、私的独占の区分に関する議論があり、これらの定義には課題があり、制度設計の見直しが求められる。
市場支配的事業者が濫用行為をすることを禁止する法律の提案:

この提案があるのは、現行の独占禁止法の規定だけでは十分でないと考えられるからだ。具体的な提案には、市場支配的事業者による濫用行為の規制の必要性や、現行法との関連性が詳細に議論されている。しかし、この提案にはいくつかの問題点も指摘されている。提案された法律では、市場支配的事業者が濫用行為を行った場合にどのような処罰を受けるかが議論されている。しかし、この提案には批判的な意見もある。例えば、競争制限の状態と行為を区別することや、市場支配的事業者を前提とする規定の適切性についての懸念がある。また、私的独占の場合と同様に、市場支配的事業者による濫用行為も犯罪とすることには問題があるという指摘もある。

〈総評〉
この研究では、競争政策の観点から競争のあり方や課題を評価し、さらには私的独占の禁止を含む独占禁止法の未来についての洞察が示されていた。また、解釈論と立法論に焦点を当て、法律の解釈や新しい法律の制定プロセスについても議論されている。立法上の問題に関しては、課徴金制度の変更や市場支配的事業者による濫用行為の規制に関する提案があるがこの問題には懸念点も多く挙げられていることがわかった。
通信業界における競争と独占禁止法の関係は今後も注目されるトピックであり、特にNTT法の廃止により、この分野における知識の獲得が不可欠だと感じている。今後も独占禁止法に関する理解を深め、その重要性についてさらに学びたいと考えている。

6/13携帯キャリアの選択行動と携帯端末購買行動分析

https://ken.ieice.org/ken/paper/20150302YBxf/

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、千葉工学大学大学院社会システム科学研究科に所属する斉藤らの執筆した「携帯キャリアの選択行動と携帯端末購買行動分析」である。この文献では彼らが独自に実施した市場調査データに基づいて、携帯端末の購買行動および携帯電話キャリアの選択行動に関する分析結果を示している。さらに、これらの行動の変化を考慮に入れて新たなキャリア選択行動をモデル化し、今後の市場の変化を考察している。この文献の選択理由としてはキャリア選択行動の分析が乗り換え市場の何らかの手がかりになると考えたからだ。また、分析からは、市場における消費者行動の変化や競争環境の進展を予測するための有用な知見が得られると考えた。

〈内容〉
現在の携帯電話市場は成熟期にあり、競争が激化している。iPhoneの普及や料金メニューの統一化により、キャリア間の差異がなくなりつつあり、電話番号の引継ぎが番号ポータビリティー(MNP)により可能となり、キャリア変更の障壁が減少した。スマートフォンの普及により、GmailやLINEといった新たなコミュニケーション手段が増え、携帯キャリア独自のメールサービスの重要性が低下している。また、解約手数料や契約継続年数の割引サービスも他キャリアの提供するサービスにより緩和されてきている。そこで主要3キャリアの利用者を対象とした独自の市場調査を行い携帯キャリアの選択行動と携帯端末購買行動分析を行う。
市場調査によると、携帯電話総契約数が人口を超えており、一人で2台以上所有する利用者が多いことが示された。2台以上所有する利用者は21.1%で、その中でdocomo利用者が最も多く両方の機種を所有していた。調査時期がdocomoがiPhoneの提供を開始した初期であり、auやSoftBankのiPhone利用者には、docomoからキャリア変更したものの契約を継続している利用者もいる。スマートフォンにおけるiPhone比率は、docomoが7.9%、auが44.5%、SoftBankが79.1%であり、SoftBankのiPhone比率が最も高いことがわかる。直近2年以内にdocomoからauにキャリア変更した利用者に限定すると、iPhone比率は約65%であった。
携帯キャリア選択時の重視要因における市場調査の結果においては、全キャリア共通で重視される上位の要因は似ているものの(月額料金など)、重視する順位はキャリアごとに異なった。auやSoftBankにおいて主要因と思われたiPhoneやセット割サービスの提供は下位要因となっています。携帯キャリアに対する満足度の調査においては基本的いドコモが他社キャリアを上回る結果となったが、中でも特徴的だった項目が、利用料金の満足度推移である。この項目ではドコモが他社と比較して大きく水準を下回っている。このことからその他の要因(サービスエリアなど)がこの点を補っていることがわかる。(昔からの信頼をとるには金に背は変えられないのかもしれない)携帯キャリアの継続利用意向においては次回の端末買い替え時に同じキャリアを継続利用する意向があるかを契約キャリア別に集計した結果、docomoとau利用者の約60%、SoftBank利用者の約50%が契約継続意向を示した。つまり変更を希望する利用者は非常に少ないことがわかる。一方で契約意向を5段階評価し、「必ず契約したい」と「契約したい」と回答した比率の推移をキャリア別に集計した結果、携帯キャリアに対するブランド・ロイヤルティの差が小さくなりつつあることが示された。
キャリア選択調査において選択肢を現在のキャリアを継続するか否かの二者択一モデルとするのが一般的だが、契約を継続しない意向の利用者が少ないため適切なモデル構築が困難である。そのため、携帯キャリアに対する評価項目別満足度を説明変数とし、5段階評価の契約意向を目的変数とする重回帰モデルを構築した。その中で「利用料金」と「通話品質」は予想通り重要な要因であったが、「キャリアショップの対応」に対する不満がキャリア変更行動に大きく影響していることが新たに判明した。先ほどの研究結果において携帯キャリア選択において料金やサービス機能に対する感度が低い利用者の増加が見られたため、携帯端末購入時の意思決定プロセスについて調査が行われた。その結果、約80%の利用者が携帯端末購入時に既に携帯キャリアを決めており、携帯キャリアや携帯端末を比較検討して購入する利用者は12~14%程度しかいないことが分かった。また、SoftBank利用者の約53%が端末も事前に決めていたことが明らかになり、iPhoneの影響が強いことが示唆された。

〈総評〉
この文献の興味深かった点はiphoneの購入検討を考えている消費者の多くがSoftBankを選択肢として考えているというものであった。少し調べてみるとiphoneの発売を最初に開始したのが2008年のSoftBankであり、この研究が行われた2015年ごろには他社2キャリアも発売をしていたようだが信頼性の違いがあったのかもしれない。また、現在でもどのキャリアでもiPhoneのシェアが変わらない中で、端末購入が乗り換え市場においてどの程度消費者の選択行動に影響しているのかが気になる点である。文献ではキャリアショップの対応がキャリア変更行動に影響していると述べられてたが、2015年ごろとは異なる携帯端末購買行動の変化があり、この項目がどの程度の割合で重要な要因となっているのかも調べてみたい。

6/20 スイッチング・バリアがプロモーション効果に与える影響~携帯電話キャリアによる検討~

https://www.jstage.jst.go.jp/article/promotion/6/0/6_21/_pdf/-char/ja

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、専修大学、商学部専任講師である八島 明朗の執筆した「スイッチング・バリアがプロモーション効果に与える影響〜携帯電話キャリアによる検討〜」である。この文書の要点は、「スイッチング・バリア」という概念に焦点を当てた顧客行動に関する研究であり、携帯電話サービスにおけるブランド・スイッチの要因として、4種類のプロモーションがどのようにスイッチング・バリアと顧客満足に影響を与えるかを検証している。この文献を選んだ理由は、先に読んだ番号ポータビリティ(MNP)に関するスイッチングコストの定量分析に関連する文献に触れた際、「スイッチングコスト/バリア」の概念に興味を持ち、単にMNPに限定せずにキャリア業界全体に焦点を広げた研究を探しており、この研究が見つかった。この文献を通じて、プロモーションが顧客のスイッチング行動に及ぼす影響や、顧客満足度に与える影響を理解することで、業界全体の競争力や顧客ロイヤルティの形成について考察していく。

〈内容〉
この研究は携帯電話サービス業界におけるブランド・スイッチとプロモーションの関係性を探るものであり、具体的には、4種類のプロモーション(金銭型のベネフィット付与型とスイッチングコスト削減型、非金銭型のベネフィット付与型とスイッチングコスト削減型)がどのようにスイッチング・バリアと顧客満足に影響するかを検証する。研究の仮説として以下の5つが設定されている。プロモーションが魅力的であるほど、消費者のスイッチ意向が高まるという仮説(仮説1)コスト削減型プロモーションの方が、ベネフィット付与型プロモーションよりも効果が大きいという仮説(仮説2)契約中のブランドに対する満足度が低いほど、プロモーションの効果が高まるという仮説(仮説3)スイッチング・バリアを低く知覚しているほど、プロモーションの効果が高まるという仮説(仮説4)契約中のブランドの魅力を他社ブランドよりも高く知覚している消費者は、プロモーションの効果が低いという仮説(仮説5)これらの仮説を検証することで、異なるタイプのプロモーションが顧客のスイッチング行動やロイヤルティに与える影響を理解し、業界のマーケティング戦略に貢献することを目指している。
この研究では、マクロミル社のインターネット調査パネルを使用して、携帯電話サービス(キャリア)に関する架空のプロモーション案を提示し、回答者にその評価を求める質問紙実験が行われた。対象は三大都市圏に居住する20代から50代の男女824名で、会社員が中心であった。直近での機種変更やキャリア変更をしておらず、特定の携帯電話契約会社に属している人々が対象である。実験では、9点尺度リカート法を用いて、4つの異なるプロモーション案に対する評価を比較した。この研究では、以下の4種類のプロモーションを設定した:①インセンティブの増加(キャッシュバック)、②手数料削減(変更手数料の削減)、③ノベルティ付与(予備充電バッテリーの提供)、④労力削減(電話機初期設定およびデータ移行代行サービス)。これらのうち①と②は金銭型プロモーションであり、③と④は非金銭型プロモーションである。さらに、①と③はベネフィット付与型プロモーションであり、②と④はスイッチング・コスト削減型プロモーションとして位置づけられた。これらのプロモーションの価値は各々5,000円程度と設定され、市場価格を考慮して決定された。
まず仮説1の検証において、初期のプランとプロモーションプランの評価を比較した結果、プロモーションプランの評価が高くなる傾向があった(初期値プランの平均評価は4.75、プロモーションプランの評価は5.09)。さらに、各プロモーションごとに評価の差を比較したところ、4つ中3つのプロモーションで有意な差が見られた。これにより、仮説1が支持されたと結論付けられた。仮説2では結果として、初期値プランには差が見られなかったものの、プロモーション評価とプロモーション効果は1%水準で有意であることが示された。特に「手数料削減」プロモーションが他のプロモーションよりも効果が大きく、プロモーション評価でも有意に高かった。この結果から、仮説2が支持されたと言える。仮説3では、。高満足度グループでは初期値プランの評価が低く、プロモーション評価が高かったことが分かった。しかし、プロモーション効果については満足度の影響が見られず、仮説3は支持されなかった。仮説4では、対人コストがプロモーション効果に負の影響を与えることが明らかになった。しかし、手続コストに関しては正の影響があり、予想とは異なる結果であった。プロモーション評価では、学習コストが有意に高い評価を受けたが、労力削減プロモーションとの関連性は低かった。よって仮説4は部分的に支持されたと言える。仮説5では、ブランドの魅力がプロモーションの評価や効果に有意な影響を与えることはないことが示された。具体的には、魅力的でないと感じるグループと魅力的だと感じるグループの間で差は見られず、またブランドごとの違いも影響を示さなかったことが報告された。よって仮説5は支持されなかった。
調査結果から考察すると、満足度とスイッチング・バリアがプロモーション効果に与える影響は一部にとどまり、全体的には有意な差がない傾向である。特に興味深いのは、スイッチング・バリアが異なる消費者に対しては異なるタイプのプロモーションが効果的である可能性が示唆された点である。手続きコストが高い人にはベネフィット付与型のプロモーションが効果的であると考えられる一方、満足度の高低によってはプロモーション効果には有意な差がみられなかった。さらに、プロモーションの魅力がやや不足していたことが、結果に影響した可能性も指摘されている。今後の実務においては、特に消費者のスイッチング・バリアを考慮したプロモーション戦略の構築が重要であり、それによってブランド・スイッチを促進する可能性が示唆されている。

〈総評〉
この研究は携帯電話サービス業界におけるブランド切り替えとプロモーションの関係を探るもので、主な結果として、プロモーションが魅力的であるほど顧客のブランド切り替え意向が高まること、特にコスト削減型のプロモーションが有効であることが確認された。一方で、満足度がプロモーション効果に与える影響は限定的であり、スイッチング障壁の知覚によってプロモーションの効果が異なることが示唆された。また、"異なる満足度やスイッチング・バリアを持つ消費者に対しても、プロモーションの効果に大きな差異が見られなかった"という結果においては、ある程度のプロモーションの魅力があれば、消費者の背景に関わらずブランド・スイッチが促進される可能性があるのではないかと考えた。

6/27 ブランド・スイッチにおけるスイッチング・コストの役割の検討

https://cir.nii.ac.jp/crid/1050282677436742272

〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は八島明郎の執筆した「ブランド・スイッチにおけるスイッチング・コストの役割の検討」である。この研究では顧客が他のブランドに移る際に発生するスイッチング・コストについて、先行研究を整理し、課題や問題点を明らかにすることを目的としている。研究の枠組みとしては、応用経済学や産業組織論の理論から出発し、マーケティングにおける顧客維持や低関与製品におけるブランド・スイッチの動機付け、さらには願得や顧容離脱の関連研究までを包括的に考察している。この文献の選択理由としては前回の文献にて同執筆者の取り上げた際、自分の研究において行動経済学を学ぶことが必要であることに気づき、特にスイッチングコストに焦点をおくことにした、その中で顧客が他のブランドに移る際に生じるスイッチング・コストについて掘り下げることは、現代の通信におけるマーケティングにおいても極めて意義深いと感じたためこの文献を選択した。

〈内容〉
応用ミクロ経済学や産業組織論の視点からスイッチング・コストを検討する研究は、マーケティング分野以外でも比較的古くから存在しており、主にモデルを使用した研究と国レベルや産業レベルでの実証的研究に分けられる。モデルによる研究では、Schmalensee(1982)やKlemperer(1987、1995)の研究が中心となる。Schmalenseeのモデルは、消費者の購買行動を第1期と第2期に分け、第1期に購入したブランドは品質が予測できるが、未購入のブランドは品質が不確実であることを示している。この不確実性のため、品質が未知のブランドは価格を下げなければ競争できず、この不確実性をスイッチング・コストとして説明している。KlempererはSchmalenseeのモデルを基に、先行者優位性を考察し、第1期に購入された既存ブランドと新規参入ブランドの価格競争を分析し、購入経験の有無による品質の不確実性と価格がスイッチング・コストとなることを示した。
いくつかの先行研究からスイッチングを促す示唆を得た。Ping(1993)は、小売業における供給業者への態度を分析し、スイッチング・コストと関係構築の投資を比較して態度を決定するモデルを構築した。Jonesら(2000)は銀行とヘアサロンを対象に、満足度とスイッチング・バリアが再購買意図に与える影響を検証し、満足度が高い場合はスイッチング・バリアの影響が弱く、満足度が低い場合は影響が強いことを示した。Patersonら(2004)は旅行代理店や病院、美容院を対象に、満足度にかかわらずスイッチング・コストの影響が高いことを示し、特に医療で顕著であった。酒井(2009)は美容院を対象に、新規顧客と既存顧客のスイッチに影響する要因を分析した。携帯電話会社に関する研究では、番号ポータビリティ制度が顧客移動を促進する重要な要因であることが示されている。Huら(2006)は、手続き上のスイッチング・コストと関係的スイッチング・コストが顧客の移動意図に与える影響を分析し、関係的スイッチング・コストがより強い影響を持つことを示した。また、繰り返しスイッチする顧客は不満足を経験しやすく、代替案を評価するコストやスイッチ先のスイッチング・コストも重要な要因とされている。これらの研究では、顧客満足が顧客維持とスイッチング・コストの両方に影響することが共通して示されていた。一方で、顧客維持研究では変更先のブランドについて考慮しない研究が多く、考慮する場合でも、漠然とした態度を測る尺度が使われることが多い。その尺度も知識を測るようなものが多いため、競争相手のプロモーションの影響について示唆を得ることは難しいと考えられる。
バラエティ・シーキングに関する研究は、消費者が異なる製品を試す行動に焦点を当て、ブランド・スイッチと部分的に重なるテーマである。HoyerとRigway(1984)の理論モデルは、バラエティ・シーキングの要因を製品特性(客観的特性と知覚特性)と個人差特性(パーソナリティ特性と動機特性)に分類し、スイッチング・コストを製品特性の知覚特性として位置づけている。これらの研究は動態的に顧客行動を検討しており、その手法をスイッチング・コスト研究に取り入れることが有益である。ただし、低関与製品が対象のため、そのまま適用するのは難しい場合もある。価格変動のある産業ではバラエティ・シーキングのモデルを適用できますが、そうでない産業では慎重な適用が必要である。これまでの研究は、高関与製品におけるブランド・スイッチやスイッチング・コストに関する研究が少なく、低関与製品に関するバラエティ・シーキング研究も完全には合致しないため、ブランド・スイッチ以外の顧客離脱と顧客獲得に関する研究を検討する必要がある。Hirschman(1970)以来の顧客離脱研究は、離脱の要因や行動を中心に、解消段階でスイッチング・コストが影響することを示している。一方、プロモーション研究における新規顧客獲得に関する研究は多いが、スイッチングを考慮したものは少ない。Lewis(2006)は配送料金の変化が購買行動に与える影響を示した。これらの研究はサービス提供者の問題や反応を仮定しつつ、他社の魅力や既存ブランドへの考慮が不足しており、ブランド・スイッチの要因を慎重に分析する必要がある。

〈総評〉
様々な先行研究によってスイッチング・コストが顧客の態度や再購買意図に与える影響を示していることがわかった一方で、それらは顧客維持研究は他社の魅力についての考慮が不足しており、バラエティ・シーキング研究も低関与製品に限定されがちであることが課題であることがわかった。さらに顧客離脱と顧客獲得に関する研究も、具体的なスイッチング・コストの影響を明らかにする点で課題であることもわかった。


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