12月17日

noteの下書きはゆうに100を超える。
途中まで書いたもの、最後まで書いたけど見せる気にならなかったもの、書いたことすら忘れていたもの。


これなど全く覚えがない。

昔は今よりもたくさん文章を書いてたくさんの人に見せていた。まだわたしはふつうだった。
今は昔と違って自分の知識や考えや想像をわざわざ人に読ませてやる優しさがなくなった。漫画や小説を書く人は特に優しいと思う。自分だけで楽しめばいいのに。

ギターを弾くことを人に見せなくなった。本を書くことを人に見せなくなった。絵を描くことを人に見せなくなった。

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昨日ラジオで歌手が「(自分の書いた)歌がみなさんに共感していただけて嬉しい」と言っていました。なるほどそこかと思いました。
もしわたしの書いた詩に共感した人がいたとして、そいつの程度が自分よりも低かったらわたしは死にたいです。

わたしは人が嫌いなんですか?
別に嫌いではないと自分では思っています。
大好きな人もいます。嫌いな人は特にいません。

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どういうときに人を嫌いになるのか考えたけどはっきりわからない。「程度の低い人」のことは嫌いじゃない。その場合そんなのにわかる詩を書いたわたしがごみだ。

でもクマ……クマのエサを横取りする人がいたら嫌いかもしれない。

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