■原点について


SNSをチェックしてみると、どうしても原点の部分がクローズアップされるようなので、再開するにあたって、該当部分を少し整理させてください。

同じテーマを再度扱うということで方策としては、興味を削ぐようで迷いましたが、現在も差別思想のレッテルが続いている状況なので説明させてください。ここで映画について語ることは、立場的にもタイミング的にもかなり際どいと承知していますが、どうか戯れ言だと思ってお許しください。すみません。

6年前に書いた『プロメテウス』のコメントは、騒ぎが大きくなるに伴い、遡及的に批判されたものと記憶しています。

コメントの誤読に反論した以前のツイートの引用です。

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「棄民思想」という批判について
(『プロメテウス』のコメントを掲載し)…張り切ってますね、コメント。それはさておき、問題の箇所はやはり「人間の生み出した宗教も哲学も科学も倫理もロマンも、いっさい自分が得とるためのエゴにすぎない。爬虫類だった太古の記憶に喰われて×んでしまえ」みたいですね。
単語や短文ではなく、この箇所を含めた文脈を読んでもらいたいのですが、これは本作に対する解釈です。ヒロイン(ここでは他にアンドロイド一体)以外は死滅するホラー・プロットを持つ作品を要約し解釈したものです。私の実生活の意見とは異なります。映画のスタイルに合わせてうれしそうに書いてあってもそれは違います。
では、この解釈で何が書きたかったのかというと、差別主義思想でなく、棄民思想でもリバタリアニズムでもありません。人類を差別できないし、リバタリアンも人間ですし。書きたかったのは「利己的遺伝子」という学説です。それをストーリーに絡めて乱暴に表現したのがあの文章でした。
本作では、ユングと並んで、リチャード・ドーキンスという生物学者の影響に私は注目しました。映画コメント中「生物学者がキリスト教原理主義と戦う」に出てくるその人です。初出では名前を出していたものの、ユングと並ぶと権威付けのマウンティングをしているように思えて引き上げました。代表的な無神論の論客であり、生物学界の巨人でもある彼の有名な概念が「利己的遺伝子」です。
(映画はドーキンスが否定している俗流解釈のイメージをあえて採用しているようですが…)
無神論に引っかかった方、興味のある方はドーキンスの著作を。科学者らしく合理性を重んじて、ポジティブな意味で宗教を批判しています。
あと言い回し、言葉遣いの問題がありますね。これも騒動の一因でした。乱暴な言葉なのでリスクを考え、いろいろ工夫を懲らしたつもりでした。でも、結果から見れば、もっと慎重に表現すべきでした。
なぜ俗悪な表現を使ったのかと言えば、まずは映画にカラーに合わせて、そして、少なからず、個人的な好き嫌いの問題、趣味の話になります。飛び火を避けるため実名を挙げるのは遠慮しますが、90年代、00年代の映画本の傑作群は、私のコメントよりはるかに本気でコアな表現をしていたと思います。
発表し、消してから動いていない、この比喩度の高い文章が棄民思想まで流れていくというのは、かなり飛躍しているのではないでしょうか。

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私はこれまで映画について、他のアカウントも合わせると、通算30本ほどの感想コメントをアップしたと思います。『プロメテウス』もその1本です。

『プロメテウス』では、笑っていいのかわからないような笑いにしか拠り所を持たない救いのなさを最大限に評価しました。映画の際どい魅力に沿い、自分もそこに十分にそのノリに沿いながら書いたのは事実ですが、むしろ、際どい世界観の面白さを伝えるために、バランスはかなり工夫したつもりでした。

しかし、意図するところと効果は一致せず、騒動の発端となりました。これについては、謝罪します。私の感想コメントにびっくりしたり、不快な思いをされた方には、深くお詫びいたします。反対に、好意的な評価をしてくださった方には、期待に応えられず、申し訳ございませんでした。面目を潰すかたちになってしまった人もいらっしゃると思います。心から申し訳なく思っております。

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