SHINee WORLD THE BEST 2018~FROM NOW ON~を終えて思うこと。

これはただの感想文かつ私が今まで思っていたことをつらつらと書くだけなのでなんの面白みもないであろうかつ、読むほどの文章でもないことを先に記しておきます。

私はほんっとに自分でもあきれるくらいの雑食で、色んなアイドルの沼に自ら足を踏み入れ抜け出せなくなりってゆうのを毎年のように繰り返しているわけで、その大半は長くても3年くらいしたら落ち着いてしまって所謂”茶の間ペン”になってしまうけれど、しゃいにに関しては他のどのアイドルの沼にはまっている間でもツアーがあれば全国各地に行けるだけ行ったり、なんだかんだずーーーーっと追っていたわけです。

ファン歴とかどれだけ追っかけたとかそうゆうことってわりとどうでもいいと思うんですけど、私のけーぽオタク人生において長く追っているのってダントツでしゃいにだし、一番お金を費やしたのもどう考えてもしゃいになわけです。しゃいにが好きなのはもちろんですけど、それ以前に彼らの曲とか、パフォーマンスとかがもうドンぴしゃに私の音楽のつぼをついてくるわけで、その時点でもう好きでしかない。5人の歌声から何からもう全てが好きなわけです。バラードから激しいダンス曲まで何でもこなせるしゃいにがほんっと好きで好きで。メンバー5人ともそれぞれ個性があってとっても見てて飽きないし、カムバするたびにほんっとわくわくしていたものです。

お金がないはずなのに全国各地に遠征してしゃいにを見たり、しゃいにを通して色々な人と出会ったり、しゃいにを通じた思い出はたくさんあってそのほとんどが楽しかった記憶しかないです。しゃいにを通じて行ったことない所にもたくさんいけたし、そうゆうのもとっても楽しくて。ヲタ活に付随した思い出って必ずあるはずで、とくにしゃいにを追っている時の出来事は結構覚えています。きっとそれだけ濃かったんだとおもう。私はminkey厨なので、なんでもないファンカムのなかからminkeyを見つけ出して嗚咽したり、ほんっとしょーもないですけどそうゆうことがとっても楽しくて、それがあったから毎日嫌なことがあってもなんとなく生きてきたわけです。全国どさ回りもしてくれて、私の家の近くの市民ホールみたいなところにまで来てくれて、あの時はもうほんっとに嬉しかったしありがとうでしかなかったですほんとにありがとう!!!!ドームコンが決まった時もほんっと嬉しくて、しゃいにーの今までやって来たことが報われた!!って自分のことのように嬉しくて、ドームのステージに立つ5人を見てはもう嬉しすぎて大騒ぎして、初めてソウルで見たshinee worldの時もあまりにも最高なライブすぎて、毎日くそみたいな客共の相手をして金を稼いできただけあった!!!報われた!!と思ったわけです!それくらいしゃいにのライブって見るたびに「ああほんっとに来てよかった!こんなに良いものをみせてくれたからもっとお金をはらってもいいくらいだ!!最高だ!!」って思うわけです。picassoとかヒッチハイキングとかeverybodyでもうこれでもかってくらい歌っておどるしゃいに見るとほんっとこの人たちやっばい最高!!ってなるわけです。

カムバするたびにしゃいにはこちらを期待のはるかに上を行くものを出してきてくれるし、毎回毎回カムバするたびに「しゃいにって最高!!!!!もう最高!!!!!永遠に推す!!!!!」っていう気分にさせてくれていたし、なぜかわからないけどしゃいにに関しては一人でも多くの人にこの素晴らしい音楽を聴いてほしい!!!って心のそこから思えていたのです。それに人がいなくなったり、契約のゴタゴタが日常茶飯事のこのけーぽ界においてデビューしてから色々あったけど常に5人で活動してくれていたしゃいに。2017年のツアーのタイトルはFIVEだったし、たぶん私だけじゃないと思うけどこの5人は永遠に5人なんだって信じてやまなかったわけです。年を取って活動しなくなる日が来るとしても、永遠にこの5人はしゃいにとして存在し続けてくれるんだろうなって私は思っていました。もちろん2月のドームコンも当たり前のごとく5人のしゃいにが見れると思っていました。

2017年12月18日。当たり前だったことが一瞬にして当たり前ではなくなった日。私は電車にのって家から帰っていました。電車で寝てしまっていて、最寄駅で電車を降りて、スマホを開くと母親(おにゅぺん)からLINEが来ていて。あまりの衝撃にその場に立ち尽くすことしか出来なくて、訳が分からなくて。Twitterを開くとそれを報じるニュースがたくさんTLに流れてきていて私は何かの悪夢を見ていてこれは現実じゃないと思いたかったけど、残念ながらそれは現実でした。家に帰ってご飯を食べても味がしなくて、ただただTwitterで流れてくるいろんな情報を見てはお願いだから生きていてほしい、公式は何も言ってないからまだ生きているはずだって思っていたけど、公式が彼が旅立ってしまったことを私たちに伝えてきたとき、もう本当に悲しいでは表現しきれないほどの感情が襲ってきました。翌朝には彼が残した遺書も公開されていました。大好きなアイドルの遺書ってなんだろう、私はいったい何を読んでるんだろうと。その後メンバーが喪主を務めるとか、彼の死というものが現実味を帯びる出来事がたくさん起きてきてじょんはもうこの世にいないんだって漠然と思っては泣きそうになりっていうのを我慢しながら何事もなかったかのように過ごしていました。実際はそれが一番辛かった。まわりの人たちは私がしゃいにヲタってことを知っているから心配して「もしかしてこのニュースって○○さんが好きなグループの人??」って聞いてくる人もいて、本当に心配してくれたことに関してはとってもありがたいと思ったけど、その時の私はもう悲しすぎて「しゃいにぺんじゃないのに、じょんのこと何も知らないのにそのことにお願いだから触れないでほしい私にその話題をふらないでほしい」って思っていましたごめんなさい。(ここに書いても誰も見ていないと思うけど。)この悲しい出来事で彼を知ってほしくないからもう彼のことを報じないでほしいとも思っていました。世間からしたらたかがアイドルって思う人たちもたくっさんいるんだろうけど、私からしたらしゃいにってたくさん楽しい時間を作ってくれた人たちで、なんなら韓国語も勉強する気にさせてくれたグループで、きっとしゃいにがいなかったら経験出来なかったこともたくさんあったと思うのです。韓国語を勉強してたから経験出来たこともたくさんあったし、韓国語を勉強できる学校に行ったから出会えた人たちもたくさんいたわけです。

日に日にじょんが旅立ってしまったことが現実味を帯びてきて、きぼみがおにゅの肩に顔をうずめて泣いているところを見た時、一気にもうこれから彼の姿をみることは出来ないんだ、私はもうきらきらした大好きだった”5人”のしゃいにも、私と某きぼみぺんが目の前のしゃいにに騒ぎ倒してたらそれに対して笑ってきたじょんも、わんこみたいにかわいかったじょんも、いっつも一番先に泣いちゃうじょんも、寝れなかった時にラジオをつけると聞こえてきたぷるんぱむのじょんの声も、もうこの先見れないし声も聴けないんだって思ってもう意味が分からなくて、じょんをなぜこうさせたのかとか医者は何をしていたんだとか、私はじょんの友達でも家族でもないからじょんの身に何か起きていたとしても何もすることは出来なくて、自分でも何言ってんのかわからないけど、何も出来なかった自分にももはや腹立たしくなってきて。ファンって無力な存在なのかなって思ってとっても悲しくなったり、あの1週間自分がどうやって過ごしていたのかは正直あまり覚えてない。私も自分では頑張っていないつもりだったけど、色んなことは完璧にやろうとしすぎてしまい、1年ほど前突然のめまいと動機に襲われたり、その後謎の体調不良に悩まされたり、色んな病院行っても原因が分からなくて、のちそれはパニック障害だと分かったけど、今でもたまにすごいストレスフルなことが起きると平気で2~3日とてつもない倦怠感におそわれてなにも出来なくなって、人の心って意外と弱いんだな~って漠然と思っていた矢先に起きた彼の死。幸い私は自分に合う医者を見つけられたので、辛い時は薬を飲んだりしながら毎日普通にすごせているけど、彼ももっと良い医者に出会えなかったのかとか12月17日に戻ってなんとか彼の死を止めたいとかほんとに馬鹿みたいですけど何も出来なかった私にも腹立たしくなったわけです。ただ、こんな風に私が思ったとしても、彼が自分で選んで決めたことでもあるから私の様な外野がとやかくいうことでもないしその決定を尊重してあげることも大切なのかもしれないとかも思います。きっとじょんが頑張ってきたことってじょんの周りの人が一番知っているだろうし、彼が自ら人生を終わりにしたことに対して悪く言う人もきっといないんだろうと思う。でももうじょんは戻ってこない。みんなのじょんは戻ってこない。そう思うと毎日毎日悲しくて悲しくて一生この悲しみが癒えることはないんじゃないかってそれくらいに思っていました。

きっとライブも中止なんだろうなと思っていたけど、残された4人はライブを行うことを選択しました。カムバを予定していたじょんが残してくれたアルバムも発売されたり、しかもそのアルバムもとってもよくて、これパフォーマンスするじょんって絶対かわいんだろうなとか思ったり、じょんの不在を感じさせる出来事もなかったらからライブでもじょんが出てきてくれるような気さえしていました。でもあの日私の目の前に現れたのは4人のしゃいにでした。

じょんがいない。これが現実でした。泣かないつもりだったけど、colors of the seasonsでおにゅが歌い始めた瞬間もうだめでした。どこを探してもじょんはいないことに対する悲しみと、それでもステージに戻ってきてくれた4人に対してのありがとうっていう気持ちで泣かずにはいれませんでした。じょんの声がするのにいるのは画面の中のじょんだけで、目の前のしゃいには4人。みのがeverybodyで空に向かってスイッチを入れていたり、そうゆうふとしたところでじょんがいない現実をまざまざと突きつけられて、そのたびに楽しかった思い出がよみがえってきたりもして。わちゃわちゃしてる5人はもういないんだって。泣いてばかりだったけど、やっぱりそれでもしゃいにのライブって楽しくて、気球に乗ったちぇみのには「ちぇみのが飛んだwwww」って笑わせてもらったし、きぼみは安定のきれっきれでdivaだったし、じょんがいなくてもそれを感じさせないくらい4人はじょんの分まですっごい頑張っていたと思います。

きぼみが「ぼくはみなさんからもらった愛と力をお返ししたいから、その約束絶対守りたいから」って言っていたけど、私からしたらしゃいにが存在してくれていること自体がその約束を果たしていることになるし、しゃいにがいてくれればそれだけでもうそれ以上は何も望まないからと思いました。「じょんくんを忘れないでください」って言ったけど本当に何があってもじょん、そしてしゃいにを忘れることなんてないし、目の前にいたしゃいには4人だったかもしれないけれど、彼が残してくれた音楽が人々に聞かれ続ける限りじょんひょんはこの世に存在するし、しゃいにはずーっと5人だと思いました。これから4人で出す曲も出てきたり、4人で新たな活動をするかもしれない。だけどしゃいには永遠に5人だし、私が好きだったしゃいにも5人だったし、これから私が好きなしゃいにも5人です。最初からこの5人じゃなかったらしゃいにを好きにもなっていないと思います。

おにゅ、じょんひょん、きぼみ、みの、てみんがしゃいにーというグループで音楽を届けてくれて、この5人と同じ時代を生きれて彼らの音楽を聞けたこと自体が奇跡なのかもしれません。そもそもしゃいにーは韓国のグループなわけだし、しゃいにーのことを知らずに生きていく可能性だって大いにあったはずです。きっと私も年を重ねるにつれ、こんな風にしゃいにとかアイドルを負うことは無くなっていくだろうと思っているけど、しゃいに、そしてじょんが残してくれた曲は一生聞き続けると思います。正直今も夜ひとりになるとじょんのことを思い出してとてつもなく悲しくなったり、まだまだじょんの死を受け止めきれて入れない部分はあります。だけど、いつか自分の若かりし頃の思い出としてしゃいにのことを笑って話す日がきたらいいなって思うわけです。

WE CAN BE TOGETHER IN THIS SPACE. WHILE BEING ON THE OTHER SIDE OF THE EARTH. WE CAN BE TOGETHER AT ANY TIME, NOT JUST AT 12 O'CLOCK. PHYSICAL MATTERS CERTAINLY REMAINED INDIFFERENT IN OUR SPACE. I ONLY HOPE FOR THIS TO NEVER CEASE.  I HOPE THIS SPACE THAT BELONGS TO YOU & ME. BE THE SITE FOR ANYONE TO REST IN TRANQUILITY. I HOPE FOR OUR MEMORIES TO RISE AS REMINISCENCES AND EMBRACE YOU LIKE NO OTHER. THIS IS DEDICATED TO THOSE WHO HAVE CREATED OUR SPACE TOGETHER. THANK YOU.

じょんのアルバムに書いてあった言葉です。

空の上の平和な場所で、じょんがゆっくり休んでくれていたらいいな。お疲れ様でした。ずっと大好きです。


Rest in peace Jonghyun. 




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