ゴールド・フィッシュを探して

「トサキンを知っているか?土佐に錦に魚と書いてトサキンと読む。土佐の……高知の金魚だ。反り返った優美な尾が特徴で、天然記念物に指定されている。土佐錦魚は江戸時代に土佐藩の武士により琉金と大阪蘭鋳の交配によって作出されたと伝えられている。その後、昭和の戦禍と災害により土佐錦魚は絶滅したかに思われた。しかし一人の愛好家が街を駆けずりまわり、ある料亭の水槽にたった六匹、生き残っている土佐錦魚を見つけた。現在市場に流通している土佐錦魚は全て、その六匹の子孫だ。土佐錦魚は執念により復活した」
 腕に刺青のある体格の良い男が、石宮に向かってそう話す。
「つまり最低でも雄雌二匹見つかればいい」
石宮はよれたワイシャツの肩を落とし、がたがたと震えながら話を聞いている。
「松野継蔵という男を知っているか?知らないだろう。こちらは明治期、東京の、伝説の金魚屋だ。彼によって交配された世にも美しい金魚は、当時の華族にもてはやされ高値で取り引きされた。しかし彼と彼の養殖場と金魚は一瞬にして姿を消した。この事件については後でいいだろう。とにかく伝説の金魚は表舞台から姿を消したが、今、もし松野継蔵の金魚が手に入るならば、億を積む愛好家は何人もいるだろう。一億だ」
 刺青の男の背後の水槽で、10cmほどの赤い金魚が数匹、静かに泳いでいる。
「この子たちは五百。一匹が五百万円だ。そういう世界だ」
 男は腕を組む。その刺青は、翅のようなヒレを持ち、龍のような顔つきの、奇妙な魚の図案だった。
「フナなどと交雑して野生化した状態で見つかったとしても、血を受け継いでさえいればそこから交配次第で純血種に近い姿に戻せる」
薄暗い事務所の中で刺青の魚が笑う。
「松野継蔵の作りし伝説の金魚の末裔を見つけだせ。それは日本のどこかのドブ川か、深山の湖畔か、田舎の駄菓子屋の水槽の片隅にいる。一匹一億円の生きた芸術品だ。見つけだせれば、お前は自由だ」

〈続く〉

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