ビブリオテッカ・デ・バベルの女たち

わたしを殺したら、あなた、墓に刻む詩を書いて

 8時20分には事務室内の自席に着く。8時30分にラジオ体操第一の放送が流れ、それから簡単な朝礼。朝礼の後、紺色のエプロンを身につける。エプロンのポケットにメモ帳とボールペンを放りこむ。ホワイトボードを確認する。今日は私が午前中のカウンター当番だ。
9時開館。市立図書館の平日の朝は意外と賑やかだ。新聞を読む老人、熱心な受験生。貸出カウンターに座った私は、差しだされる本の裏面のバーコードを読み取り手続きを行う。
 10時40分。人の列が途切れた後、一人の女性が現れた。手に五冊の本を抱えている。バーコードを読み取ると、ピッ、ピッ、ピッ、と電子音が鳴る。
J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
紫式部『源氏物語』
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『バベルの図書館』
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
蒲松齢『聊斎志異』
「貸出カードをお願いします」
 大学生ぐらいだろうか。薄手のトレーナーに、綿のトートバッグ。カードには「真崎陸子」と名前が記されている。
バーコードリーダーがピリリリリ、とエラー音を鳴らす。
「カードの有効期限が切れていますね。少々お待ちください」
 事務室に戻り、キーボックスの鍵を探す。鍵には黄色いプラスチックのプレートがついていて、プレートに貼られたテプラには「第六書庫」と記されている。「第六行ってきます、カウンターよろしくお願いします」と声をかけてから戻る。
「別室で手続きを致します。こちらへどうぞ」
先ほどの女性をカウンター内に誘導する。カウンター奥の狭い廊下へ進むと、地下への階段がある。地下一階、二階、三階、と降りてゆく。彼女は静かに後ろをついて来ているようだ。
 やがて横幅三メートルほどの鋼鉄の扉が現れる。扉のプレートには「第六書庫」の文字が光る。ずれた眼鏡を直して後ろを振り向く。
「ここが図書館の最深部、第六書庫です。準備はよろしいですか?」

〈続く〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?