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コミュニティノートの炎

7月3日から8月10日にかけてのおよそひと月間、コミュニティノートを作成してみた。私は正直、コミュニティノートを書くことに憧れを感じていた。バズっているポストに淡々と補足情報を書き入れる。専用の匿名アカウントが用意される。ポストするアカウントとは切り離された、Xの裏の顔である。何ヶ月も前から自分でも書いてみたいと切望するようになった。そして7月からようやくその権利を得て、燃え上がる炎のように張り切って書いてみた。

今ではもう、その憧れもなくしてしまった。7件のコミュニティノートを書いたが、1件も日の目を見ることはなかったのだ。どころか、最後の1件は「役に立たなかった」と評価された。その理由は「要点をついていない、または関連性がない」というものだった。要点をついているか関連することを書いたつもりだったのだが……客観的に振り返ろうと筆を取った。それがこの小文である。

私が作成した7件のコミュニティノートを紹介したい。いずれも「Xに表示されません」とされた文章である。本当に元ポストとの関連性がないか、読者諸氏に吟味していただけたなら僥倖である。簡単に関連するコメントを付した。


1 『ルックバック』

『ルックバック』原作は、

①2021年7月19日に発表された修正前版

②同年8月2日に発表された修正後版

③同年9月3日に発売された単行本版

の3パターンがあります。

映画は①ではなく③に準拠しています。③でのセリフは

「オイ 見下しっ 見下しやがって! 俺のアイディアだったのに!

パクってんじゃ ねえええええ」

です。①の原作通りに戻ったわけではありません。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/66bd1d4c42e1617e56ab1369685db38f93dc8494


また、「作中の描写が偏見や差別の助長につながることは避けたい」と編集部が発表し①から②に修正されました。

偏見や差別を助長しかねないような表現を避ける修正は、必ずしも改悪とは言えません。

https://www.itmedia.co.jp/news/spv/2108/02/news098.html


『ルックバック』や『チェンソーマン』を描いた藤本タツキは漫画界の寵児だが、私はこの漫画家が好きではない。読んだ上で好きではない。好きではないと公言するためにわざわざ全部読んでいる節さえある。ページによっては面白いと感じることもあるものの、いかんせん大小のプロットが破綻している。チェンソーマンの強さの秘密は第一部で語られるべきではなかったか。『ルックバック』の修正騒動も藤本の知的な甘さゆえのことだ。私は『ロリータ』で有名なナボコフのように、知的な書き手の緻密なプロットが好きである。とはいえナボコフなら何でもよいわけではなく、宇多田ヒカルはナボコフの『青白い炎』を読んで涙を流したそうだが、さすがにああいった中年男性同士の絡みは好まない。人が誰に恋し誰に欲情しようと自由だとは思うが。



2 チェーンソーの起源

チェーンソーの起源については諸説があります。

18世紀後半に二人のスコットランド人医師、ジョン・エイトケンとジェームズ・ジェフレーによって、それぞれ独立に発明されたとも言われています。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/003693300404900218


『チェンソーマン』の主人公・デンジは、モテるためにチェンソーマンとなって戦う。多少の共感を覚える。私はモテるために匿名でTwitterをした。何十人かのフォロワーと肉体関係を持つことができた。大半は未成年だった。


3 「君の名は。」

「東京のイケメン」という表現は『君の名は。』において、田舎の高校生である三葉が「もうこんな町いやや!こんな人生いやや!来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!!」と願いを口にした言葉です。

三葉が具体的な男性キャラを「東京のイケメン」と言い表したわけではないことに注意してください。

https://www.eiga-square.jp/title/kimi_no_na_ha/quotes/4


多くの者と同じように、新海誠の映画には思い出がある。「君の名は。」は友達といっしょに観に行った。この映画は大ヒットのおかげでずいぶん長い間、上映されていた。Twitterのフォロワーがまだ観ていないということだったので、私から誘って二人で映画館に足を運んだ。相手の子は高校生だった。彼女が池袋西口で待ち合わせしている間に、サラリーマン風の男性に「援しないか」と声をかけられたそうだ。これは要するに、有償でホテルに行かないかという意味である。金を出さないと若い女の子と遊べないようでは未熟もいいところである。「天気の子」のときは女子中学生と観に行ったものである。映画のあとにカラオケに入って、合意の上で事に及んだ。この中学生は処女だった。


4 アインシュタインの妻

アルバート・アインシュタインの初の論文である

“Folgerungen aus den Capillaritätserscheinungen [毛管現象からの2,3の帰結]”

は、後に妻となるミレヴァ・マリッチと協働して執筆されました。しかし彼の名前だけで出版するという決定がミレヴァと共同でなされたようだと言われています。ミレヴァはアルバートが名を上げ、仕事を見つけることを手助けしたかったのではないかと推測されています。

また、当時は女性に対する偏見が蔓延していたため、女性が共同署名した出版物の影響力は低かったかもしれないことも指摘されています。

https://www.scientificamerican.com/blog/guest-blog/the-forgotten-life-of-einsteins-first-wife/


大学生のときに共同で論文を書いた女友達と、卒業後に食事をする機会があった。共通の女友達も同席した。私はその席で、二人からひどく叱責され侮辱された。世の中には親に非行させられている子供もいるのだという。それと私が叱責されることに何の関係があるか、そのときの私にはわからなかった。かつて味わった屈辱がフラッシュバックした。私は何年もかけて彼女たちに間接的に報復を果たしたが、それだけで屈辱を忘れられるわけでもなかった。私が何人もの未成年を誘惑したことは、彼女たちへの報復の続きだったのではないかと、ときどき思う。



5 共依存

共依存は恋愛依存症と回避依存症の恋愛関係にだけ当てはまるものではありません。

一方が他方の依存症や精神状態の悪さ、未熟さ、無責任さを支援したり、助長したりする機能不全の援助関係は、共依存とされます。

共依存の症状は以下の通りです。

・激しく不安定な人間関係

・孤独に耐えられず、孤独を避けようと必死に努力する

・慢性的な退屈感と空虚感

・自分自身のニーズを、関わる人のニーズに従属させること

・受け入れられることと愛情を求める圧倒的な欲求

・不誠実と否定

・自己価値の低さ

https://bpdfamily.com/content/codependency-codependent-relationships


共依存の経験は一度ある。前々から私に好意を寄せていた16歳の女子高校生が鬱になった。私は彼女を助けたいと思った。恋愛関係になろうと私から持ちかけた。彼女の家庭環境に問題があったのは間違いない。しかし彼女はひどく傲慢だった。私に助けられることを当然の権利として要求してきた。相手が恋人であれ、他人を思いやる心を持たない人間だった。それは父親ゆずりの生来の気質だった。私は彼女の要求に振り回されて疲弊していった。彼女を犯そうと思ったが、それは叶わなかった。



6 人類の体毛

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