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旅人は、無敵

初めてのバックパッカー。バンコクの空港に降り立った時の、期待と少しの不安が入り混じった、あの高揚感は忘れられない。

空港を出た瞬間に東南アジアの熱気を全身で感じ、異国の言語が耳に入る。
この国では、誰も僕の名前も顔も知らない。日本のしがらみにも縛られない。同調圧力を帯びたあの視線を向けられることもない。

僕は無性に叫びたかった。呼吸をする度に、全身に爽快な風が行き渡る。
僕はここで何だってできる。何にでもなれる。


僕は無敵だ。


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昔から変わった子供だった。周りが流行りのテレビ番組やゲームについて話す中、僕は海外の絶景や情緒溢れる街の写真をひたすらインターネットで見る事が好きだった。閉塞感のある教室で、世界一周中の旅行者のブログを読み、自分の行ったことのない世界に夢焦がれていた。

ただ、大学に入り、サークルやバイトに勤しんでると、いつしかそんな思いも忘れていた。自分の周りの事に手一杯になっているうちに、気づけば就職半年前。

後悔のない学生生活を終えるために、何をすべきか自分でもわかっていた。オンラインで買った新品のバックパックに荷物を詰め込み、僕は旅に出た。

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バンコクの喧騒の中を歩くと、自分が今まで囚われていた、見えない枠組みから解放されるのを感じる。トゥクトゥクのドライバー相手に、初めて値切り交渉をした。地元の人が並ぶ屋台で、パッタイを食べた。カオサン通りでフットマッサージを受けながら、行き交う無数の旅人の人生に思いを馳せた。

その全てが新鮮だった。普段と違う自分でいる事への不安や気恥ずかしさは完全に無くなっていた。
なぜなら、僕は無敵だったから。

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タイを抜けて、カンボジア、ベトナム、ラオスを回った。その全てが冒険だった。友達も何人もでき、日本にいた時には考えられない程、外交的になれた。本当の自分を見つけた気がした。

そんな中、再びタイに戻ってきた。最後の目的地であるチェンマイで、世界最大のランタン祭、コムローイ祭に参加するためだ。事前に買ったチケットを握りしめ、乗り合いバンに乗り会場に向かう。

祭開始までの間、会場内を散歩していると、たくさんのメモが貼り付けられた柱を見つけた。どうやら、ここに願い事を書き、その想いを込めてコムローイを夜空に飛ばすようだ。

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僕はペンを持ったが、手が動かない。願い事が思い浮かばなかった。胸がどきりとした。

今までの自分から解放された僕は、無敵で、何にでもなれて、無限の可能性があるのに、

何がやりたいのかわからなかった。


結局、紙には何も書かなかった。ペンを置き、コムローイの打ち上げ場所に向かう。打ち上げ前の典礼が行われた後、いよいよ自分のコムローイに火をつける。カウントダウンに合わせて皆一斉に、夜空に向けて放った。

夜空を無数の光が埋め尽くす光景は、ただひたすらに幻想的で、一生忘れることはないだろう。

周りが歓声を上げる中、僕は自分のコムローイが夜空に消えていくのを、じっと眺めていた。

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今は仕事をしながら、休暇を利用して旅に出ている。ただ、どうしてそんなに旅が好きなのか、と聞かれる度に、返答に困る。おそらく、旅に出たことがない人は、この感覚を理解できないだろうから。


旅に出ると、無敵になれる。

でも、今度チェンマイに行く時は、コムローイに願いを込められるように。

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