ー帰還ー③

私の拗ねたその姿に、宗はあーあ…また始まったよ…と諦めたかのように、静かに溜息を吐いた。

「それにな、それ気持ち悪いだろ?」
「何がよ」
「何がって、お前気づいてないの?その小鬼の返り血、もろに浴びてしまったんなら、早くしないと臭いぞ。それにその匂いはうちの野郎共が戸惑うからな」

その服は、返り血浴びて染み着いてしまっているしな、もうだめだろ。焼いて捨ててしまえと、小鬼の返り血浴びてしまっていた私の姿をみて淡々と言った宗に対して、もうこの服が着れなくなってしまったのだという事実に、私はショックを受けて呆然としていた。

(お気に入りの服の一つだったのに、駄目になってしまったなんて!)

あの時、逆恨みで小鬼が、私を追いかけて来なければ、お気に入りの服は無事だったのに!と、半ば八つ当たりといったふうに、宗の脚にがっつんと蹴りをいれた。

「桜織?…いってー!お前な、八つ当たりで蹴るなよ!」
「ふんだ。」

乙女心がわからない宗には、お気に入りの服が着れなくなった事に、
もの凄く、ショックを受けているだなんて絶対に分かってない。

「なんなんだ、反抗期かっての。」

ぶつくさいいながら、ほら拗ねてないでさっさと歩けとばかりに再び、くるっと前を向いてズンズンと歩き出した。

(もう、この服着れないなんて!)

小鬼に噛まれた痕がもの凄く痛い筈だった私は、がっくりと肩を落としたまま、お気に入りの服が駄目になってしまったという事実と、これからの服装どうしようかという放心状態で宗にズルズルと引きずられていく途中に、「ぷっ…」と突然背後から笑い声が漏れたの聞こえて振り向いた。

「誰よ」

後ろから笑い声が漏れたのを聞きとった私達2人は、一瞬立ち止まって周辺を見渡した。

「なあ、今笑い声したよな…」
「…うん、確かに後ろから聞こえた」

私達2人にしか居ない筈の廊下に、後ろから笑い声が聞こえてくるというのは、絶対にあり得ない。

ましてや、今は大広間の通路に警備を当たっていた戦士達は、長老の命令で外へ見回りに出かけているのだから、声がするというのは有り得ないのだ。

「…誰?今、笑い声を出したのは。」
「ああ、ごめんごめん。2人とも驚かせてしまったかな?」
「あ、いえ…」
「そう?いやまあ、ここでのんびりしていたら、丁度2人の掛け合いを見ていて、つい笑ってしまったよ。」

腹筋が崩壊するかとおかしくなるぐらい、笑い声を抑えるの大変だったんだからと、暗闇から銀色の目をした狼が、茶目っ気に笑いながら反対側にある高い塀で、のんびりと寛ぎながら座っていた。

「まったく…君達2人の声がここまで届いていたよ。」
「いつの間に、ここに居たんですか?」
「ん?さっきから僕は、ここにずっと居たんだけどな。まあ、君達は喧嘩に夢中で、それどころじゃなかったんだろうけど。」

と言い放し、高い塀からスタッと優雅に地面へ着地して、呆然と立ち尽くしている私達の目の前で、狼から人間の姿に変幻したのは、戦士達を束ねる総隊長もとい兄貴分と慕われている銀狼だった。

「…こいつが、お転婆すぎるだけですよ、総隊長」
「その様だね。僕が見る限りこの山から、こっそり脱走しているのは白百合様しかいない。」
「は?まさか…こっそりと脱走してたの知っていたの?銀狼」
「勿論。」

和やかにうなづいた銀狼が、時折ふっと笑いながら見つめてくるので、思わず私の心臓が飛び跳ねた。

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