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薄曇の空 第四話

    4.満月がとても美しかった頃の異変


  十月。仕事の帰り電車の中で吊革につかまって立っていた。私の向かいに座っていた年上の女性が私に話しかける。
「おねえさん大丈夫⁉︎顔真っ青だよ⁉︎座った方がいいよ、どうぞ?」
「えっ?ああ眠いだけですから。ご心配をおかけしました、すみません。」
と軽く返したものの、そんなに顔色悪く見えるって何だろうと思った。
 週が変わり会社に行こうとして電車に乗っていたところ、気づけばドアの前の床にしゃがみ込んでいた。はっとして立ち上がった。私一瞬でも気を失っていたのか?…なんだろう、私調子悪いのかな?でも特別痛いところもないしなぁ?と不思議な気分になった。


 しかし、十一月になりトイレで異変に気がついた。便とともに大量に出血した。お腹は別段痛くない、しかしこれは…。
 その日からお通じの度に必ず出血があった。そう言えばそろそろハジメの四回忌だな…もしかしてあのひとが迎えにきたのかな?と考えたりした。
 更にお通じの時に嘔吐した。お腹を壊している感じじゃないのに何故吐いたのだろう?…これは検査しないと駄目なのか?でも勤務シフトがきつい、いつ検査しようか?お腹だから大腸科かな…。
 検索してとある大腸科を見つけたがもう年末になっていたので、初診は年明けになった。

「進行性の大腸がんです。大病院で切ってサッパリしましょう。」
 大腸科の医師に風邪です、くらいの感じでサラリとがんを告知された。
 続いて大病院で詳しく検査すると、
「ステージ3aです。リンパ転移がここ、みぞおちの所にあります。ここ、S状結腸には直径四センチ位のがんがあります、気付きがもう少し遅かったら閉塞を起こしていましたよ。」
との診断を受けた。
 そこからはただただ医師の言う通りに手術と化学治療を受ける事となった。
  手術室へは歩いて案内され手術台にも自ら登った。翌々日から病棟を歩かされ十日目で退院したが、その日から愛犬の散歩を行なえた。
 化学治療は半年間、電車で通って行なった。親達のがん治療と比べてかなり進化していたのが驚きだった。とは言え化学治療はかなりきつく、十二回行なう所を十回で中断した。
  中断後三か月で無理矢理働き出した。治療により社会からこぼれてしまう事を恐れていた。何でもいいからとにかく働こうと思った。

「デコ…万が一俺が去った後お前に男がいても許すがアレは駄目だ。アレは俺とだけだ、約束だからな。」
 ハジメと最後に逢った時言われたのだ。アナルファックは他の男性に許すなと。
 ハジメは嫉妬深い…それでS状結腸辺りににがんとなって取り憑いたんか?などとくだらない事を妄想した。


 そうか…あのとき気付かないフリをして人生を終える手もあったかと、がんの治療を受けたことを早くも後悔した。
  正の時間から逃げ出し、虚の時間にて再びハジメに逢えるチャンスがあったのに…逃したじゃないか。

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