起こったことを、そのままに書く
書いていると何かが起こる。「そういうことはよくあるんですよ」とO氏は言う。もうなにも起こらないだろうと油断して書いていると、必ず何事かが起こる。いや、もう既に起こっていたのか。
今朝も珈琲店に向かう。二階窓際カウンター席に座って昨日まで書いた文章の続きを書く。なかなかじりじりとして停滞するような場面だ。前に進めないし進むための材料がないような感じ。書いている途中でいつも隣の席を一つ空けて座る常連客のおばさんがやってくる。おばさんはホットコーヒーを注文した。
しばらくタイピングする。今日はちょっと難しい感じだったなと思ってタイピングをやめる。ポメラを閉じて、ノートを開いて朝のことを少しだけ書く。店を出る前にトイレに行こうと席を立ったときに、一つ席を空けて座っている常連客のおばさんが話しかけてきた。
「すみません」
鞄から何かを出してくる。
「これ読んでください」
小さな封筒を手渡される。
「はぁ」
受け取って、一瞬、止まる。
そうだ、トイレに行くんだった。おばさんに向かって何度か頭を下げて、受け取ってしまった小さな封筒をテーブルの上のノートの間に挟んで、トイレに向かった。
トイレに入って鍵を閉める。封筒の中になにが入っているんだ。「読んでください」とおばさんは言った。手紙か。その場で開けるわけにもいかない。何が書いてあるんだろう。ひとまず失礼のないように封筒を取り扱うしかない。
トイレから出て席に向かう。おばさんは窓の外を向いて座っている。少しこちらを向いて、恥ずかしそうに微笑む。なんとなく気まずい。ぼくは何度も頭を下げる。いつもなら席に座ってもう少しゆっくりしてから店を出るが、立ったまま急いでコートを着て、小さな封筒を挟んだノートを手に取って鞄に入れる。なんとなくおばさんの方を見ることができず、何度も頭を下げて席を後にする。
レジに向かう階段を降りる。封筒の中身が手紙だとしたら、なんて書いてあるのだろう。受け取ったからには読まないといけない。
いま電車に乗って仕事場に向かっている。小さな封筒は鞄の中のノートに挟まれている。