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マンガ雑記『葬送のフリーレン』

 自分が成し遂げた何かは、自分がいなくなった後どうなるのか。語り継がれていくのか、もしくは忘れられてしまうのか。数百年、数千年単位の時間経過を体験することができない以上、その予想は難しい。かといって、その経過を見届けられるほど長生きできたとして、それがいいことだとも言えない。
 『葬送のフリーレン』は、勇者が魔王討伐を成功させた“後”を舞台とする、異世界ファンタジー漫画だ。主人公は人間の何十倍も長生きするエルフ・フリーレンで、彼女の人生は勇者一行との旅が終わった後もさらに続いていく。読者は、冒険のその後をフリーレンの視点から眺めることになる。昔あった村がなくなっていたり、勇者の立像が放置され汚れていたり、身近だった人々が死んでいったり……。魔王がいなくなった後、世界がどうなっていったのか、本来は描かれるはずのなかった時間がそこにはある。
 描かれるのは世界の変化だけではない。むしろ中心にあるのは、フリーレンの緩慢な内面の変化だ。彼女にとって、他の種族との交流は、いっとき限りのものでしかない。勇者との10年間が一瞬であったように、現状続いている弟子たちとの旅も、短くはかないもののはずだ。しかし、かつての旅の光景と今の光景とが重なる時、そこには大きな変化があることが分かる。ふとした仕草、口を突いて出た言葉のわずかな違いから、他者への認識が、人生における「ひとときの同乗者」ではない、別の何かになりつつあることが伝わってくる。そしてその連続が、フリーレンの目的をうっすらと浮かび上がらせてもいる。いかに他人の成したことを自分が伝えていくか。今いる友人と亡くなった人々の記憶をどう運んでいくのか。それがフリーレンの抱える第二の冒険の主題であり、彼女のセカンドライフそのものだ。
 フリーレンは図らずも、かつての勇者との旅路を再びたどり、過去の仲間の後継者たちをパーティーに加えていく。それぞれに抱えた師匠への想いがあり、それらは恐らく先にある困難を経て、“往きて帰りし物語”として語り継がれていくのだろう。二つの冒険を繋ぐ魔法使いの物語として、今作を「ガンダルフの視点から見た『ロード・オブ・ザ・リング』」と言うこともできるかもしれない。
 冒険の後、ガンダルフは神の国へ旅立ち姿を消した。天国への旅の末に、フリーレンは何を見て、何を思うのだろうか。それはこれからのお楽しみだ。

(文・谷山亮太)

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