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LOVE♡HIDAST▶️あの人と打ち上げしてきました!▶️ヒダスト番外▶️もりもさとこ編▶️2020.01.09

こんにちは♡
ライターのMEGUです!

わたしが記事執筆をお手伝いしている
株式会社 ゴーアヘッドワークスの
飛騨で活躍する素敵な人たちにスポットをあてた
インタビューメディア「ヒダスト」。

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✽インタビュー記事作成の
ご依頼・お問い合わせは、
ゴーアヘッドワークス様へ!▶️https://www.goaheadworks.com/
飛騨のライターがあなたのためだけの
インタビュー記事を作成させていただきます。

ヒダスト編集者
丸山純平さんの最新記事はこちら。
https://hida-st.com/2020/01/06/yamashitakiichirou/

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2019年はお陰さまで
ライターMEGUとして
4本の記事がリリースになりました。

そして、ライターMEGUの超自己満企画として、
本編とは関係なく(関係ないのでnoteに書いてます)

LOVE♡HIDAST▶️あの人と打ち上げしてきました!

という打ち上げ企画を派生させました。

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ಇ前回の記事はこちらಇ

LOVE♡HIDAST▶️あの人と打ち上げしてきました!▶️ヒダスト▶️大澤さゆり編▶️2019.12.04|writer MEGU(ライターめぐ) #note https://note.com/writermegu/n/n38f909cdc5e0
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インタビュイーさん(インタビューされる人)を打ち上げにお誘いし、尽きせぬ想いだったりインタビュー秘話を書いて記事にしようという・・本当に、ただの自己満なんですが、前回の記事、予想以上に読んでいただけてびっくりしました。そんでまだまだPV伸びてます。(そんでしょーもない茨城の旅の記事のPVまでどんどん上がってきてまじで泣きそうです。誰が読んでいますか・・。お父さんごめんなさい)

今回は2019年12月5日リリースの

飛騨の愛される司会者・森茂聡子(もりもさとこ)さん

をお誘いしての第2弾です。

森茂聡子さんと言えば、
華やかで颯爽としていて、司会者になるべくして生まれてきたんだろうなぁと思わずにはいられない、魅力的な声の持ち主です。


聡子さんが生まれ育った場所は、飛騨市古川町。

人口約23,000人の、岐阜県の最北端に位置する豊かな四季と文化とが融合するとても美しい町です。

実はわたしが育った場所が飛騨高山と飛騨古川の
ちょうどはざかいにありまして。(高山市国府町の出身です)

実家は右のバス停は飛騨高山、左のバス停は飛騨古川、という位置関係にありました。

子供の頃古川でも遊んだりしていたので、
自分にとってはとても大切に思える場所。

聡子さんは古川町の仕事もたくさんしてみえるし、
インタビューでは
「飛騨古川愛」
が取れるだろうと期待して行きました。

しかし、
あんなに美しい旋律の文章が生み出されるとは
想像もしていませんでしたね・・。

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(インタビュー記事より抜粋)
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なんという瑞々しい感性。
なんと豊かな言語感覚。

この言葉が聡子さんの口から溢れだした瞬間は、
鳥肌が立ちました。

脳内に飛騨古川の美しい景色が全開に拡がり、
そこに立つ聡子さんの姿が見えました。

「わたし、ほんとにこんなふうに話した?」

と、聡子さん自身は記事を読んで首を傾げていたようですが、実はほとんど編集していません。

インタビュー中、こんなふうにまるで決壊するかのように宝石のような言葉たちが溢れ出す瞬間があるのです。

聡子さんという方の心の聡明さ、美しさ、豊かさ、深さがいちばんよくあらわれた名場面でした。

この日の打ち上げの舞台も古川町。

この日は、ランチタイムからの合流。
飛騨市のOHAKOさんをご指定いただきました。

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蕪水亭 OHAKO さま
飛騨古川駅から331㍍
〒509-4234 岐阜県飛騨市古川町壱之町3−22
℡0577-73-0048
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OHAKOさん、店内もレトロ可愛い感じで、
ごくごく最近になってはじめて伺ったんですけど、カフェ大好きなわたし、可愛すぎてキュン死。

「またすぐ来ます!」

って帰って、ほんとにまたすぐ来ました。

ランチプレートも聡子さんが頼んでいてくれて、
すごくおいしかった!!ハンバーグだいすき!!

「インタビューのお礼やよー♡ここはわたしに払わせてなぁ♡」

って、
ご馳走までしていただきました!

女神降臨。

そしてお花までいただくわたし。(もらいっぱなし)

オハコさんのオーダーストップを越え、
営業時間終わりに近付いても喋り足りないので、

「・・二軒目いいですか・・?」

というわけで、二軒目をお誘いしました。

壱之町珈琲店さんへ。

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壱之町珈琲店 さま
飛騨古川駅から316㍍
〒509-4234
岐阜県飛騨市古川町壱之町1-12
0577-73-7099
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共通の友人、
飛騨古川の書家、たてみちあきこ。
たまたま登場で盛り上がる。(毎回ゲストいるな)

聡子さんとはこの日、時折お互いに涙をこぼしながら、人生の話、仕事の話、インタビューの話、
たくさんたくさん言葉を交わしました。

インタビューも、
それほどお互いを深く知っていて
はじまるわけではありません。

しかし、その時間のなかでお互いの想いが混ざり合い、溶け合ったとき、とても濃密で、不思議な一体感を共有することがあります。

「聡子さんとめぐちゃんの共有した時間がとてもいい時間だったことが、ふたりが交わしているやりとりで分かるよ」

友人がわたしのFacebookを見ていてそんなふうに言ってくれましたが、聡子さんと過ごした時間はきっとこの先もずっと心に残り続けるような素晴らしい時間だったんだろうと確信しています。

聡子さんは、

「このインタビュー記事は50才の自分の人生の集大成」

と言ってくれ、
その編集作業に深く関わってくださいました。

聡子さんは幼少期から現在までの人生に向き合い、昇華し、その時の出来事から感情に至るまでをかなり鮮明に編集の段階で記事に反映してくださり、このインタビュー記事は人生の光と影とがちゃんとある、「生の感じがすごく強い」、まさに「生きた原稿」となって仕上がってきました。

わたしが遠慮してオブラートに包んだ部分をきれいに剥がされたときは(やはり、多少そこはコントロールするのです)、聡子さんの覚悟を感じて涙が出そうになりましたね・・。

「がんばれたのは、めぐちゃんが信じて待っててくれたからやよ」

インタビューを振り返り、
とても温かい言葉をいただきました。

「はい。聡子さんは絶対に諦めないって、わかっていたので」

そう。

そんな人だから、
そもそもわたしは聡子さんに
インタビューをお願いしたわけで。

インタビューの間も、ああ、この人は本当に凄い人だな。人生にちゃんと向き合って生きてきた人だと感じて、その「光」をちゃんと受け取って文章にしなければならないとプレッシャーも感じました。

でも、ちゃんと向き合って完了していく人だからこそ、インタビューで刻印できたのは、聡子さんの人生のほんの一瞬のきらめきにしか過ぎなくて。

聡子さんの50才のお誕生日当日に記事はリリースされましたが、打ち上げで再会した聡子さんは、また感じが変わっていました。

「いまインタビューとったら全く違う記事になるな・・」

いただいたお花を助手席にしっかり倒れないように乗せ、エンジンをかけ、聡子さんに手を振って帰る道すがら・・なんだかちょっと涙目・・。

ああ、インタビューが終わってしまった。
さびしくて仕方ない。

実は、このインタビューのちょっと前にものすごいスランプにはまって、わたしは文章が全く書けなくなっていました。

「わたしが書く意味なんかどこにあるの?」

いま思うと、意味や価値は自分で創り出すものですが、自身のアイデンティティもまるごと喪失してしまい、本当に落ち込んで。

だからこそこのタイミングで、同じ「言葉」をテーマにする司会者の森茂聡子さんの仕事があったんだと思ったんですが、

私として生きることは、森茂聡子という名前や存在を残すためではなく、人の営みの一部となることに生きがいや喜びを感じることだと思います
(インタビュー記事より抜粋)

聡子さんのこの言葉に触れ、ああ、そうか・・
自分が自分がなんて、考えすぎなくても、大きな流れに身を任せて行けばいいんだ。と、背負っていたものをそこで下ろすことができたんです♡

「MEGUちゃんに書いてほしい」

という言葉とともに、ライターMEGUとしては、
お仕事がたくさんいただけるようになりました。
(もともと遅筆でキャパが少ないので、それが溢れるくらいにという意味です)

でも、ステージが上がればかかってくるプレッシャーも、課題も大きくなって。

それこそライターとして持続していくため安い単価の仕事はできないし、常に「自分が提供する価値」に対して自信が持てなければすぐに足元もぐらぐらになってしまいます。

そんな状態で折れそうになっていたわたしでしたが、周りの大切な人に支えて貰い、最終的には聡子さんのインタビューで直接もらった言葉で復活することができました。

無事に原稿がオールアップしたあと、聡子さんとの対話を再生して「仕事のため」ではなく、自分自身のために聞きました。

これは改めてなんというタイミングの合致だったんだろう・・と思いましたが、こんなシンクロシニティも、ライターになってからは頻発するようになりましたね◡̈♡

わたしの持っている「言葉の表現」を誉めてくれる人はたくさんいるけど、そのすべてはこうやってもらってきたもの。

「わたしの存在も、みんなに創ってもらったんだ」
「だから、自分ができることを一生懸命やろう」

その日は、深く深くそのことを感じることができました。

聡子さんの豊かな人脈のお陰さまで、
この記事もたくさんの方に読んでいただけたようです。

本当に有り難いことだと思っています。

ヒダストのインタビューを取りながら、わたしの飛騨への愛がどんどん深まっていきますが、これはつまり、わたしにとって

「心から大切に思える人が増えている」

という意味なんだなと思います。

聡子さんの言葉は、声は、
ものすごいパワーをわたしにくれました。

これはでも、飛騨のみんなのもの^ ^♡

これからも、
「森茂聡子さんを司会にお願いします」
と、たくさんの指名を受けて、聡子さんはたくさんの舞台に呼ばれて行くんだろうと思います。

森茂聡子さん、
ご活躍、心よりお祈り申し上げます❁⃘*.゚.


さて。

ヒダスト
ライターMEGU執筆:
森茂聡子さんの記事はこちら。

https://hida-st.com/2019/12/02/morimosatoko/

すごくすごく素敵なインタビューがとれました。

ぜひぜひ、お読みいただけたらうれしいです。

聡子さん、
本当にありがとうございました。

また、お茶に行きましょう。

writer MEGU

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