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<短編小説>「青の世界」

わたしは、白い便箋に手紙を書き終わると、封筒にそれを入れた。

お父さん宛、お母さん宛。
あとは、わたしにとって一番大切な、親友に宛てた手紙ー。

僅かな財産だけど、お金の整理も終わった。
大好きな本が並べられた本棚、大好きなCDが並べられた棚。
全部、整理した。

もうこれで、思い残す事はない。
わたしは、準備していた薬を飲んだ。

ゆっくりと意識が遠のいていく。
わたしは、眠るように、意識を失った。

★★

ふと気がつくと、わたしは、青葉が生い茂る、幻想的な森の中にいた。
目の前には真っ青な泉が広がり、少しばかり、白い靄(もや)が流れている。
まるで冬の朝のように空気は澄んでいて、物音は全く聞こえない。
ここが、「あの世」という場所なんだろうか?

わたしは、ゆっくりと泉に手を浸けた。
冷たい、とも、熱い、とも感じない。
皮膚の感覚は全く無い。
わたしは少し水をすくって、飲んでみた。
水だからなのか、味はしない。

★★

わたしはそこに腰をかけて、色々と思い巡らせていた。

わたしは子どもの頃からずっと、虚無感を感じていた。
楽しい事、悲しい事は人並み程度にあったけど、ずーっと、心に穴が空いたような虚しさを感じていた。

そんなわたしは、ふと気がつくと、何かがおかしくなっていた。
振り返ればかなり前から兆候はあったけど、それは音もなく、忍び寄っていたのだった。

わたしは同僚の勧めで病院に行き、こっそりと薬を飲むようになった。
家族には、何も言わなかった。
言ったって、分かってもらえないと思ったから。

わたしは、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、日々を過ごした。
しかし、感情の起伏が激し過ぎて仕事に行けなくなり、わたしは退職した。
貯金を食いつぶしながら、日々を送る中で、自分でもなんとかしなきゃ、と努力はした。
自分でもできそうな仕事を探したりもした。

ーしかし。
何一つ良くなる事は無く、仕事探しも上手くいかず、わたしは、いつしか、疲れてしまった。

頑張ったって無駄な事もあるのだ。

わたしが生きていたら、皆に迷惑をかける。
だからわたしは、自分の人生を、自分で、終わらせる事にした。

そんな過去を振り返る内に、ふと気が付いた。
少し視界がぼやけている。
泣いているからというのもあるけれど、それとはまた違う気がした。

そこでわたしは、ふと、気が付いた。

生きている間、当たり前に感じていた、感触や味、音や香り、見ている物達。
それらを普通に何気なく感じている、それこそが、生きている醍醐味だったのかもしれない。

わたしは、あまりにそれを感じるのがつらくて、全て投げ出した。
「少しもったいない事をしちゃったなぁ。」
わたしは、思った。

その間も、わたしの感覚は徐々に、失われていった。

ーそうして静かに、彼女の魂は、還っていった。

ー終ー